つまり、私を騙したのね。はい、じゃあ死刑 3
そして今、暗幕を取りに行くために委員長と僕、そして及川の3人で廊下を歩いている。及川は入道のまま。そして僕は口元に血糊と頭にはちょんまげをつけられていた。及川の場合、既にメイクが済んでいて、落とすのに時間がかかるから仕方がないものの、僕はたった今慌ててメイクを施された。忙しいはずの委員長は眼鏡をきらめかせながら「別にいいよ」と笑顔で待っていてくれた。
「・・・絶対嫌がらせだ」廊下で人にすれ違うたびに異様な目で見られる。そもそも大道具の責任者で力持ちの及川は適任だが、ひょっとしたら運動部に在籍している女子よりも非力かもしれない僕が暗幕を運ぶためにかりだされた意味がわからない。
「なんか宣伝だって言ってたけどな」及川は別に気にしていないようだ。
「いや、明らかにみんなお前にビビってるからな。しかもなんで僕まで・・・」
「それは彼と私で君にタッグ技をかけるためだよ・・・ねっ?」
他人に見えるようにわざわざ僕らが距離をとって歩いていたのに、そんな僕たちの配慮を一瞬にして打ち崩して、委員長は振り返った。眼鏡が輝いていた。流石の及川も眼鏡が似合う委員長が格闘技ファンというギャップに戸惑っているようだ。
「とりあえずロメロ・スペシャルかけといて。そこにすかさず私がエルボー決めるから」
「両手両足をきめ、身動き取れない状態でテーブルのように天に向かって差し出されるだけでなくそこから僕の内臓を潰しにかかるんですかっ!?」説明しづらい!何でそんなマニアックな関節技を選択したんだ?
そうか、マニアだからか!
「反応が鋭いなあ。でも私は観戦専門だからやらないよ」
「それは自分は手を下さないけど誰かが僕の内臓を潰すのをほくそ笑みながら見るって言う事ですかっ!?」
「あったり~~」目の前で手をパンと合わせた。
いい笑顔だ。そしてそろそろこの会話を終わらせないとさっきから僕の横でエルボーの素振りをしているさつきさんが本気でやりかねない。
「そういえばさ、ずっと聞きそびれてたんだけど、お前ってクラスの行事に積極的に参加するようなキャラだったっけ?」僕は及川に尋ねる。僕が言えたことじゃないけど。
「どうでもいいだろ、そんなの。お前が告白しなくなったのと似たようなもんだ」及川は気だるそうに言った。
要するに及川は気分の問題と言いたいんだろうが、その原因は僕にとって、地球が新たにもう1つできちゃった、くらいの大事件なので、及川に何かあったんじゃないかと心配してしまった。
「えっ、君最近発情してないの?」
言い方ってもんがないのか!?しかもこんな廊下で。
「ああ、もう1ヵ月半くらいご無沙汰だ」
お前は敬語を使えよ、及川。というか委員長と喋るな。お前が余計なこと吹き込むと、今度こそ僕の命が危ないんだよ!そしてこんな廊下で人の恥をさらすな!
「いいだろ、お前は生きてるだけで恥さらしなんだよ」
「しんらつなことを言うなよ!」
「確かに辛辣なことを言ったが、ちゃんと漢字を使え!そんなに深刻じゃないみたいに聞こえるだろうが!」
深刻らしい。しんこくではなく深刻らしい。
「ああ、そっか。ついに愚かにも毒牙にかかるものが・・・」ふらりとよろめく委員長の両足。絶望を秘めた眼差し。窓から当たる陽光がスポットライトに見えた。
「いや、こいつに彼女とかありえないから」と及川。
断言しやがった。
「だよね~」とけろりとした表情の委員長。
肯定しやがった。
「当然だ」と腕を組んでいるさつきさん。
後押ししやがった。
暗幕を持って、僕と及川が教室に戻ると、僕が担当する部分だけに妙に頑丈な柵がつくられていた。いや、柵というよりも檻だろうか、これは。
「でもさ、これって場所とりすぎじゃない?」ものすごくほかのみんなに申し訳ない気がする。そして残念ながらこんなに期待されても僕は人を怖がらせる自信がない。
「これでも最低限の配慮よ。どうせ漆根君のことだから暗闇に乗じてセクハラするつもりだったんでしょ。残念でした。女子全員で週末に夜遅くまで話し合って議論して、先回りさせてもらったわ」
「すごいこと言ったな!」しかも結構さらりと。
しかし本当に僕の評価は地に落ちてる、というか地中深くに埋まっているんだなあ。
「まあ、最初から僕にそんな度胸はないけどね」
「度胸はないけどつい手が出てしまう男、漆根耕太の魔の手から世界を救おう、が今月の先生方の教育目標だそうよ」
「この学校おかしいよ・・・」ついに先生方も僕の皮膚から分泌される毒素にやられてしまったんだろうか。
とにかく、不満はありまくる役どころだが、準備してくれたみんなの手前、僕に拒否権はなかった。そして人権もない。多分拒否したらこの場で本当にさらし首になるだろう。