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まったく、咄嗟に返答できないなんて人間失格ね 4

春日井さんは再びシャープペンを軽やかに動かし始めた。僕もプリントの山に目を戻す。

「男らしいといえば、授業中に携帯の着信音がなったとき、どう振舞うのが男らしいと思う?」

とうとうまったくどうでもいい雑談になってしまった。そもそも校則で学校内では電源を切るようになっているんだし、鳴っちゃう時点で男らしくないんじゃないか?

「まったく、咄嗟に返答できないなんて人間失格ね」

「人間の足きりラインが高すぎる!」

もはや人類の半分は人間失格になっちゃうよ。

「・・・そもそも漆根君は人間じゃないからいいんだけれど」

「くっ!」ことごとく僕をいじめるなあ。しかも本当に楽しそうに。表情は変わってないのに楽しそうだとわかる。

「私が思うに、男らしいといえばそうね。授業中に取り出して・・・」

「人目を気にせず使っちゃうってこと?」

・・・確かにワイルドではあるかもしれないが、それこそ人間としてどうなんだろう、である。それとも僕と春日井さんでは「男らしい」の定義が違うんだろうか。

「違うわよ。それじゃあただの傍若無人じゃない。傍らに人無きがごとしよ」

「わざわざ訓読した理由は僕にはさっぱり分からないけど、じゃあどうするの?」

「折るのよ。『うるさい』とかってね」

「それはただの八つ当たりだっ!」確かにワイルドであるが、そんな人がどうやって現代で生きていけるというんだ。現代において多少の我慢は必要なのだ。

「でもあれって結構スカッとするのよ」

「やったの!?」春日井さんは現代で生きていけない人なのか!?

「人のだけどね」

「どんな過去が!?」

「あれ?漆根君の携帯ってパカパカ部分が逆に曲がりそうじゃない?」春日井さんは机の上においてある僕の携帯を指差した。

「僕の携帯は体操選手じゃないんだよ!?」あるいは中国雑技団。あんなことできるか!

「?・・・やってみなきゃ分からないじゃない」

「何そんな本当にわからないみたいな顔していい感じに首傾げてんのっ!?分かるよ!春日井さんが僕の携帯でストレス解消しようとしてる魂胆さえ分かるよ!!」

見え見えだよ!!

「いいじゃない。どうせ着信なんて来ないから男らしさをアピールする機会さえないんでしょう?・・・友達いないんだから」

「ひどい!」

「でも本当でしょう?」春日井さんは間髪いれず僕の傷口に塩を塗るばかりではなく塩酸をかけようとする。というか今現在かけている。

「本当だけどこの世には言っていいことと悪いことがあるはずだっ!」

「真実というのは口をついて出てくるものよ」

「・・・・・・」

昔から日本にある格言も春日井さんにかかれば一瞬だった。そして僕も一瞬で切り捨てられた。

「だから・・・」春日井さんはシャープペンを置いて僕を見据えた。西日がちょうど差しているからだろうか、その姿は眩しすぎた。

「私のアドレスを知っておきなさい」

「それは・・・」

それは、僕と友達になってくれると言っている、というのは穿ちすぎなのだろうか。ただ文化祭委員と言う事で連絡とれるようにというだけなのだろうか。だけど、どっちだって僕の返事は同じだった。

「それは、願ってもないことだけど」

なんて、そんな気の効かない言葉しかいえないんだけど。それでも僕は心の底から嬉しかったのだ。ほんのアドレスを交換するという高校生にはありがちな行為さえ、僕は今まで人並みにできなかったんだから。

「そう」

相変わらずその表情は読めない。春日井さんは短く答えて僕の携帯を取った。ロックをかける必要もないものなので開いてそのまま操作できる。恐らく噂の赤外線なるものを使って交換するのだろう。

「・・・あれ?これ本当に漆根君の?」春日井さんは首をかしげる。

「そうだけど、何で?」別におかしなことなんかないはずだ。

「エッチな画像が一つもないじゃない」

「見るなよ!」

操作すると見せかけてなに勝手に捜査してんのっ!?

「見るわよ!」

「なんでっ!?」

「私が嫌悪感を抱けばこの携帯を折る理由ができるでしょう?」

「できないよ!百歩譲ってあったとしてもそこまでして僕の携帯を折りたい意味がわかんないよ!」

現代の悪のとりこなのか!?ストレスたまりまくりなのか!?

「百歩も譲っていただかなくても結構よ。五十歩で十分こと足りるわ」

「五十歩百歩だ!!」

「でもこの言葉っておかしいわよね。五十歩でも百歩でも逃げたことには変わりないけど五十歩だったら観戦出来るでしょ?戦わずしてショーを見れるなんて・・・」

「ちょっとどうしたの春日井さん、戦争だよっ!?」

黒春日井が現れちゃった!

「ああ、ごめんなさい。戦争ゲームにはまりすぎて現実と仮想がごちゃごちゃになっちゃったわ」

「現代っ子!?」女子高生が戦争ゲームになんてはまるなよっ!

それも含めて僕のせいなのか?僕と関わったせいで春日井さんがおかしくなっちゃったのか?僕の皮膚から出る毒素にやられちゃったのか?

話しながらも春日井さんはアドレス交換を終えたらしく、僕の携帯を閉じて渡してくれた。開いてアドレス帳を見ると「春日井若菜」の名前があった。嬉しくなってついほころんでしまう。

「やったわ。これで名簿業者に売れる」

春日井さんはガッツポーズなんて決めてくれた。

「そんなつもりだったの!?僕の感動を返せ!そして犯罪だ!警察に捕まってしまえっ!」

「大丈夫よ・・・泣き落とすから」

「国家権力を舐めるな!」許されるかぁ!

「まあ、でも謝ったら許してもらえるんでしょう?」

「いやいや、謝ってすむなら・・・」

「警察はいらないって言いたいのね。うん、その通りね。警察は要らないわ。だから私は許してもらえる。違う?」

「違うよ!完全無欠、完膚なきまでに違うよ!それに警察は大事だよ!ちゃんと僕らの日々の安全を守ってくれてるよ!」

「まあ、冗談よ」

「だよね、よかった」てっきり春日井さんは無法者なのかと思った。

「私も昔はお世話になったものよ」

「まさか人の携帯を折ったことで・・・とかじゃないよね?」

「いえ、そうじゃないわ。これは言いにくいんだけど・・・少し前に性的嫌がらせを受けてね。その相談に・・・」春日井さんはうつむきながら言った。

「あ・・・」

僕はなんてデリカシーのない男なのだろう。昔のことなんてわざわざ掘り返すほどのことでもないのに。聞いたところで僕の好奇心を満たす以外のことは何も出来ない。出来たところで僕にできる事なら誰にだってできることなのに・・・。でも、それでも僕は口を開かずにはいられなかった。

「相手は誰?アメリカの大統領以外なら総理大臣でも天皇でも殴ってくる」

僕は湧き上がってくる怒りをこらえながら言った。

春日井さんは俯いたまま、肩を震わせている。泣いているのだろうか。よっぽど辛い過去だったのだろう。

「・・・・・・ぷっ、あはははっ」

と、思ったら春日井さんは声を上げて笑い出した。呆然とする僕。多分彼女が声を上げて笑うのを見たのは初めてだ。なぜか品があった。ずるいなあ。

「じゃあお願いしようかしら」レアな笑顔のままで春日井さんは言った。

「?・・・できれば居場所が分かると助かるんだけど。無理なら人相だけでも・・・」

僕は困惑しつつも尋ねる。

春日井さんは唐突に指を上げ、僕を指した。僕は首をかしげる。本当に意味がわからない。

「犯人は漆根君よ。殴ってくれる?」

「僕かよ!って、性的嫌がらせなんてしてないじゃん!」

胸を張って言おう、僕にそんな度胸はない!

「したわよ!乙女の純情を弄んだくせに!」

「うっ、くっ・・・」

それを言われると何もいい返せない僕。でも嫌がらせのつもりはなかったさ。もういい加減やっつけにはなってたけど一応本気で告白したさ。

「・・・嘘よ」

「どこからが!?」・・・長い、長いぞ、春日井さん。たっぷり喋ってたぞ、僕たち。まさか携帯のくだりは嘘じゃないよね。この番号どっかのおっさんのとかじゃないよね?「おやすみ~~」って送ったら「あんた誰?」とか返ってこないよね!?

「そんな瑣末なことはどうでもいいじゃない。今言うのもなんだけどあと10分したら抜き打ちテストやるから。8割取れなかったら帰れないわよ」

本当に今言うのもなんなタイミングだった。それなら本当に抜き打ちにしてくれたほうがよかっただろう。はっとして時計を見るともういい時間だった。

「でも春日井さん、下校時刻のオーバーを2回すると出場停止だよ?」必死でプリントに目を通す僕。春日井さんは既に笑顔を封印していて。

「何を言っているの?2回目で停止という事は1回は大丈夫という事よ?」

「・・・・・・」確かにそうなんだけど。

つまり今の僕はそこまで深刻という事らしい。お恥ずかしい。僕の思考はそれを最後にプリントの中身に注がれた。

抜き打ちテスト(春日井さん作、一問一答式)で僕は8割ちょうどという快挙を成し遂げ、何とか帰宅することができた。



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