そこに込められているのは敬意じゃなく僕への刑罰だ! 2
昨日がかなり大変だったしわ寄せだろう、身体がいつもより重く、授業はいつもより長く感じられた。
ちなみに今日のさつきさんとの会話ノート。「つり革に手が届いた時ですかね。ああ、僕って大人になったんだなあって」とか「小学生の時に友達に騙されてイチゴは種をとって食べるものだと思ってました。そのことを家に帰ってつむぎに話したら馬鹿にされました」とかが書かれている。
学食は昨日の約束どおり及川におごってもらう。もちろん遠慮なんて微塵もない僕で、デザートまで頼んだのに及川は涼しい顔だった。男だ。これが僕との違いかな、とは思うが金銭的な差だけはどうしようもない。こいつは何気に金持ちなのだ。
実は毎日二つ作って持っていっていた弁当は今日はさつきさんの分1つだけで、彼女は1人で食べると言ってどこかに行ってしまった。普段は人が決して来ない校舎の影に隠れて2人で食べているのだが、流石に及川にさつきさんの分までおごらせることはできなかったので、僕は頭を下げるばかりだったが、さつきさんは「別にいい。代わりに駅前のシュークリームを二つ追加してくれればな」と大人だか子どもだかわかりにくい飲み込み方をしてくれた。ああ、そんな約束もあったな、と僕は財布を確認する。月末なので、多少寂しかったが、まあ、なんとかなるだろう。
放課後、僕は家に帰るでもなく、自分の席にぼーっと座っていた。いつもならただ無為に時間を過ごしているだけなんだろうけど、今回ばかりは違った。さつきさんが飼い猫のようにまだ帰ってこない。しかしそのうち戻ってくるだろうとふんで僕はこうして何をするわけでなく待っているのだ。おお、さつきさんと飼い猫というワードがやけに背徳的に当てはまる。さつきさんの前で言ったら即効で粉々にされそうだ。
・・・あれ、結局これって無為に時間を過ごしてるだけじゃないのか?クラスメイトのほとんどは部活に出かけ、僕のような帰宅部や今日部活が無い人たちはさっさと家に帰って趣味や勉強に勤しむか友達と集まって和気藹々と話しているというのに。
まあ、いいか。どうせ僕には趣味がないし、勉強なんてしたくもないし、友達は・・・やめとこう。悲しくなるから。
そんな感じに、勝手に1人でブルーになっていたところに、春日井さんが近づいてきた。相変わらずの無表情で何を考えているか分からない。だからこそ怖いのだ。だって、あの無表情の下にはタバスコやらを平気で仕掛ける悪魔の表情が宿っているんだから。あの後、僕は家に常備してあるタバスコを決して見つからないところに隠した。しばらくは見たくない。食卓に出てきたら机をひっくり返すだろう。
「さあ、漆根君、早く行くわよ」相変わらず平坦な声色だった。
「?」首を傾げる僕に対して春日井さんは隣のクラスまで聞こえるんじゃないかというほど大きな溜息をついた。僕というちっぽけな存在など吹き飛ばされてしまいそうだった。あるいは彼女なら、溜息をついたことで逃げていく幸せと入れ替わりでやってくる不幸さえも吹き飛ばせるのかもしれない。
「まったく、キングコブラ並みの脳ミソね」
「無駄に格好いいー!でもしっかり馬鹿にされてる!?君は毒舌の天才か!?」1つのボケに対して3つのつっこみを入れないと割に合わない。サバイバルでは間違いなく僕のほうが先に倒れるだろう。何のサバイバルかわからないが。
「声が大きいわ。知り合いだと思われたら大変じゃない」
「クラスメイトであることを否定されたっ!」
「早く行くわよ、漆根君。漆根、耕太君」僕の名前を再確認するように呼んだ春日井さん。もしかしたら本当に存在を忘れられていたのかもしれない。
「・・・しね、耕太君」
「意図的トーン調整!?」
いや、これはきっと僕が「うる」を聞き取れなかっただけだ。まったく、春日井さんを疑うなんて僕は一体何をやっているんだ。
「・・・消えろ、耕太君」
「ただの願望になっちゃった!!」
僕のつっこみを無視して、春日井さんは教室を出て行った。突っ込みがいのない人だった。僕は慌てて荷物をまとめ、立ち上がったところで思い出した。申し訳ないがさつきさんを待つことはできない。まあ、彼女は彼女で僕がいないとわかったら家に帰るだろう。いや、案外もう家に帰っているかもしれない。とにかく、僕は急ぎ足で春日井さんの後を追う。
今日は文化祭委員の出し物発表があるんだった。