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向こうの学校に行っても友達でいてくれるよね 3

昼休み。僕は急いでメイクを落としてちゃんと制服を着て、教室を出た。もちろんさつきさんを捜すためだ。しかし、さつきさんはどこにもおらず、代わりにさっきの女の子に出会った。

「コウタン!約束通りアイス買って!!」

突進だった。もう片足タックルとかそんなレベルじゃない。むしろフライングボディアタックだ。それでも僕が後ろ向きに倒れず、受け止めることができたのは、彼女が実年齢にそぐわないくらい小柄なのと、多分委員長の教育のおかげだ。サンキュー、委員長。グッジョブだ。これならプロレスラーも悪くないと思えるよ。

「漆根君。病院に行くのと、警察に行くの、どっちが先がいいかしら。選ばなかった方に連れて行ってあげるわ」

「・・・・・・」

状況確認。見た目小5の幼女を抱えている僕(世間様でいう所の変態)。そしてそれを見た春日井さん(優等生かつ僕の被害者)。

なんてバットタイミング。

相変わらずこの超小柄な娘は僕にとって大変危険な存在だ。

「違う、違うよ、春日井さん。どんな勘違いをしているかもどれだけ引いているかも理解できるけど、その考えは全く持って的外れだよ」僕は努めて冷静に言う。その口調とは全く無関係に、春日井さんの眉間にしわが寄って行くんだけど。ああ、きれいな顔がどんどん恐ろしい形相になっていく。

「そうなのね。そっか、その子は宇宙人じゃないのね」

「どんな勘違いっ!?」思いっきり想定外だ。僕はロリコン系の勘違いを予想していたんだけど・・・。

「私の思考の先を行くなんて、さすが漆根君。素直に敬服するわ」

「・・・・・・」

僕に全く関係ない所で僕のランクが上がってしまった。なんだろう、このいたたまれない気分。

「さて、では刑務所から行きましょうか」

「なんで!?せめて裁判所からにしようよ」

「だめね。先に死刑台よ」

「どこいった、法治国家!!」先に死刑台、ってなんだ?それより後がどこかにあるのか!?

「ええ。死刑になったと思われていた漆根君は改造されて、強くなって、自分を死刑に追い込んだ組織を壊滅させに行くのよ」

「仮面ラ○ダー!?」ヒーロー!?僕ヒーローになっちゃうの!?

「ええ。多分あなたの前に全身タイツの黒い集団が現れると思うけど、それが全て私だからといって手を抜いちゃだめよ」

「勝てる気がしない!!」

春日井さんがヒーヒー言いながら集団で襲ってくるのか?そんなの一方的なリンチじゃないか。

「当たり前じゃない。どんなに強い人間がいたところで複数の人間でいっせいにかかれば簡単に倒せるわ」春日井さんは至極当然のことを言って、ヒーローを全否定してしまった。

「大体最初から最強の奴に討伐に行かせなさいよ。スラ○ムじゃなくてハーゴ○が直接勇者を倒せばいいんだわ」

「ドラ○エ2!?」

まさか、おとといの最強パスワードはこのための伏線なのか?・・・って言うほど大した回収の仕方じゃないけど。

「いいえ、あれが意味を持つのはこれから。その時、漆根君はルビスの守りを手に入れて魔王に立ち向かうのよ」

「僕の将来が心配だ・・・」

僕が戦うくらいなら近所のおじさんが戦った方が絶対いいだろうよ。

「それはそうと・・・」春日井さんは突然話を切り替える。これはいつものことで、こういうところもさつきさんに似ていると思う。

「・・・その子は誰かしら」

春日井さんはコアラのように僕の腕に抱きついている子を指差した。すると、それに反応してコアラは僕の腕から離れて春日井さんの目の前まで歩き、ぺこりと頭を下げた。

「はじめまして。タァ君の姉で絵美です」

面くらった。僕と春日井さんの二人が面くらった。春日井さんはもちろん言葉の内容に、僕はこの子がこんな丁寧な言葉遣いできることに。いや、それについては別に驚きでもないのか。日本人なんだから敬語くらいは使えるはずだ。

「ふはははは」

と、春日井さんは突然どこかの魔王のような面白い笑い声をあげた。くそっ、携帯のムービーに撮っておけばよかった。なんでこんな面白い瞬間を撮り逃してしまったんだ。

「ああ、ごめん。タァ君じゃ誰のことかわかんないよね。春日井さん、この子は及川のお姉さんで、及川絵美って言う―――」

「ふははははははははははははは」

くそっ!!またしても撮り逃した!しかし、春日井さん。混乱がピークに達すると異常に面白いなあ。今度うまく貶めてみよう。確実に返り討ちだろうけど。

「病院ね」ぼそっ、と春日井さんはつぶやいた。

「いや、本当なんだって。その驚き、混乱たるや想像を絶するものでしょう」

なんか僕まで変な口調になっちゃった。

「僕だって初めて会ったときはびっくりしたよ。でもマジなんだよ。両親はそれぞれ違うから血はつながってないけど、本当に絵美ちゃんはあのナイスもタフを付ける必要のないガイな及川のお姉さんなんだよ」

そうなんだよ、と胸を張る絵美ちゃん。胸はないんだけど。全てが全て小学生から中学生のサイズだ。

「ほら、絵美ちゃん。いつも持ち歩いている学生証」こそっと絵美ちゃんに耳打ちする。

説明しておくと、絵美ちゃんはいつも補導の脅威にさらされているので、釈明のために身分証明証は手放さないのだ。

絵美ちゃんはうなずいて、ハンドバックから学生証を取り出した。その時、ちらりと可愛らしいハンドバックにはそぐわない黒いものが見えたが、今は気にしない。

絵美ちゃんが春日井さんに学生証を見せる。その隙に僕は携帯のムービーをセットする。音だけ拾えれば十分なので、カメラは向けない。ばれたら多分僕の携帯は粉々になる。

「・・・・・・」

だが残念ながら、春日井さんの魔王笑いが聞けることはなかった。どうやらショックを通り過ぎると、いつもの5割増しで無表情になるようだ。多分今の春日井さんの顔に触れれば一瞬にして凍りつくだろう。

「えーと・・・・・・ごめんなさい」深々と春日井さんは頭を下げた。

「えっと、あの、その、二つも年上の方に失礼なことを言ってしまって・・・」どこまでも律儀な人だった。なんだろう。どこか年功序列の厳しい体育会系にいたのだろうか。しかし、それは正しい反応である。ただし、それがちゃんと高校3年生相手ならば、だが。傍から見れば小学生相手に敬語で謝っている高校生という実に異様な図だ。

「ううん。全然気にしてないんだよ。絵美そういう扱い慣れてるから」

喋り方と言い、表向きの性格といい、確かに外見通りではある。ただし、忘れてはいけないのはこの子は及川の姉だということだ。

「う~ん、春日井、だよね。あだ名は何がいいかな。・・・あっ、春日井だから、カ―――」

最後まで言い切る前に僕は後ろから強引に絵美ちゃんの口をふさぎ、体を持ち上げて校舎の裏まで引っ張った。これは委員長の鍛錬の成果ではなく、単なる火事場のバカ力だ。

「絵美ちゃん。今ものすごいあだ名つけようとしてなかった!?」自然口調も強くなる。

「ううん。普通だよ。普通に、「ス」って言おうとしたもん」

「・・・・・・」普通に最悪だ、この娘。

「彼女は春日井若菜っていうから。ワッカーナとかにしときなさい!!」自然口調も強くなる。当たり前だ。

「う~~ん、とてもつまらないあだ名だけど、コウタンがそういうならそれでいいんだよ」

僕は大きく息を吐いた。寿命が縮んだ気がする。もっとも、僕は自分の寿命が何年なのか知らないので、別にどうでもいいけど。

元の場所に戻ると、春日井さんが首をかしげていた。彼女は今の状況で絵美ちゃんがつけるあだ名が思い浮かべられなかったのだろうか。まあ、この子をうわべだけしか知らないのでむりもない。正直僕は絵美ちゃんが本当に天然なのか疑っている。実は最強の毒舌キャラだと思っているのだ。しかも、ネジが一本外れた・・・。

「ワッカーナになったんだよ。絵美のことは絵美ちゃんって呼んでくれればいいんだよ」

春日井さんはいまだ疑問形の顔をしていたが、時計を見てはっとして僕たちに断って戻っていった。何か仕事があるのだろう。多分僕と二人で分担するはずの仕事なんだけど僕にはその存在すら知らされていないような仕事だ。

「じゃあコウタン。アイスを―――」

買いに行こう、と絵美ちゃんは多分言ったんだろうけど、最後まで聞きとることはできなかった。僕の視界、というか全感覚神経を占めていたのは、人ごみの中で僕を睨んでいるさつきさんの姿だった。

「よし、絵美ちゃん。買ってあげるから、あれを出して」

こうなったらもうやっつけだ。さつきさんがあれに興味を示してくれることを祈るしかない。

「むー、わかったんだよ。コウタンはいつも変なところで厳しいんだから」ぶつぶついいながら、絵美ちゃんがハンドバックから取り出したのは、さっきちらりと見えたもの。

―――スタンガンだ。

説明しよう。絵美ちゃんは常にナンパその他の身の危険にさらされている。そこで護身用としてスタンガンを常備しているのだ。

バチッ、と僕のすぐそばでスタンガンがうなりを上げた。僕はもう条件反射で身を引いた。

護身用ということは、危険が迫っていないときは別に使う必要はないということだ。しかし、所有者はネジ一本ぶっ飛んでいるこの子のこと。何が危険かの判断が意味わからない。もう通勤ラッシュの時間だろうが彼女がいる電車の車両にはだれ一人乗らないレベルだ。春日井さんは電車通学じゃないからこの子の存在を知らないのだろうが、実はさっきから僕らのそばを通るのを恐れてわざわざ遠巻きに歩く人がいる。

そして、なぜかわからないが、絵美ちゃんは異様にアイスにひかれている。高校3年生なんだから自分で買えばいいのに、って話なのに、いつでもアイスを買ってほしがるのだ。もう僕は餌付けされた小動物を見ている気分なのだが、その代わりに絵美ちゃんが僕といるときはスタンガンは僕が預かっていることになっている。そうしないと僕は安心してこの子の隣にいられない。

「耕太、その年でもうそんな世界に入り込んでしまったのか・・・。さっきは悪いことを言ったな。深く同情しよう。悩みがあればいくらでも私に打ち明けてくれていいのだぞ」

さつきさんが戻ってきた。ただし、最悪の勘違いとともに。

「ばいば~い、コウタン!」

アイスを食べて、いい感じの笑顔のまま、絵美ちゃんは行ってしまった。もちろん僕がそばにいないときはスタンガンの所有者は絵美ちゃんだ。誰かが確実に犠牲になるが、僕ではない。

「最低な人間だな、君は。地割れにでも巻き込まれるがいい」

「・・・・・・」

じっと、僕はさつきさんを見る。「地割れってそんなピンポイントな」という突っ込みをこらえてじっと見る。さつきさんは「うっ」とうなった。

「すまなかった。勝手な勘違いをしてしまったようだ。しかし君が勘違いを誘発するようなことを言うから・・・」さつきさんは口をとがらせた。

「いいですよ。それよりももうすぐ午後の部が始まりますから、急ぎましょう」

そりゃあ確かに傷ついたけど、傷はいえるものだ。それよりも遅刻して春日井さんに新たに傷をつけられることの方が大問題だ。



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