向こうの学校に行っても友達でいてくれるよね 4
それからのさつきさんはなんていうか、手がつけられなかった。もともと僕は台にくくりつけられているような状態なので(鍵はかけられていないが、固定はされているので、台から自分の体を開放するのに時間がかかるのだ。なぜだ)、手なんて出せないんだけど。
とにかく、制限時間があることでリミッターを外してしまったのだろう。もちろんタイガー&ホースが出現しないように気をつかっていたが、風紀を乱す奴には容赦はしない、くらいの漫画にしかいなさそうな風紀委員よろしくやっていた。僕の目の前で人が本気で泣き叫ぶのだ。なんだか僕が悪いことをしているような気になる。少なくとも、この状況が見えず、悲鳴だけしか聞こえない僕のクラスメイト達にとって、僕は鬼畜ということになるだろう。
僕なんて所詮『畜』なのに・・・。
「今日の夕飯はなんだ」
とか、低い声で言ってみる。それでも聞こえてくるのは悲鳴。ようするに圧倒的な恐怖の前では脳は言語を把握できないということなのだろう。途中からなんか面白くなって、「将来お兄ちゃんのお嫁さんになる」とか言ってみたら、火傷した。
さっきまで悲鳴上げてた人に「は?」って言われた。さらし首なのに平謝りした。そしてさつきさんに怒られた。風紀を乱すのは絶対にだめらしい。
「ラストのお客さんでーす」
入口の方から受け付けの人の妙に明るい声が聞こえた。ただし、それでお客さんが怖がらなくなるかといったらそんなことはない。最後と聞けば僕らは張り切る。もう、出口はないぞ、みたいなレベルで脅かす。
「死んでわびろ!」
お前がな。
これが、僕の最後の言葉となった。いや、最期じゃないよ。なんで「死んでわびろ」って言いながら死ななくちゃならないんだ。最高のザコキャラじゃないか。
最後の人が悲鳴を上げながら出ていってからしばらくして、受付の人が入ってきて暗幕を開けた。眩しい光で思わず目を閉じる。
「良かった、生きてた・・・」冗談抜きで涙が出そうだった。絶対今日中に死ぬと思ってたもん。ちなみに僕の顔に懐中電灯が3回投げつけられた。内2回は幸運にも外れたが、一回をもろ左頬に受けてしまった。そんなに強くなかったが、多分腫れてしまっているだろう。
まあ、いいさ。こうして無事に終わったわけだし。
「さあ、急ぐわよ、漆根君」
春日井さんだった。メイクも落とさず、衣装もそのままの僕の背中をぐいぐいと教室の外に押し出した。確かにもう終わったんだから、お化け役で出歩いてもいいんだろうけど、周りの目がちょっと・・・。
「今更そんなこと気にしてどうするの?」
春日井さんはまじめな顔で、ひどいけれども正論を言い、僕はなるほど確かにそうだと納得してしまった。
廊下に出て、春日井さんが僕の手を引いた。僕はドキッとしてしまう。今までも何度か交通事故的な感じでの肉体的接触はあったが、こうして意図的に触れるのは初めてのことだ。僕は頬を思いっきりつねった。馬鹿なことに左頬をつねってしまったので、涙が出てきた。しかし、そんな僕のことなんて気にも留めず、春日井さんはぐいぐいと僕を引っ張った。
「いや、ちょっと春日井さん、どこ行くの?」
「それは、ほら・・・言えないわよ」
「ほんとにどこ行くのっ!?」
え、なに?口にできないような恥ずかしい場所に行くの?学校内でそんな場所あったかな・・・。
そして、春日井さんが立ち止ったのは、とある教室の前だった。僕らのクラスがお化け屋敷をやっていたように、このクラスでは縁日をやっていた。
「さ、入るわよ」春日井さんは僕から手を離して、やっぱり淡々とした口調で入っていった。僕は困惑が止まらない。もう僕の困惑は法定速度をぶっちぎっていた。
「ほら、早く」春日井さんに急かされて僕はあわてて入る。内装もしっかり凝っていて、昭和、って感じだった。なんて言うか懐かしさを思わせる風景だ。もっとも、平成生まれの僕は昭和時代を知らないんだけど。
春日井さんはお団子屋さんでお茶とお団子を1つずつ頼んで(時間的に残り少なかったようだ)、僕を木製の、上から布を敷いた椅子に座らせて、自分も横に座った。
「あ、ありがとう」困惑がそろそろ音速を越えようとしているが、お礼を言って、お茶とお団子を受け取った。
「間に合ってよかったわ」春日井さんは安心したように息を吐いた。時計を見ると、終わりまであと30分しかない。どうやらここのオーダーストップも30分前だったようだ。本当にぎりぎりだったようで、人もまばらになっていく。というわけで、春日井さんの友達らしいお団子屋の店員さんが、余ったお団子をおまけしてくれた。
そういえば僕は結局お昼ごはんを食べ損ねたので、お団子にかぶりつく。空腹は最高のソースというけれど、それを抜きにしてもおいしかった。
「無事、終わったわね」春日井さんが言って、僕から反対方向の夕焼け空を見た。
赤く輝く黒髪は本当にきれいだ。
「うん。やっぱりどれもこれも春日井さんのおかげだよ」この一ヶ月間を思い出しながら僕は言う。
おかげで殺されかけたけど、なんてことは言わない。それを別に恨んでもいない。やっぱりそれは僕が悪いのだから。それに、そんなことどうでもいいと思えるくらい、春日井さんには感謝している。
「確かに大変だったわ。漆根君は何もしないし、漆根君は何もしないし、漆根君は何もしないし、漆根君は何もしないしね」
「ごめんなさい・・・」
土下座したいなあ・・・って何このセリフ!
「でも、漆根君のおかげで昨日も今日も盛り上がったのよ」春日井さんの表情には変化がない。それでもその言葉がからかっているわけでもなく、本心だということはわかった。
だてに2ヶ月以上同じクラスで過ごしているわけじゃない。
「照れるな・・・」僕は感情が顔に出ちゃうんだから。まあ、夕焼けのおかげでわからないかもしれないけど。
「ところで、妹さんに告白されたいという願望があるのかしら?」
「聞いてたのっ!?」
なぜここでオチを持ってきた!落とさなくてもいいじゃないか!ていうかそんなこと蒸し返すな!!まだお客さんの「は?」の顔が脳裏に焼き付いてるよ・・・。
春日井さんはこほん、と咳ばらいをした。
「ごめんなさい。なんだかやっぱり漆根君を見てるとなんていうか、こう、いじめたくなっちゃうのよね。前世からの因縁かしら」
「何でもかんでも前世のせいにするな!」占いなんていつもそうだ。今生きてる人間はとりあえず自分だけでどうにかしようぜ。
「では生き別れの姉弟かしら?」
「なんでっ!?」現世での因縁なら何でもいいのか?
ていうか春日井さんの中では姉弟間はいじめオッケーなのだろうか。
「う~ん、なんというか。漆根君はたたくとへこむから最高に面白いのよ」
「そこまで今の自分を全肯定するな!」なんて純粋ないじめっ子なんだ。
「ハリセンボンを取ってくるのは大変だったわ」
「お前の仕業かぁ!!」掴みかかろうとする両手を必死に抑える僕。しかし、当時は春日井さんが僕を恨んでいた全盛期だったからな。
今は・・・どうだろう。怖くて聞けない。
「だから、こうして今、罪悪感もなく漆根君をいじめられるのだと思うと、4月に漆根君に告白されてよかったと思ってるわ」
「・・・・・・」
わからない。僕はなんて言えばいいんだろう。ていうかなんだ、この今から今生の別れみたいな感じ。まるで春日井さんが転校する、みたいな。
いや、考えられなくもないな。そうだとすれば、ここまでして春日井さんが文化祭を成功させたかった理由にもなる。全員でできる最後の行事だから最高の思い出として終わらせたくて・・・。
「えっと、その、向こうの学校に行っても友達でいてくれるよね」
あれ?なんでだろう。涙が止まらないや・・・。
「あっ、この後は閉会式で結果発表があるわ」
無視された!!しかも完璧に!!・・・ああ、でも、転校じゃないということか。よかった・・・。
ピーンポーンパーンポーン
タイミング良く、各教室にあるスピーカーから音が漏れる。
「ただいまより、体育館で閉会式を行います。生徒は全員制服に着替えて体育館に集合してください」
言われて、僕は自分が大変面白い恰好をしているのに気がついた。縁日にはそこそこふさわしい恰好かもしれないけど、こんなので閉会式出れるわけがない。
「あっ、やばい!早く戻って着替えなきゃ!!」
僕は急いで立ち上がる。その衣裳の袖を春日井さんが掴んだ。
「ん?どうしたの、春日井さん?」
振り返ると、春日井さんは言い淀むように唇を結んでいた。少しだけ目を泳がせると、顔をあげて僕を見た。やはりいつもの無表情のままだ。
「文化祭が終わっても、その・・・友達で、いてくれるかしら・・・?」
夕日を背にしている彼女の表情は変わらない。それでもそう言ってくれた彼女はとてもきれいな人だと思えた。見た目だけじゃなく、心の底まで、本当にきれいな人だと思った。
「こちらこそ、よろしく!!」
―――多分、いつもよりは気の効いたことが言えたんじゃないかな。




