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僕をおもいっきり罵倒してくれ。・・・さあ、さあ! 4

「おや、遅かったな」

閉めた。

ドアに体重を預け、頭を押さえた。おいおい。僕はついに幻覚まで見え、幻聴まで聞こえるようになったらしい。どこかの国で脳移植プロジェクトでもやっていないだろうか。僕という存在を消して、不釣合いに健康的なこの体を誰かが活用してくれないだろうか。僕は頭を振って、再びドアを開けた。

「ノーリアクションでドアを閉めるとはなかなかの腕をしているな。私の予想以上だ」

閉めた。

「どうしたの、耕兄」

「うわあっ!」

背後からの声に本気で驚く僕。それに対して本気でおびえているつむぎ。しかし、それを払拭するためにではなく、僕は笑った。生まれて初めて笑った気さえする。

・・・いや、そんなはずはないんだけど。

「なあ、つむぎ。人生は素晴らしいな。人生ってのは実に素晴らしい」

つむぎの顔は引きつっている。僕は構わず片膝をつき、胸の前で手を組んで顔を上げた。

「ああ、神よ。天におわしめす大いなる神よ。ここに私を生かしてくださることを感謝いたします」

「いやあっ!」ついにつむぎは悲鳴をあげて自分の部屋に逃げていった。僕はそんなことはまったく気にせずその後30秒ほど偉大なる神様へ祈りの言葉を綴り、ようやく部屋の中に入った。

「2度目はくどいぞ。いや、2度目だから、というのもあるのか。しかし3度目まで来ると流石にだめなのだろうか。いやはや、現代の笑いと言うのは奥が深い」

現代の笑いについて真剣に考えているのは

―――そう、苅谷さつきさんだった。

僕は後ろ手でドアを閉める。聞きたいことは山ほどある。しかし、何よりも先に聞かなければならないことがそこにはあった。

「・・・どうして僕のポテチを食べているんですか?」

僕の迫力のこもった目に、彼女は少し申し訳無さそうに「これか?」とポテチの袋をつまんだ。

「それを言うのならば女性を待たせる君もどうかと思うぞ。まったく、こんな時間までどこをほっつき歩いてたんだか」

・・・待たせた覚えはないし、まだ8時も回ってない。今どき幼稚園児だってテンションをあげてテレビに注目している時間だ。やつらはなにげにバラエティを好むのだ。

「むっ、そうか。これは失言だったな」

「ちょっとそこから降りてここに正座してもらっていいですか?」ちなみに彼女は僕のベッドの上でポテチを食べていた。後でベランダに行って布団を払わなければならないだろう。僕が部屋のカーペットの上に座ると、彼女はしぶしぶ僕に従って対面した。ベッドは彼女の形にちゃんと沈んでいる。生きている僕が寝るときと同じように。

「・・・どうしてここへ?」僕は昂ぶる感情を可能な限り隠しながら尋ねる。もしもの時の為に最低限のイニシアチブはとっておかなければ。もしもの時というのがどういう状態なのかわからないけど。

「その前に1つ、私は君に文句を言わなければならないな」彼女は背中に鉄の棒でも入ってそうなしゃんとした姿勢で、鋭い視線を僕に向けた。

「君は私に嘘をついた。改名せずとも君の名前は『漆根耕太』ではないか。私を騙すとはいったいどういうつもりだ!」

「・・・・・・」

あなたこそその天然っぷりはどういうつもりだ。萌えてしまうじゃないか、ちくしょう。

「君から逃げてきてしばらくぶらぶらしていたら漆根の表札を見つけて、こうして忍び込んでいたのだ」

「・・・・・・」

赤の他人だったらどうするつもりだったのだろうか。あ、すいません、間違いました、とはいかないだろう。いや、幽霊だから構わないのか。

―――あるいは、構われない、か。

「・・・どうやって入ったんですか?」返答によっては漆根家のセキュリティを見直さなければならない。

「玄関から。居間から出てきた少女は妹かな?かわいらしいではないか。ドアが開いたが誰も入ってこないので怪訝な顔をしていたが」

マジかよ。というか僕が帰ってきたときに様子を見に来たのはそれが原因か。1度目はいいが、2度目はくどい、ではないだろう。一度目だけで十分不気味だ。まったく、なんてことをしてくれたんだ。お陰で僕は妹におびえられたじゃないか。いや、そこは彼女のせいじゃないんだけど。完全無欠に僕のせいなんだけど。

「もういいか、正座はいやなんだ。足が痛い」彼女は足を崩し、ベッドに背を預けた。

足が痛い、か。本当に、幽霊らしからぬことを言う。命とはなんぞやと疑問に思うくらいに。

僕は立ち上がり、窓から外の世界を眺める。ちらと窓ガラスに映るベッドを見た。そこにはちゃんと彼女の姿がある。ベッドも人の形に凹んでいる。僕は窓ガラスに数回頭を打ち付け、カーテンを閉めた。

「・・・透明人間とかじゃないんですか?」

「それだったら君にも見えないだろう?」彼女はぐっと無防備に伸びをしてどうでもよさげに答える。

「それって幽霊でも同じなんじゃ・・・」

「ん?それもそうだな。しかし私もこんなのは初めての経験だからな。体よい話をすれば、霊感とかじゃないのか?」

「・・・・・・」

そうなのだろうか。彼女の発言ではないが、僕だってこんなの初めての経験だ。生まれてこのかた幽霊なんて見たことない。そもそも幽霊なんて信じていなかった。テレビの番組を見て、良くこんな怖いこと創作する人がいるなあ、と感心していたほどだ。

それでもこうして実際に見てしまえば信じないわけにはいかないだろう。

「そうそう、ひとつ提案がある」彼女は再度ベッドを沈ませながら言った。

「放浪するのも些か飽きた。次に飽きるまで私はここにいる事にするよ」

空気が、止まった気がした。

「ん?どうかしたか」

「・・・・・・は」

「歯?」

「はああああああ!?」

絶叫。生憎と僕の部屋は防音仕様ではない。隣の部屋でつむぎが驚いたのだろう、椅子から転げ落ちるような物音がした。しかし、今の僕にそんなことを気にかける余裕はない。気にかけている暇も、その必要もない。そんなのは今の発言に比べれば本当にどうでもいい、些細なことだ。

「・・・そんな顔するな、いいではないか」

言葉にならない歓声を上げる僕。いったい隣の部屋でつむぎはどんなことを思っているのだろうか。僕を精神科に入れようと親に提案をする準備を進めているのかも。それどころか今既に病院に電話しているかもしれない。・・・やりそうだ。

「うんうん。それでこそ、だな。君なら二つ返事で了承してくれると信じていた」

彼女はニッコリと笑う。その笑顔は魅力的で大人っぽく、儚そうで美しい。

「・・・それで」

一転、彼女は深刻そうな、極めて深刻そうな顔をした。僕も自然真面目な顔になってしまった。何か、彼女の体質に関する深刻なことだろうか。例えば僕が負わなければならない義務だとか。

「・・・このダブルクランキーというのを食べてもいいだろうか」懇願するような上目遣いの前では僕の抵抗力は儚く塵芥となった。

「さっきも思ったんですけど」僕の了承を待たず、おいしそうにお菓子をほおばる彼女を見ながら僕は疑問を口にする。

「幽霊って食べるんですね」

「エネルギーを得ずにどうやって活動するんだ?」

「・・・・・・」

そうだけど。そうなんだけどっ!

・・・なんか拍子抜けだ。


ともかくも、僕は見てはいけなかったこの人と、一緒に生活する事になった。




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