それは僕にスリーサイズを測れっていう振りですか? 1
「ほら、起きろ。起きるのだ」
「・・・んっ」僕は胸に重量を感じつつ、目を覚ます。ああ、これはあれだ。金縛りの時に胸が重くなり、目を開けるとそこに幽霊がいるっていうやつだ。目を開けるな。目を開けるな。目を開けるな。
目を開けてしまった。そこにいたのは僕の予想通り僕に馬乗りになる幽霊。・・・しかも顔が異常に近い。近すぎて焦点が定まらなかった。
「うわああああ!!」思わず幽霊を突き飛ばし、背筋だけで起き上がり、後ずさる僕。後ずさりすぎて壁に頭を打ち付けた。思わずうずくまる。
「・・・あいたた」彼女―――苅谷さつきさんは僕が寝ていた布団の上に仰向けになっていた。ていうか幽霊に痛覚ってあるのか?
「当たり前だ。人のことをなんだと思っている」
「・・・・・・」
「ちょっと、耕兄。朝からうるさい」僕以上に声を張り上げてパジャマ姿のつむぎがノックもなく部屋に乗り込んできた。
「ん?どうして床に布団敷いてるの?ベッドに寝ればいいじゃない」
幽霊なのに普通に睡眠をとるという彼女がどうしても譲らず僕はカーペットに来客用の布団を敷いて寝ていた・・・なんて言えないな。言ったら確実に今日から僕の部屋は病院だ。
「・・・ちょっと、気分で。たまには布団もいいもんだぞ」
「ふーん」つむぎはどうでも良さそうに言って、僕をじっと見る。その目にはいつものように実験動物を見るような憐憫と軽蔑が込められていた。
つむぎはひとしきり僕を観察すると、身を翻して部屋を出て行った。ドアを強く閉めるのも忘れない。僕はさつきさんを睨む。
「どういうつもりですか、さつきさん」僕の咎めるような発言にさつきさんは唇を尖らせた。あーやべ、超かわいい。
「何を言っているのだ。寝返りを打って目覚ましを壊してしまったから起こしてやったというのに」
僕ははっとして部屋中を見回す。僕の愛用している目覚まし時計だったものはなぜかベッドから僕の寝ていた布団を挟んだ更に向こうの壁の近くに転がっていた。
・・・え~~~~、そんなバカな。
目覚ましはものの見事に破壊されていた。もう、それがどんな構造をしていたのかもわからないほどばらばらだった。ご丁寧にも壁が凹んでいる。ああ、絶対母さんに怒られるな。多分両足をつかまれて窓からつるされるんだろうなあ。
「さつきさん。絶対寝返りじゃないでしょう」そんな人間、僕は認めない。添い寝不可だ。・・・人間という定義が果たして彼女に当てはまるかどうかは別として。
「・・・てへっ」かわいく言って、頭をコツンと叩くさつきさん。いたずらっぽく舌を出すのも忘れない。僕は揺らぎそうになったが、何とか理性をフル動員してこらえ、目元に人差し指を当てて、古畑任○郎のような推理力を披露してみせる。
「え~、カバーのアクリルにひびが入っていますが、辛うじて6時、いつもセットしている時間に止まったのだと推測できます。つ・ま・り、私はこう推理する」
上目づかいでびしっとさつきさんを指差す僕。びくっと怯えたさつきさん。そんな姿を見ても僕は揺るがない。揺るぎませんとも。
「目覚ましが耳もとで鳴り、あなたは目を覚ます。そして憤慨したあなたは目覚ましを掴み、全力で壁へと叩きつけた」
「・・・仕方がなかったんだ。つい・・・」
「じゃなくて?」
「ごめんなさい」しゅんとうなだれてさつきさんは言う。しかし、寛容的で心が広い・・・といいね、とよくみんなに言われる僕はそれを許した。床に散らばった破片を拾い集める。
「・・・だが、君は私に対して礼を言うべきだ。絶対に」破片を拾うのを手伝いながら、さつきさんはふてくされて言った。
「ありがとうございます。これで目覚ましを買い換える決心がつきました」僕は壊されていない壁掛け時計を見上げた。どうやら壊してすぐ起こしてくれたらしい。まあ確かに目覚ましですぐ起きなかった僕も悪いからおあいこという事にしようかな。絶対割に合わないおあいこだけど。
「それは助かる。ときに―――」さつきさんはとても深刻な顔をしていった。
「―――私はとても腹が減った」
「・・・・・・」
本当にこの人は。大人みたいで子供な人だ。僕は立ち上がって破片を袋に入れると、大きく伸びをした。カーテンを開けると、毎朝毎朝律儀に顔を見せる太陽が眩しかった。