そこに込められているのは敬意じゃなく僕への刑罰だ! 6
「好きだ、耕太!」家に帰ると、さつきさんは僕の部屋にいた。僕がシュークリームの箱を見せると抱きついてきた。昇天しそうだった。僕はついついにやけてしまう。ああ、幸せだ。今なら隕石でも受け止められそうだ。
「無論シュークリームの次にだが」
「負けてもいい!」無論とか言われちゃったが、嬉しさが中和してしまった。
「あれ?だが3つしかないな。あとの2つはどうしたっ!」と、さつきさんは本気でキレた。突然キレた。夕飯前なのにシュークリームを頬張りながらキレた。超かわいい。
「一度にそんなに食べるよりも幸せは分割したほうがいいじゃないですか」本当は僕とつむぎとさつきさんで1つずつのつもりだったんだけど、どうやら奪還は不可能なようだ。だってわが子のように大事に抱えていらっしゃるんだもの。取り上げたら多分僕が食い殺されてしまうだろう。さつきさんならやりかねない。
「そうかそうか。これは失礼した。私は耕太を見くびっていたようだ。てっきり金が足りなかったのかと思ったのだ」
・・・・・・うん、まあ、そうなんだけどね。でもこれは言わないでおこう。見くびられるのは面白くない。
「だが耕太。あんまり返済を滞らせておくと利子がつくぞ」
返済!?利子!?僕はさつきさんに借シュークリームでもしたのか?
「一応聞きますけど利率はどれくらいですか?・・・トイチくらいですか?」10日で1割。つまりあと2個だから50日で1個増える計算。まあ、それまでには払えるだろう。
「いや、1日3個だ」
「闇金融っ!?」なんてことだ。僕は15歳にして借金・・・じゃなかった借シュークリーム持ちになってしまった。最終的に支払えなくなってコンクリート詰めにされて東京湾に捨てられるのだろうか。それともマグロ漁船で働かされるのだろうか。シュークリームのせいで!
「そもそも1日3個じゃ利子でもなんでもないじゃないですか!ただの『今日のペナルティ』ですよ!」5個たまった昨日からスタートだとして、今日3個増えたから僕はペナルティ分しか払っていないことになる。ああ、こうして債務者は苦しんでいくんだな。
「ばか者!通常の金融会社は社会的信用がないと貸してくれないから、高額貸してくれる闇金融がなければやっていけないこともあるんだぞ!」
「だからなにっ!?そうだとしても僕が引っかかったのは完璧に詐欺だ!」いけないいけない、ついタメ口が。自粛自粛。でも本当に「だから何?」って言う感じの論理展開だ。
僕はテレビのニュースくらいでしか知らないけど法外な利子の換わりに普通じゃありえない額を貸してくれるのが闇金融なんだって。多重ローンを抱えた債務者は闇金融に手を出すしかないって言う泥沼化が結構多いらしいよ。破産宣言すれば踏み倒せるらしいけどそうすると二度と金融で金は借りられないし、就職も難しいんだってさ。日本って怖いよね。
・・・などと、誰にともなく説明してみる。
「仕方ないではないか。食べたい物は食べたいのだ!」
「ジャイ○ンですか?おうの○太、これくれよ状態ですか?」だとしたら随分美しいガキ大将もいたものだ。そりゃあのび太くんだっていろいろ献上しちゃうよ。
「身体はしずか、心はジャイア○!」
「風呂覗くのも命がけです・・・」
「そういえば耕太、君はのび太君を変態にした感じだな。あれだろう?しずかちゃんのお風呂覗いちゃうのもわざとやっているんだろう?」
「僕にそんな度胸はない!」言い切る僕。昔つむぎの風呂を覗いちゃったこともあったけどあれはただの失敗だ。流石の僕でも妹は射程距離外だ。
まあ、のび太君を見て「ああ、僕って人から見たらこんな感じなんだろうなあ」とか思うことも多々あるさ。シンパシー感じまくってるさ。でも僕の傍にはドラえもんがいないのさ。ジャ○アンやスネ夫だらけさ。
「どうだ耕太、机の中にタイムマシンがあるかもしれないから入ってみないか?」
「かわいそうな少年だ!」でもしっかりと自分の姿で想像できるあたりが悲しくなる。僕よ、目をそらしても現実からは逃れられないんだぞ。
「なんだ、やらないのか。写メ取って被害者の会に売りつけようと思っていたのに」
「ねぇ、だから本当にあるの?」いい加減はっきりさせて欲しい。最近本当に町で人とすれ違うのが怖くなってきている。
「冗談だ。私はメカに弱いからな。・・・メールって羊の一種だろう?」
「残念すぎる!」しかも弱さも20世紀中盤レベルだ。
ていうかなんでメールが分からないのに写メは分かるんだろうか・・・。
「写メは、まああれだ。アメリカ人の写真家、メイプルソープの略だろう?」
「ねえよ、そんなピンポイントな略語!」あるとしてもつくった本人も絶対忘れてる。
バタン!
突然だった。大きな音がしたかと思うと、つむぎが部屋の外に立っていた。一昨日の教訓を生かしたノックはつむぎの辞書にはないようだ。今度ドッキリでも仕掛けて本気で習慣付けたほうがいいのかもしれない。兄として結構切実だ。だが、注意をしようとした僕に、つむぎはたった今降臨した悪魔のように、まるで口から煙でも吐くかのように言った。
「ご飯だって何度も呼んでるでしょ!一人芝居やってないで早く降りてきなさいよ!」
どうやら僕一人しか喋ってない状況をつむぎは一人芝居と解釈したらしい。確かに都合のいい解釈だが、どちらにせよ意味もなく1人で芝居しているような変な兄と思われている事は変わりないわけだ。ていうかお玉とフライパンもって呼びに来るとか、お母さんか。というセリフは僕が悪いので口をつむぐ・・・じゃなくてつぐむ。
ややこしい!
「元気そうじゃないか」さつきさんはシュークリームの余韻に浸りながら言った。
「まあ、いつもどおりではありますね」いつもどおりという事はいいことだ。安心した。
あんまり遅いとまたつむぎに怒られそうだったので(実の妹にびびる僕)、さつきさんをおいて1階へ降りた。さつきさんはほっぺたにクリームをつけつつ、シュークリームの箱の匂いをかぎながらまだ余韻を楽しんでいた。
やめてくれ、さつきさんはそんな卑しさを装備しないでくれ。
夕飯は麻婆豆腐だった。もちろん市販のソースを使ったのではなく、調味料からつむぎがつくったものだ。頭が下がる。僕は自分の分をよそって正面に座る。漆根家法のせいで食事中はテレビが見れない。というわけで僕は気まずい沈黙を打破するために切り出した。
「なあ、写メって何の略だと思う?」
「え?写メール・・・写真付きメールじゃないの?」ちなみに言っておくとつむぎは携帯を持っていない。ただ、最近の携帯ブームがあるので、両親と交渉中らしい。
まあ、写メくらいは知っているだろう。
「うん、まあそうなんだけど。仮にそれ以外につけるなら」
つむぎは麻婆豆腐をすくった手を止めて熟考した。あれ?おかしいな、と僕は首を捻る。いつもなら「どうでもいいことで話しかけないでくれる?」とかデレ0%、ツン100%の応対をするのに。さつきさんの前ではいつもどおりと言ったけれど、もしかしたら機嫌がいいのかもしれない。
「写実的な・・・メガネザル?」
「ねえよ、そんな略語!」はっ、しまった。さっきさつきさんにしたつっこみと同じものを妹にしてしまった。
「じゃあ何よ」
つむぎもそんな略語はないと思ったのだろう。唇を尖らせて言った。僕は衝撃を受けた。なんせ振っといて自分では何も考えてなかったのだ。
「・・・・・・写真家のメイプルソープかな」
「そっちのほうがないわよ!」
「・・・・・・おお」僕は感動することしかできなかった。生まれて初めてつむぎにつっこまれたのだ。このボケ殺しつむぎにだよ?明日は雪が降るんじゃないだろうか。
「写メは写メよ。写メ以外にはない。・・・ああ、声上げたら疲れちゃった。だからあたしの分の食器も片付けよろしく」
そう言い捨てて2階に上がって行った。したたかな妹だった。僕はしぶしぶ了承する。ここで僕がつむぎの食器だけ洗わなければ漆根家家法46条違反でつむぎに夫役が課せられることになるのだが、間違いなくその後に僕がつむぎに殺されるので僕は素直に従った。
その後、さつきさんを呼んで、さつきさんは麻婆豆腐を頬張った。さっきシュークリームを3個食べたのにそんなに食べて太らないのか、と尋ねたら殴られた。
「君にはデリカシーがないのか!」と怒鳴られたが、そんなものを僕に求めるほうが無体だと思う、と返したら哀れんだ目で見られた。




