大隕石襲来っ!? 1
翌日、例のクラスメイトは朝からクラスの誰に話しかけても無言で春日井さんを指差されると言う苦行を繰り返された結果、春日井さんに謝って、トラブルは収束した。別にいいんだろうけど「しばらく待って欲しい」という意見はどうやら完全無視のようだった。まあ、でもこういうのって引き返すなら早いほうがいいからな。僕みたいに引けなくなったらもうアウトだ。文化祭まで日もそんなにないし、本人も今日はちゃんと頑張って働いているからこれでいいんだろう。
及川からの質問に答える以外何もやることのない手持ちぶたさにようやく気付き、昨日のように手伝おうとした手を払われ、所在無げにしている僕だった。皆さんに申し訳なく思う気持ちはいっぱいなのだが、でもしょうがないだろう。唯一僕から近づくことを許されるのはこのクラスでは及川だけで、その及川に拒否されてしまったんだから。案外ジャ○アンに見放されたス○夫はこういう気分になるのかもしれない。じゃあやっぱり僕は及川の下っ端なのだろうか。
ところが、だ。そんなやることもなく、かといって座っているのも申し訳ないような気がするので窓際でぶらぶらしていた僕に忍び寄る影があった。他人の視線には人一倍敏感な僕だ。その視線が僕に向けられている事は経験則からすぐに気づいた。
「漆根君、ちょっといい?」
ああ、春日井さんか、と僕は振り返る。そこに思い当たったのは至極単純な理由。
ここで僕の人間関係とその呼び方をおさらい。
漆根→及川か先生(後者にはほとんど呼ばれない。「お前」とか「そこの」とかだ)。
耕太→両親かさつきさん。
耕兄→つむぎ。
漆根先輩→シュウ君。
漆根君→春日井さん。
僕の人間関係ってこんだけだ。まあ、例外的に及川の姉につけられた変なあだ名があるが、それは割愛させていただこう。
だがしかし、僕の思考はその影に焦点が合ったところで止まった。思考だけじゃない。データを詰め込みすぎたパソコン並みに僕はフリーズした。
「聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
影は一人分ではなかった。そして春日井さんの姿もそこにはなかった。彼女は依然として忙しく働いていた。僕の脳内細胞がようやく活動を再開し始めたので、彼女達の顔を見て、記憶から誰なのかを探り出す。すぐに行き当たった。そう、クラスメイトの女子3人。しかも一人はクラス内で僕が告白した5人のうち、春日井さんと内装の責任者に次ぐ3人目。そこに行き会ったところで僕は混乱を始める。脳内にウイルスでも感染したのかもしれない。
「あ、ちょっと待って」
僕程度の読心術では判断がつかないが、彼女達の表情に嫌悪感は見られないように見える。僕はもう一度窓に向き合って、スライドさせた。顔を出して田舎町を眺める。肺いっぱいに息を吸った。
「大隕石襲来っ!?」よし、落ち着いた。
彼女達に向き直る。総じてあっけにとられた表情をしていた。話しかけたのを後悔しているのかもしれない。
そしてようやく僕は正解を見つけた。なるほど、彼女達は肝試しをやっているのだ。確かに僕に話しかけることはお化け屋敷よりよっぽど肝が冷えるだろう。いや、何僕は自分捕まえてお化け屋敷より怖いとか言っちゃってるんだろう。
僕が突然大声を出したことでちらちらとこちらを見て来る目があるが、そんなことよりも僕には気になる事があった。辺りをキョロキョロ見渡す。
「どうしたの・・・?」
「カメラはどこ?」そう、ようやく得心がいったのだ。間違いない、これはドッキリだ。彼女達も体を張ったものだ。
「・・・・・・?」
迫真の演技だ!誰がどう見ても僕が何を言っているのか分からないようにしか見えない。だが、僕は騙されないぞ。きっと内心ドッキリだと気付かれたことに焦っているに違いないんだ。
「言っておくけど僕は引っかからないよ。風呂に入ったら底が抜けて設置してある滑り台を滑っていって御輿に載せられてワッショイワッショイやらないし、女性のマンションに行こうとしてその前の道を歩いていたらそこに落とし穴があって、スチロールだらけの穴に落ちたりもしない」
「長いよ!」
突っ込まれた!吃驚だ。思わず漢字使っちゃうくらいびっくりだ~!!
だって突っ込みの半分や優しさでできているんだよ!?ちょっと今のはダメ出しチックだったけど、それでも突っ込みは突っ込みだ。だけど優しさだって、全部が全部良いわけじゃないからな。
“バファリンの半分は優しさでできています”
ばかやろう!ちゃんと有効成分を使えよ!
大人はいつだってそうだ。いつだって優しさでごまかすんだ。子供はいつだって犠牲者さ。
・・・・・・・・・・・・さて、そろそろいいかな。
「で、聞きたいことだっけ?」
さっきまでさんざん挙動不審だった僕が急に落ち着いたせいか、彼女達が吹きだした。あるいはそれは嘲笑なのかもしれないが。
「あ、うん。近年の中国における経済発展の犠牲者となった貧困層と環境問題についてなんだけど」
「時事ネタっ!?」なぜ、僕に!?僕を中国の官僚か何かと勘違いしているのか?
中国か・・・。漆根家は食事中に新聞、テレビは禁止だから必然的に新聞を読んだりニュースを見たりする機会は少なくなる訳で、そんなわけで僕は時流を解していないという高校生にあるまじき存在なのだった。
「あ、えっと、うん、そう・・・あれだ、みんなで頑張った後、頑張って立て直すとか・・・」ああ、僕ってダメだなあ。突っ込みならスラスラ口から出てくるのに。蜘蛛の子を散らすように出てくるのに。
「ああ、なるほど、今はそういうのを全部犠牲にしちゃって未来の子供たちに全ての責任を押し付けるのね?」
「あっ、違う違う。やっぱり今でてきた問題は今解決しないといけないから・・・」
「目先のことに捉われて大事なことを見失ってしまうのね?」
「僕にどうしろって言うのさ!」いじめだ~。
僕の苦悩をよそに彼女達は笑い合っている。その表情にはやはり嫌悪感は見られない。むう、どうやらドッキリではないみたいだし。肝試しという線は当たっているかもしれないが、だとしたらこの人たちは肝試しに来て爆笑しているのだろうか。お化け泣かせな人たちだ。さつきさんが怒るかもしれない。
「あっ、そうそう。質問なんだけど・・・」
最後にはちゃんとした質問が僕に来て、僕は持てる(春日井さんに植え付けていただいた)知識をフル動員して何とかそれに答えた。そして訳が分からないままに3人とも行ってしまった。
「???」
首が折れるんじゃないかと思うほど傾げてみるが答えは出てこない。振り返って窓の外の夕焼け空を眺めてみる。そこには赤く染まった雲の切れ端以外何もなかった。