向こうの学校に行っても友達でいてくれるよね 1
決戦の朝はすがすがしいまでの快晴だった。カーテンを開けた僕に温かな陽光が注ぎ込んだ。眠たげに眼をこすりながらもさつきさんは機嫌がよさそうだ。今日もしっかり僕が目覚ましを止めたのに怒る気配がない。
「ついにこの日が来たのだな。私の存在を全世界にアピールできる日が!」
「いや、たくさんの人が集まるといってもせいぜい遠くて付近の市くらいですよ」さつきさんの中では僕の学校は世界レベルらしい。
「なんだ、そうなのか。・・・がっかりだ。今日はもうやめようかな」うなだれるさつきさん。
「そんなに全世界に知らしめたかったんだ・・・」サンタクロースの変装が子供にばれた時の父さんの気分だった。要するに子供の夢を壊してしまった気分。
「あっ、でもさつきさんの頑張り次第では世界レベルになるかもしれないですよ!」
ああ、嘘をつくと良心が痛む。まあ、でも、この程度なら軽いジョークとして受け取ってくれるだろうな。
「なに、本当か!?やった!よし、私は頑張るぞっ!!」
・・・信じちゃった。ああ、良心が痛むなあ。しかしはしゃいでるさつきさんはかわいいなあ。このまま時が止まっててくれないかなあ。
「耕兄、まだいいの!?」もっとずっと見ていたかったのにつむぎの介入でそれを断念せざるを得なくなってしまった。ちなみに昨日は早く寝たので今日は早起きだ。早く学校に行くことになっているのに、さらにまだ1時間の余裕がある。
「なんでお前ももう起きてんの?」土曜日である。今日も仕事のはずの両親ですらまだ寝ている時間。それなのにつむぎはすでにパジャマからしっかり外出できる格好に着替えていた。
「は?は?別に楽しみとかじゃないし!」ばたん、とドアが閉められた。近所迷惑だ。
「180度回って逆に素直だ・・・」
やばい、こんなにつむぎをかわいい妹だと認識したのは久しぶりだ。もう少しでときめいてしまうところだった。
「さあ、行くぞ、耕太。敵は本能寺にあり!」
「学校だよっ!!・・・って、敵じゃない!!」
無理やりテンションをあげて突っ込みをして、なんとかときめきを未然に防いだ僕だった。
2日目は開会式がない。放送で諸注意とか、昨日の帰りと同じように頑張りましょう的な連絡がされるだけだ。だから、学校に着いてすぐにメイクをしてもらった。
「漆根。短い間だったけど、お前に会えてよかった」入道の格好のままで及川が悲しそうに言った。
「いや、お前との付き合いはもういいよ、っていうくらい長いよ!それに僕は絶対に死なん!!」
なんか死地に赴く兵士みたいになってしまったが、この場所は確かに戦場だろう。何せ僕を恨む人々はこの町には方々に散っていて、彼女らが続々と集結するのだから。
誰ともなく円陣を組もうという声が上がり、衝立で作られた通路の中でも一番広い(と言ってもかなり狭い)所に長い円陣ができた。僕の右に及川、左に春日井さん。全員が左手を円陣の中心に向かって掲げる。
「漆根。早く声をかけろよ」と、及川が突然僕に言った。
「え?・・・僕?」なんで!?絶対そんなキャラじゃないじゃん!
「早くしてよ、漆根君」春日井さんまで言い出して、周りで漆根コールが起こってしまった。僕は顔が真っ赤になるのを感じた。
「じゃ、じゃあ。絶ちゃい・・・」
噛んじゃった!噛んじゃった、噛んじゃった、噛んじゃった~~!!
「絶対優勝すんぞ!!」
及川だった。まるで僕の存在など始めからなかったかのように号令をかけて「おー!」とみんなの声が揃う。正確にはみんな-(マイナス)僕。
円陣が崩れてみんながそれぞれの持ちがに散っていった後も、僕はしばらくその場を動くことができなかった。うなだれている僕の肩にさつきさんの手がやさしく置かれた。
「地獄に堕ちろ!」
わかってる。わかってるよ。お前が堕ちろって言いたいんだろ。と、心の中では思いつつ、それでも僕は低い声を発した。まだ始まったばかりだけど、人が途切れることはない。混雑を避けるため、昨日よりも客同士の間隔を短くしている。僕の喉と目が持つかとても心配だった。
「っんだよ、何にも怖くねえじゃん。超つまんねえ!」
向こう側から衝立が蹴られた音がした。蹴破られてはいないみたいだが、田舎とはいえこんな感じの人も来るということか。街にでも行けばいいのに。
「マジだよね~」
どうやらカップルのようだった。及川にビビらなかったようだから、このあたりに住んでないか、それとも世代が僕らより少し上なのだろうか。
「マジ時間の無駄だわ!」男が悪態をつく。だいたい今は常時3組くらいが教室にいるので、ほか2組にしても興ざめだろう。ようするに、空気の読めないカップルがやってきちゃったわけだ。
「マジだよね~」そのセリフとともに衝立の向こうから現れたのは、見るからに頭悪そうなカップルだった。内装の展示1つ1つに難癖つけながら僕の方へ向ってくる。
「許せんな。ああいうのは許せん」僕の横でさつきさんが言った。僕も同感だが、僕は口に出さない。出したところで、彼らを逆上させる以外何もできないだろう。さつきさんに至っては、僕以上にできることが少ない。
「行ってくる」
・・・と思ったら、柵を乗り越えて、というか飛び越えて、彼らに近付いた。
「なんだ、この看板。ふざけてんのか?」
ふざけてないよ、マジだよ。大マジだよ。
「黙って歩け」
僕が心の中で呟いている間に、男の耳元でさつきさんが囁いた。「マジだよね~」と笑っていた彼女には聞こえなかったらしいが、男はきょろきょろとあたりを見回した。
「あ?おい、なんか言ったか?」
彼女は首をかしげながら否定した。この女の人「マジだよね~」以外にもちゃんと日本語が話せるらしい。
「邪魔だ。早く行け」さつきさんはぶっきらぼうに繰り返す。今度は彼女の方にも聞こえたらしいが、2人があたりを見回した時にはさつきさんはすでに消えていたらしい。僕から見ればさつきさんが常に憤慨した表情で2人の後ろに立っているのだけど。
ドン、と男が突き飛ばされて、よろめいた。もちろん突き飛ばしたのは彼女ではない。壁に着こうとしたその手をさつきさんが掴んだ。
「うわあああああ」と「きゃああああ」が合唱を始めた。どうやら掴んだ手首を放して、二人を睨んだままさつきさんは消えたらしい。2人は一目散に出口方向へ駆けていった。男は情けない悲鳴を上げながら、彼女は「マジ、マジ、マジ~~」と連呼しながら。
「・・・やりすぎですよ」
優雅に柵を飛び越えて僕の隣に戻ってきたさつきさんに僕は言った。さつきさんはまだ不機嫌そうだった。
「ああいう手合いは許せないんだ。私は平和主義者だからな」明らかに彼らの平和を今ぶち壊してきたさつきさんは吐き捨てるように言った。まだよくわからない方向を睨み続けている。
「まあ、ありがとうございました」一応礼を言っておく。衝立の向こうから中学生っぽい女の子二人組が、さっきの彼らの悲鳴を聞いてこれから何が待っているのかとびくびくしながらやって来たからだ。