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僕は全人類の敵なのか!? 2

テラスというのは学校の校舎の2階の端にある、無意味な出っ張りのことだ。ベンチがあって、昼休みはカップルが弁当を食べているらしい。僕が鳥だったら間違いなく糞を落とすであろう、決して足を踏み入れたことのないそのスペースに春日井さんはいた。夕日を浴びながら、山と民家しかない町を見ている。僕は息を整えつつ、近づいた。

「・・・私はね、自分で何かを決めて成し遂げた事がないの」と春日井さんは唐突に言う。僕の姿を確認したわけでもない。後ろに目でもついているのだろうか。

「高校だって、家から近くてそれなりのランクの進学校っていう理由だし、中学の時の部活だって友達に誘われて入ったし、将来の夢だって特にないし・・・」

春日井さんは振り返る。やはり感情を感じさせない表情で言った。

「だけどね、これだけは自分で決めたのよ。去年ここの文化祭を見に来たときにね。だから私は、どうしてもみんなで一緒に成功させたいのよ」

文化祭を成功させたい、ではなく、文化祭をみんなで成功させたい。これが春日井さんの決意だ。だけど、簡単なようでなんて難しいことだろう。16年間それぞれ全く別の道を歩んできた40人近い全員が、同じ方向を向いて歩くなんて。

だから、僕はそう言い切ることができる春日井さんがあまりにも凄いと思った。僕には手が届かないくらいかっこいいな、と思ってしまった。

「手伝うよ・・・」僕なんかじゃ役に立たないかもしれないけど、それでも僕は純粋に、春日井さんの背中を押そう。

考えて言ったことじゃない。だから、これはきっと僕の本心だ。

「ありがとう」そう言って微笑んだ春日井さんは、本当に綺麗だった。

だけど、それはあまりに綺麗過ぎて、決して手が届かない女神に似ているのかもしれない。僕はその感覚を必死に振り払う。

笑顔を鞘に納め、春日井さんは大きく息をはいた。

「戻りましょうか。ダメじゃない、漆根君も教室抜けてきたら。私がいないときはあなたが指揮するんだから」

「いやいや、こういうときは及川がやることになっているんだよ。お化け屋敷だけに暗幕の了解ってやつ・・・」言ってて自分で寒くなったしまった。

どうしてボケようなんて思ったんだ。僕はあれか?キャンプファイヤーに近づいて燃えていく蛾か?まだ春だって言うのに。

案の定、春日井さんは僕の前をツカツカと横切って校舎の中へ入ってしまった。寒いギャグにはノータッチ。かなり厳しい人なのだ。そのまま鍵を閉められそうだったので、慌てて僕も後を追う。すると春日井さんは校舎の壁に手をついてうずくまっていた。心なしか肩が震えているように見える。やっぱり傷ついていたのだろうか。校舎に入ってさっき言われた言葉を思い出して・・・。

そう考えておたおたしていた僕だったが、近づくと、春日井さんは苦しそうにお腹を押さえて、笑いを噛み殺していた。

ええ~~~~~!!今のがツボ!?何この人!?おかしいよ。

「『カニさん、おにぎりは今食べてしまえば終わりだけど、この柿の種なら植えればたくさんの柿がなるよ』と、猿は言った。カニは少し考えてから言った。『確カニ!』」

「や、やめて・・・」

絶対変だ!認めない!!確実にヘンリー君のほうが面白いのに・・・。

しばらくして、春日井さんの腹筋強制トレーニングが終わったところで、僕たちは教室に戻った。


教室に戻ると、さっきよりも及川が更にはきはきと監督していた。頑張りは認めるが、働いている者たちにとっては迷惑極まりない。さっきのやつはいない。帰ってしまったのだろうか。

「どうしようか、春日井さん」春日井さんの目的が全員で成功させることの以上、1人のドロップアウターも出す訳には行かないのだ。

「そうね・・・ここは1つ色仕掛けで・・・」

「色仕掛け!?」やつは僕か?僕のように単純な細胞で形成されているのか!?

「というわけで今からデパート行って女装してきてくれない?」

「しかも僕が仕掛けるの!?」この人は、クラスメイトを何て目で見ているんだろう。

どう見てもそっち系の人ではなさそうだが。

「いえいえ、人は総じて見かけによらないものよ。だからやってみなければ分からないわ」

「いるよ!広い世の中には見かけによる人だっていっぱいいるよ!それにやってみたところで、え、何いきなり・・・ってなる確率山の如しだよ!」

「大丈夫よ、何かあっても責任はすべて漆根君のところに行くから」

「僕が大丈夫じゃねぇ!」ていうか同級生に女装を勧めるなよ。

「なによ、漆根君が女に目覚めれば世界の女性が安心して、世界の男性が面白がるのに・・・」

「僕は全人類の敵なのか!?」

いつのまに・・・。

僕のつっこみが大きすぎて会話が筒抜けだったのだろう。なんとクラスメイトの視線が全員こっちに向いて、うんうんと頷かれた。ちょっとしたホラーだった。それよりもクラスメイトに注目されるという事実に僕は赤面する。やめてくれ、僕にスポットライトを当てないでくれ~~。

「あいつのことは気にしなくてもいいっちゃ。ただちょっといづらくなっただけっちゃ」

と、何弁なんだか、そもそも方言なのかさえもわからない口調で1人が突然声を上げた。

何てインパクトの強い人なんだ、と感心してしまう。これも才能なのだろうか。なぜこんな面白い人と1ヶ月以上も会話せずにいたんだろう。もったいない!!

「あいつも本心ではそんなに嫌がってないっちゃ。しばらくしたらまた参加するだろうからそれまで待ってほしいっちゃ」

やべぇ、この人超おもしろい。惚れてしまいそうだ。

しかし、その超面白い人は、残念ながら口を閉ざして作業に戻ってしまった。

「・・・だ、そうよ。分かったかしら、赤鬼の漆根君」

僕の赤面はまだ治まらない。茹蛸のように真っ赤になっている。本当に何事もなかったように仕事に取り掛かる春日井さんとは対照的に、僕はとりあえず頭を冷やそうと教室を出た。



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