まったく、咄嗟に返答できないなんて人間失格ね 1
翌日、僕はもう何度目か分からない勝利のガッツポーズをさつきさんにして、さつきさんの猛攻をかわした。さつきさんは今日も「どうして耕太は目覚ましの前に起きられるんだ。鳥なのか、君は?」と首をかしげていたが、メールすら分からない彼女にこのからくりが分かる日は来ないだろう。もちろん僕は内心罪悪感でいっぱいなのだが、そうでもしなければ僕の部屋が戦場になるのだから仕方無い。きっとコ○ン君もこんな気持ちで蘭姉ちゃんに嘘をつき続けているのだろう。
「いってきます」ここ最近はさつきさんと話がなら学校に行くので、僕はつむぎより先に家を出ている。鍵をかけ忘れないか心配だが、しっかり者のつむぎに何をか言わんやというものだ。僕は肩にバックを掛けて、両手に大きな袋を持って家を出た。ごみ収集場所が僕の学校の通学路にあるので、火曜日のごみ出しは僕の役目なのだ。
「ああ、それはそのままごみとして出されるということか。君も腕を挙げたな。まさに命がけのギャグ」
さつきさんは朝とても機嫌が悪い。これは血圧が低いせいではないだろう。ああ、何でだろう、涙が・・・。
「あっ、しまった。これは申し訳ない、君を処分したら環境汚染になってしまうではないか。だから精一杯生きろ」
「・・・中途半端なフォローならしてくれなくて結構です」僕はむすっとして収集場所に二つともおいた。放っておけばどんどんたまっていて母さんを発狂させる物質がこうして収集場所に捨てるだけで持って言ってくれるなんて本当に凄いことだと思う。文明最高!
「そうかそうか、だからと言って収集車に乗りたいとか言うなよ。いくら君でも収集車の中に入ったら潰されてしまうだろう」
「・・・僕一度でも不死身的なこと言いましたっけ?」
そう振り返った僕にさつきさんは何も答えなかった。代わりにそこには知らないおばさんが立っていて、怒った顔で僕を見ていた。
・・・いや、ちがうよ。僕このおばさんには告白とかしてないよ。
「そんな置き方したら崩れてきちゃうでしょう。やりなおしなさい」
「・・・・・・はい」僕は素直に返事をした。制服を正すように、しっかりとゴミ袋を正した。
「・・・あれ?あなたこの間1人で川で遊んでなかった?」
正し終えて振り返ると、おばさんを僕の顔を覗き込むようにしていった。年のころは50代前半と言ったところか。実に平均的な体格で、大阪のおばちゃんのようではない地味な格好をしている。
「やっぱりそうだ。えっと・・・3週間前かしらね」
「ああ」僕はようやく思い出した。このおばさんは僕とさつきさんが始めてあったとき不運にも橋を通りかかって僕に奇異の目を向け、さつきさんに足をかけられたが脅威のバランス感覚で持ち直したおばさんだった。
「風邪とか引かなかったか心配だったのよ。その制服あそこの高校でしょ?おばちゃんあそこのOGでね、花山っていうんだけどね」
おばさんは他のこの年齢のおばさんに違わず、早口でまくし立てた。僕は「はあ」としかいう事が出来ない。昨日も春日井さん相手に思ったが、もう少し気の聞いた言い回しを考えようと思う。ちなみに風邪は引いたが川とは無関係で、もっとスケールの大きいものが原因だったので引いてないといっておく。心配させてもなんだし。
「最近は新しい私立学校がどんどんできてるでしょう?でも知ってるかもしれないけどあの学校は長くてねぇ。おばちゃんが学生だった頃はまだ木造だったのよ」
正直言って退屈な話だった。だって絶対に突っ込めないんだから。母さんの実家のおばあちゃんもこのおばさん(そろそろ花山さんと呼ぼう)と同じくらいよく喋るが、相槌を打つくらいしかできない自分が本当にもどかしい。年をとるとみんなこうなってしまうのだろうか。
ああ、もう、さっさとボケてくれないかなあ。いや、痴呆とかじゃなくてね。
「でもねぇ、おばちゃん卒業アルバムなくしちゃってねぇ。あ、おばちゃん20回生で卒業した時は片岡だったんだけどね。どこかの資料室か図書室かに当時の卒業アルバム残ってるはずだからこっそり持ってきてくれないかしら。おばちゃんの家あそこなんだけど」
などと、花山さんは法外な要求を僕に突きつけた。この状況で僕にどうしろというのだ。持ち出しはめちゃくちゃ校則違反だったが、そろそろ待たされているさつきさんの魔の手が(僕に)降りかかりそうだったので、了承して花山さんと別れた。やれやれ、面倒な約束をしてしまった。断れないことは僕の弱さだ
「・・・MKKだな。朝から元気のいいことだ」さつきさんは笑いを噛み殺しながらいった。MKKってなんだろう。NTTみたいな響きだな。
「マダム・キラー・耕太、だ」
「マダムを相手にしたことはない!」
・・・・・・はずだ。
「む、そうか・・・。しかしそれならば・・・そうだな・・・」さつきさんは若干考え込む。僕は嫌な予感しかしないので、突っ込みの用意をした。
「HKK・・・ヒューマン・キラー・耕太だ」
「ただの人殺しになっちゃった~!」本格的にダメだ。しかし人殺しといわれて寛容に接する僕は大人なのだろうか。それともただ壊れているだけなのだろうか。
・・・まあ、後者なんだろうな。
「ふん、君なんか、耕太だ」さつきさんは唇を尖らせていった。
「???」・・・まあ、僕は耕太ですけど・・・それがなにか?
「ふん、君なんか、耕太だ。・・・HKKだな。この言葉は悪口としてスタンディングリードとともに私が広めよう」
「全力を持って阻止します!」そして何でそんなに広めたいんだ、スタンディングリードを。
「そういえば、昨日の朝私たちを追いやったのは何者なのだ?私に匹敵するくらいのスキルを有しているようだったが」
本当に突然の「そういえば」だった。しかしそれはいつものことなので別に気にしない。
「ああ、春日井さんですね」別に僕らを追いやった訳ではないのだけれど。というかさつきさんに匹敵するというスキルとは一体何のスキルだろうか。
「耕太にいかに精神的苦痛を与えるかというスキルだが、それがどうした。どうもしないだろう」
「・・・・・・」
どうもするよ!どうもしかしないよ!そんな不必要なスキルいつ使うんだよ。
「何を言っている!私がストレスをたまったらどうするのだ!」
「だから僕をいじめていいのっ!?」ああ、なんということだ。ついにこの日本でいじめが正当化されてしまった。僕は一体どこで生きればいい。
「ああ、すまない。最近耕太のリアクションがよくなっているからついつい言いすぎてしまうのだ。君のせいだ」
「僕のせい!?」身から出たさびなのか?老化現象なのか?もしかして春日井さんの毒舌が最近乗って来たのも僕のせいなのか?ああ、僕は何という罪深いことを・・・。
いや、待て待て、絶対僕のせいじゃないぞ。
「春日井さんはなんと言いますか・・・高校初の僕の被害者で・・・」
「なんと!指名№1か」
「いえいえ、指名№1は常にさつきさんです」僕は胸を張って答える。
「やめてくれ。吐き気が・・・」
「あっ、ゴミ収集車来た。すいませーん、乗せて下さーい」僕は笑顔で大きく手を振った。
業者の方は何を思ったか手を振り返してくれた。おおっ、これは乗ってもいいって合図かな。
「ま、待て、耕太。冗談だ。私は君のことが大好きだ」さつきさんは僕を羽交い絞めにする。その間に収集車は次のゴミ捨て場に行ってしまった。
「どれくらいですか?」と、バカップルのように尋ねてみる。
「そうだな・・・シュークリームの・・・皮ならくれてやる」
「大躍進だ!」
・・・・・・多分。
シュークリームの皮ってのは銀に換算するとどれくらいの値打ちになるのだろう。僕の身体を構成できるくらいだろうか。
「被害者か。それにしては仲が良さそうではないか」
・・・・・・そうかな?僕としては一方的にいじめられてるだけに過ぎない。・・・悪い気はしないけど。・・・罵倒されてうれしいとかそういう事じゃなく、今までみたいに無視されるよりはいいというだけだ。
「春日井さんからすれば僕は核廃棄物ですからね。ガスマスクとかしてますし。嫌悪感を溜め込むのをやめてぶつけるほうことにしただけなんじゃないですか?どっちにしても嫌われている事に代わりはありません」
嫌われるのも憎まれるのも辛いことだ。だけど、それは僕への罰なのだ。ならば受け入れるほかない。
連れ立って歩いていたさつきさんが足を止めた。僕が振り返ると、さつきさんは呆けた顔をしていた。
「どうかしたんですか?」忘れ物だろうか。でもさつきさんはいつも手ぶらだし。
「君は・・・いや、いいんだ。君がそう思っているのなら私は何も言うまい」
「・・・・・・?」さつきさんは立ち止まった僕の前を何も言わずに横切って歩いていく。僕は早足でさつきさんに追いつく。
「・・・まったく。君は本当に私を退屈させない」
その言葉の真意は周りに人がたくさんいるせいで尋ねることはできなかった。