あなたは自分の守護霊にも告白したのっ!? 2
さて、開会式も終わり、ついに全員の衣装とメイクが完了し、配置につき、暗幕が閉められて真っ暗になった。暗い上に身動きが取れないので、すぐ横に立っているはずのさつきさんの姿が見えなくなってしまった。
「これは確かに緊張しますね」ちなみに僕の周囲に人はいない。入口の及川のそばにも確かいないはずだ。僕らはメインらしい。及川はともかく僕はその期待に答えられるかは置いといて、だから小声ならさつきさんに話しかけられる。
「う、うむ。こ、耕太。トイレに行ってきてもいいだろうか?」さつきさんはめちゃくちゃ緊張していた。残念ながら我慢してもらうことになる。なんで幽霊が人を脅かすのに緊張してんだろう。改めてさつきさんの幽霊っぽくなさを認識した。
「きゃあああ~~」
ついに、ご婦人の悲鳴とともにお化け屋敷がオープンした。お化け屋敷っぽいBGMがあたりに響いて、こっちも怖くなってきてしまう。なるほど、この雰囲気なら結構いけるんじゃないだろうか。
「すまん、耕太。少し様子を見させてくれ」と、姿を見せるのを断念したさつきさんとは違って、僕は姿を隠すことなどできない。できればそうしたいのだが、こうなったら首でも恥でも何でもさらすことにした。
「この恨み、はらさでおくべきか・・・」喉から絞り出すような声を上げる。6パターンくらいセリフを用意してもらった(周りとかぶるわけにはいかないので、よほど奇抜でもない限りこのパターン以外は使えない)が、このセリフは明らかに僕が誰かから言われうべきセリフだろう。
「いやあああ!!」と、気持ちのいい悲鳴を上げてくれた。
一組に一つだけ持たされる懐中電灯が向けられて眩しいが、眩しそうな顔はしない。そういうことすると冷めるらしいのだ。お化けが現実に屈しちゃいけないわけだ。さつきさんに教えてあげたかった。なんせビビって隠れちゃう幽霊なんだから。
5組くらい脅かしたが、結構怖がってくれている。脅かし冥利に尽きるものだ。どうやらこの姿、暗闇で見ると本当にさらし首に見えるらしい。
「大丈夫だって、怖くねえよ、こんなの」入口の方で声がした。おそらくカップルだろう。もうぶち壊してしまいたい僕だが、そんなカップルの雰囲気づくりに一役買ってしまうわけだ。だが、そんなかっこつけたい男には入口付近での洗練が待っている。
「うわああああ、及川だー!!」
いや、素直にお化けにビビってやれよ。なんで誰が扮装しているかわかった上でのビビりなんだよ。さすがに及川がかわいそうだった。
「きゃあああ、漆根耕太!!」
「・・・・・・」今度は僕の目の前で彼女の方が腰を抜かしてしまった。
逆光で顔が見えないのはよかった。そうでもないと本気で謝ってしまいそうだ。及川を見て恐怖を植え付けられてしまった彼氏の方が彼女を必死で起こそうとしている。何とか肩に担いで、次のルートに進んでいく。ちなみに僕がちょうど真ん中の位置なので、まだまだ先がある。大丈夫だろうか。
「さつきさん。割と大丈夫そうですよ。そろそろ出てきたらどうですか?」人がまだ来ていないときにさつきさんに小声で話しかけてみる。暗がりで見えないが、トイレに行っていたりしたらどうしよう。僕は一人なのに誰かに話しかけてる変人になっちゃう。
・・・あ、最近の僕に対する周りの評価か。
「君がフォローしないからだ!」
昨日よりも僕の首はしっかりと固定されているのでよくわからないが、さつきさんは僕を睨んでいるようだった。
「ほら、来ますよ。僕をじっと睨んでいる感じでいいですから出てください」
衝立の向こうから懐中電灯の光がやってくる。その光は僕とさつきさんを照らして止まった。
「おい、あれ誰だ?4組にあんな美人の女子がいたか?」
どうしてこいつらは男二人でお化け屋敷にやってきたんだろう。そういう関係なのだろうか。どうやら口ぶりからして同じ一年生のようだった。
「え・・・?」
男の手から懐中電灯が落ちた。
「お、おい、今確かに、消え・・・」
どうやらさつきさんが耐えかねて消えたらしい。どんだけ恥ずかしがり屋なんだ。そしてちくしょう、どんだけ僕の食指をくすぐりやがる。
「うわああああ!!」
「おい、ちょっと待ってくれよ!」
逃げ出した一人をもう一人が懐中電灯を拾って追う。ちなみに懐中電灯を持っていない一人はすぐ近くのお化けにぶつかったらしく、もう一度大きく悲鳴を上げた。
「さつきさん・・・」
「仕方ないだろう。私は人見知りなのだ」さつきさんが口をとがらせてすねている姿が目に浮かんだ。
「いえ、結果オーライです」多分トラウマものの恐怖だろう。目の前で突然女性が消えたのだ。おそらく彼らは一生涯心霊スポットに行くことはないだろう。
「本当か!?」さつきさんはうれしそうだった。人を脅かせたことに幽霊なりの喜びを見出したのかもしれない。
「ほら、次、来ますよ」
昼休みになって、1時間の休憩に入る。僕らお化け役は校内をうろうろすると今後興が削げてしまう可能性があるので、メイクを落として衣装を脱いで外に出るか、教室の中で誰かに昼食を持ってきてもらうかを選ばなくてはならない。
僕は簡単にメイクできるが、及川の白塗りは大変なので、僕も付き合って教室で食べることにした。さつきさんはこっそりと外にある僕の鞄の中から弁当を取り出して一人で食べるそうだ。とても機嫌が好さそうで、僕もなんだか嬉しくなってしまった。僕の分は交代でお化け役をやっている男子が外の出店で焼きそばを買ってきてくれた。
「なんかお前のところ、相当ビビられてねえか?」白塗りの大入道の姿のまま、及川が僕に言った。大入道がフランクフルトを頬張っている姿はなかなか異様だった。大入道って一応仏道の人だから野菜を食えよ!って話だ。
「それを言うならお前だってかなり叫ばれてるだろ」
「まあな」及川はハンバーガーを頬張る。
そんなに気にしてはいないらしい。ちょっとうらやましかった。何せさっき女の子が一人僕の名前を叫びながら失神しかけてたから。ちらっと懐中電灯が彼女の顔を映して、とっさに謝りそうになったから。夜道を一人で歩くのは金輪際やめようと思った瞬間だった。
・・・万が一彼女にあってしまったら夜道で突然土下座されるという一生もののトラウマを植え付けてしまうかもしれないからな。
「ちょっと、漆根君」春日井さんが近づいてきた。
「ん、なに?」血が滴った口元で笑顔を向ける。
春日井さんがちょっと引いていた。なんだろう、ここまで来ると脅かすのが楽しくなってきた。驚いたことが悔しかったのだろう、春日井さんは一つ咳払いをした。
「途中でさらし首を睨んでいるのは誰だ、っていう質問が十数人から来ているのだけれど、何かしたのかしら?」
心配そうな表情だった。見たものしか信じない春日井さんといえど、そう多くの人の報告を聞けば、本物の幽霊が出たんじゃないかと訝しみもするだろう。
「あ、いや、わからないよ。僕は何も知らないよ」うーむ、僕が勝手に用意した装置とでも言えばよかったか?でも僕は嘘をつくとすぐボロが出る男だし。
「参ったわね。こういうのってお祓いとかすべきなのかしら。間違いなく漆根君を恨みながら死んだ女性の霊よね」
「僕に告白されたせいで死んだとでも!?」それはさすがにひどすぎる物言いだった。
春日井さんもそこは常識外だと思ったらしい、ちゃんと素直に謝った。
「じゃあ生霊か何かかしら。心当たりない?髪の長い白い服着た人らしいのだけれど」
「うーん」心当たりはありまくる。今頃テンションあがりながら一人でお弁当を頬張っている人だ。だが、それを明かすと本当に春日井さんに引かれ、僕のお家は病院になる。
「私、かしら・・・」
「怖っ!?」
いや、確かに似てはいるけど。僕を恨んでいる点でもよく似ているけど。しかし生霊となるくらいまで僕は恨まれていたのか。久しぶりに超ショックだ。
「たぶん僕の守護霊じゃないかな」適当に言ってみる。
「あなたは自分の守護霊にも告白したのっ!?」
したけどね。
「おい春日井、ほかのところは何ともないんだろ?だったら別に問題ねえよ。こいつは鈍感だからな。道端でのっぺらぼうと30分くらい会話してもそれがのっぺらぼうだと気付かないくらいの鈍感だ」
「僕だって話すときはちゃんと相手の顔を見るよ!」鈍感関係ないじゃん!
「それもそうかも。そうね、何かあっても害をこうむるのは漆根君一人だし」
「・・・・・・」悲しくなるなあ。
「僕の守護霊にはやりすぎないように言っておくよ」
僕は本気でそう言ったが、春日井さんは冗談として受け取ったらしい。ものすごく適当にあしらわれて、行ってしまった。