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そこに込められているのは敬意じゃなく僕への刑罰だ! 3

文化祭において定番の出し物と言ったら喫茶店とお化け屋敷が挙げられるだろう。しかし、そうは言っても近年では痴漢問題とかがあるので後者は禁止されている学校も多い。

珍しいことにこの学校では禁止になっていない。しかし、内装や当日の仕事が多くて大変なので人気は少なく、今年は1年2年合わせて僕らのクラスだけだ。

「しかし、やっぱり凄いなあ。まさか8クラスも集中するなんて」

というわけで、今談義が進行中である。喫茶店は事前の内装はそれほど凝らなくてもいいし、当日は昼時に集中的に人員を割けば後は分担でどうにかなる。

ただし、問題はひとつ。調理室はひとつしかない。さらに、校庭に各部活もまた屋台を出すので、そんなにたくさん喫茶店があってもしょうがない。というわけで毎年喫茶店は2クラスまでと決められている。

8引く2は6だよね。というわけで、僕らの目の前では今この世でもっとも残酷は引き算が行われているわけだ。毎年毎年権利は2年の方に行ってしまうようで、一年ができる事はそうそうないらしい。今年もきっとそうだろう。と、考えていると、僕の目の前にA4紙が差し出された。僕は首をかしげて隣を見る。春日井さんは僕を見ない。まあ、いいや、と僕は紙を見た。何か大切な書類だろうか。

「お化け屋敷にしといてよかったわね。割と僅差だったのよ」

筆話!?隣じゃん!!

・・・と思いつつシャープペンを走らせる小心者の僕。

「じゃあ、僕の一票も無駄じゃなかった訳だ」もちろん丁寧に。走り書きじゃ多分読んでもらえない。

「字が汚かった・・・ていうか汚かったから読んでないわ」

汚かった?紙が!?・・・それとも僕が!?

「僕の葛藤を返せ!」あれのために鉛筆を一本犠牲にしたというのに。生まれて初めて「南無三」って言葉を使ったというのに―――

「そんなものもう捨てたわよ。もちろんお祓いも済ませたわ」

そんなものって紙?それとも僕の葛藤?いずれにせよ、ショックなことに変わりはない。

ややあって、ようやく引き算の計算が終わったようだ。外れた6クラス(もちろん1年生は全員この中だ。年功序列)の面々は皆落ち込んでいるようだったが、彼らも彼らでだめもとで、既に第二希望を募ってあるだろうから問題ないだろう。

「あと質問がある人は個別に聞きに来て下さい。これから準備が始まる訳ですが、準備は必ず定刻までに終わらせてください。規約にあるとおり2回破ったら出場停止ですので」

眼鏡が似合う委員長は笑顔で恐ろしいことを言う。しかし聞いたところによると、毎年出場停止になるクラスはないらしい。厳罰があればみんなちゃんと気をつけるのだ。学校の制服だって、崩したら停学、と決めればみんなちゃんと着るだろう。そんな学校通いたくないけど。

「漆根君だけ出場停止になってくれないかしら」筆舌でもハイレベルの毒舌を吐ける春日井さん。僕だけ出場停止になるってどういう状態だろう。

「・・・以上で会議を終わります。それでは、頑張って下さい」

そう言って会議は散会になった。ざわつきが次第に教室から出て行く。

「・・・僕だけ出場停止ってのは無理じゃない?」僕は喉まで出掛かっていた言葉をようやく解放する。大体それは文化祭規約じゃなくてただの停学だろう。さすがの僕でも停学になるようなことはしていない。・・・理事長には告白してないし。

「いいえ、ありうるわ」春日井さんはようやく口を開いた。どうやら会議中には喋ってはいけないという優等生ルールが彼女の中にはあるようだ。

「例えば・・・委員長を・・・」

春日井さんは質問に来た生徒に答えている委員長を横目で見る。

「・・・怒らせたり?」

「いやいやいやいや。流石の僕でもだれかれ構わず怒らせることはできないよ」春日井さんも失礼なことを言う。この人畜無害・・・じゃないな。人間には害があるから・・・「畜無害」な僕を捕まえて。

「それはごめんなさいね。それじゃあそうね、今度から漆根君のことを敬意を込めて『畜』と呼ぶわ」

「そこに込められているのは敬意じゃなく僕への刑罰だ!」

「・・・似たようなものじゃない」

「似てない!クララと占い師クラーラくらい似てない」結構前は割とテレビに出てたんだけど覚えている人いるかなあ。僕結構信じてたんだけど。ていうか今でも信じてる。

「そうね、漆根君は未来どころか今すら見えてないし・・・立てないものね」

「立てるよ!」

この通りだよ!!

「あれ?それって地に這いつくばってるのかと思った」

「僕はエクソシストか!」それに今の僕の状態が這いつくばっているならば春日井さんも這いつくばっている事になるのだろう。それとも僕と春日井さんは生命体からして違うというのだろうか。

「ひどいことを言うわね。万死に値するわ」

「器が小さいっ!」ねぇ、だとしたら僕は!?僕めちゃくちゃ罵倒されてるよ?僕の周りで死屍累々になるよ!?

「・・・まあ、そんなことは置いといて。本当に覚えがないの?あの委員長さん現在進行形で漆根君のこと睨んでるわよ」そう言われた僕は向こうに気付かれない程度に眼球のみを移動させる。

「・・・・・・っ!」目が合っちゃった!バッチリ睨まれてた!眼力だけで僕を殺しそうだ。

「まったく周囲の人はいい迷惑ね」

「・・・ごめんなさい」何も思い出せないけどとりあえず春日井さんに謝っておく。

「え?いい迷惑ってのは褒め言葉よ?ちゃんと『いい』って言ってるじゃない」

「学力の足りない僕でもそれが皮肉だってのはわかるよっ!」

「分かればいいのよ」

「分かればいいのっ!?」もう春日井さんが会話をどこに持っていこうとしているのかわからない。さっきから蛇行しまくっている気がする。でも蛇の道は蛇というから僕らみたいのがこの後を通るかもしれない。と思っていると、道が急に途切れた。

もちろん突然何かが起こって会話できる状態じゃなくなったと言う事ではない。委員長が僕らのほうへまっすぐ歩いてきたのだ。目つきは相変わらずであった。僕は「やられる!」と思って身構えた。

「1年4組ね。これを倉庫までお願いできるかしら。いいでしょ、当番制なの。今日は君たちの番」一瞬で笑顔が出来上がっている。さすがだ。

「・・・・・・」

僕だけでなく春日井さんも絶句していた。この人、もしかして先週僕らに押し付けたの忘れてる?天然なのか?狙っているのか?それともそのローテーションには僕たちしか組まれていないのか?それなら確かに僕らの番だけど。なんせ僕ら以外には番がないわけだし。

「あ、でも・・・ええと、春日井さんよね、お化け屋敷をやるにあたって2、3注意事項があるから残ってもらえる?」

ん?おかしくないか、それ。僕じゃなくて春日井さんに注意事項を伝えるのはまあ正しい判断だとして、その上僕らに荷物を運ばせるなんて。いや、違う違うこの場合は僕ら、じゃなくて僕、だ。・・・ってあれ?これって結局僕一人に荷物を持てって話だよな?ああ、やっぱり春日井さん素直に頷いていらっしゃる。多分腹の中では爆笑してんだろうなぁ。

「少し多いけど・・・友達でも呼べばすぐよね」

ひどっ、と僕は心の中だけで嘆いた。友達?何それおいしいの?というのが僕のキャッチコピーなのに・・・。

だいたいこの時間帯、みんな家に帰ってしまっているだろう。この委員長、天然なのか?策士なのか?くそう、笑顔と眼鏡でうまくカモフラージュしていらっしゃる。

「ああ、下校時間までにできなかったらもちろん罰則あるから」

策士だ絶対!僕は確信した。鍵を受け取り、備品説明に使った道具やらを眺めて2回に分けて運ぶことにした。何とかなりそうだ。時間も・・・ギリギリかな。委員長も春日井さんも絶対手伝ってくれなさそうだし。僕はそう思いながらとりあえず持てるだけの荷物を持つ。アクリル製の大きな箱に入っているので、持ちやすいのは助かった。ただ、ものすごく重い。アクリルが掌に食い込むし、肩が抜けそうだった。

委員長と春日井さんの話し声を背に受けつつ、僕は教室を後にする。そこでようやく思い出した。そうか、僕はやっぱり恨まれるようなことをしたらしい。忘れるなんかどうかしている。だから僕は『畜』なんだ。

―――あの眼鏡が素敵な委員長は僕の中学のひとつ上の先輩で、中学生の時に告白した人だった。



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