僕は全人類の敵なのか!? 1
お待たせしました・・・・・・か?
・・・・・・・・・・・・再開します
「だから教室で机使うなら事前に申請しとかなくちゃいけないわけで、それなら僕か春日井さんに言ってくれればやっとくから」
春日井さんによる漆根耕太育成計画は今のところ成功しているようで、僕はいまや突然の質問に答えられるようになったのだ。ていうかそれがもともと当たり前だし、質問をしてくるのも及川しかいないわけなんだけど。ただ、最近は僕が質問に答えられるという事が広まったようで、多忙な春日井さんではなく、「漆根、さっき聞かれたんだけどよ―――」という感じで及川経由で質問が僕のところへ来ることもある。
「・・・なんで僕のところへ直接来ないんだろう」わかっているけどね。嫌われているってことは。それが自分のせいだってことも。
「あれだろ。新鮮なみかんの横に腐ったみかんを置いとくと両方腐るっていう―――」
「僕は腐ったみかんじゃない!」
言えた!ついに言えた!このタイミングが来たらぜひいってみたかった言葉ナンバー1を!
おお、凄い達成感。夢を叶えるっていうのはこんな気分なのか。
だが、そんな達成感でいっぱいの僕とは違って及川は首をかしげていた。なんだ、あの3年B組の有名なセリフを知らないのか。確かに僕も総集編でしか見たことないけど。
「いや、それは知ってるんだが、お前は腐ったみかんだぞ」
「言い切った~~!!」なんという男だ。僕に一生達成感を味わうなとでも言うつもりか?鬼畜だ。悪魔だ。
「おいおい、何言ってんだ。鬼畜はお前。悪魔はお前。・・・ってさっき春日井が言ってたぞ」
「死にたくなった!」
そこらへんで及川は僕いじりを満足したらしく、持ち場に戻っていった。ちなみに今教室は非常に騒がしい状態だ。クラス全体での準備も本格的にやっていて、部活に所属していない、あるいは所属していても暇な人は全員動員されている。特に大道具の人たちは鬼監督及川の下、大戦中のように必死になって働いていた。若干かわいそうだったが、それを口に出すことはできない。僕だってそれなりに忙しいのだ。
そして、一番忙しいのはもちろん春日井さんである。マジシャンのように高速で手を動かしている。やっている事はもう僕には理解不能で、多分聞いても教えてくれないだろう。
しかしそんな忙しい合間でも僕を鬼畜だ悪魔だという余裕はあるのか。それともそれによってストレスを発散しているのか。しかし、僕でストレス発散が出来るのならば、僕はそれでいいと思う。それは人の役に立てるという事だから。さあ、もっと僕をいじめるんだ!
「・・・最近本格的にダメ人間になってきてる気がする」どうしちゃったんだ僕は。さつきさんと春日井さんにいじめられすぎて脳みそが壊れてしまったのか。あるいはもともと壊れていたのか・・・。
「漆根、暇なんだろ。気利かせて全員分のジュース買って来いよ」
「いかねえよ!」暇じゃないって言って・・・ってあれ?そういえば僕に仕事はない。せいぜい及川経由で回ってくる質問に答える程度だ。僕の仕事は質問に答える程度か?僕はボックスラーメンを愛する神様か?2100年の2月に隕石が落ちてくるのか?それなのに大地震は予言できないのか?もじゃもじゃなのか?
その時だった。
「もういい加減にしろよ!」
及川の監獄エリアから声が上がった。手に持っていた業務用の大きなボンドを床に叩きつける。ただし、しっかりと蓋は閉められていたし、たった今自分がつくっていた大道具にも当てていなかった。なかなかに律儀な人なのだなあ、と僕は状況もわきまえず思った。そんな僕とは違い、まともなクラスメイト達はにわかに静まった。全員の目がそちらに向かう。監獄の囚人は立ち上がって叫んだ。
「こんなの勝手にやってればいいだろうが!いちいち俺たちを巻き込むなよ!」
ついに反乱が起こった。だがそれは当たり前のことだ。古代ローマの剣奴しかり、大戦中のレジスタンスしかり、力で押さえつけられれば、反発は必ず起こるのだ。だが、そんな反乱の成功例は著しく低い。ポーランドの独立は大変だったのだ。
というわけで即座に及川が近づき、胸倉を掴んだ。
「もう一度言ってみろ」及川にしては普通の言葉だな、と僕は思う。らしくない。突然の反発に動揺しているのだろうか。
あ、でも凄い怒ってるみたいだ。だって、ほら、相手が物理的にちょっと浮いてるもの。ものすごく苦しそうだもの。周りの女子が軽く悲鳴あげてるもの。空気がとても不穏だもの。
「ちょっと、ちょっとやめて、及川君」ついに、春日井さんが割って入った。及川は怒り心頭の表情を変えないまま手を離し、クラスメイトは尻餅をついて咳き込んだ。だが、すぐに若干の涙目で春日井さんを睨んだ。
「うるせえな。お前はいいよな、自分の好きでやって、好き勝手できるんだから。だったら1人でやってろよ。俺たちを巻き添えにするなよ!俺とお前は違うんだから勝手に自分の物差しで計るんじゃねえ!」
再び空気が凍りつく。同時に僕の限界も訪れた。
好き勝手?巻き添え?そうじゃない。僕は知っている。春日井さんがどれだけ周りのことを考えているか。そのためにどれだけ自分を犠牲にしているかを。
しかし、そう言われた春日井さんは睨まれたまま何も言い返すことができないようで。
「私は・・・」言いかけて、春日井さんは教室を飛び出していってしまった。表情を見ることはできなかったが、どんなものかは想像できる。
「てめ・・・」再び及川が胸倉を掴んだ。
だが、公開処刑が始まることは無い。そんなことは僕がさせない。勝手に賭けさせてもらうが、春日井さんの名に賭けて。
「放せ、及川」僕は及川に言う。及川は素早く僕を睨んだ。
その睨みは世間一般の人々には効果覿面なのだろうが、僕には効かない。僕には及川が怖くない。そして僕の表情を見て察したのだろう、及川は思いの外あっさりと手を放した。僕は拳を握り締める。自分の爪で掌が切れてしまいそうだった。
その拳で殴った。拳が痛い。今度こそ辺りで悲鳴が上がる。だが、及川ならともかく僕程度の腕力じゃ殴ったってせいぜい後ろに倒れる程度だ。大したことじゃない。だからこれは別に相手を苦しめたくて殴った訳じゃない。この場を収拾させるためでもない。
ただ単純に許せなかっただけだ。
「お前、おかしいよ」と、誰よりも間違っている僕は言う。いや、僕だからこそ言う。間違っている僕から見ても、お前は間違っているんだと。そう諭せるのはきっと僕だけだと思うから。
僕は相手の反応も見ずに教室を出る。春日井さんを追わなくてはならない。春日井さんは間違っていないことを伝えなきゃいけない。だが、どっちに行ったものだろうか。
ちくしょう、こんなことだったら春日井さんが落ち込んだ時にどこに行くのかストーカーでもして調べておけばよかった―――!
「漆根君!」聞きなれない声がして、僕は振り返る。声を上げて僕を呼び止めたのは衣装の責任者の人だった。告白した人ではないが、全世界の女性の例に洩れず、漆根耕太を毛嫌いしているはずの人だ。
「・・・多分、テラスに行ってると思う」と、彼女は小さな声で言った。僕は今の精神状態でつくれる精一杯の笑顔を向けて礼を言い、駆け出した。