そこに込められているのは敬意じゃなく僕への刑罰だ! 1
次の日―――月曜日だ。僕はいつも通り携帯のアラームで起き、目覚まし時計が鳴った瞬間に止め、不機嫌なさつきさんの猛攻を何とかかわし、1階に降りて顔を洗おうと洗面所に向かった。
「・・・オハヨ」つむぎがいつもどおりの仏頂面で鏡を見て髪を梳かしながら言った。
「おはよう」つむぎが少し空けたスペースに割って入って、顔を洗ってうがいをする。
「・・・シュウ君のこと、許してあげることにした」
「そっか」僕は短く答える。
「シュウ君が耕兄にお礼言っといてってさ」
「なんで?」僕は鏡越しでない生のつむぎを見る。彼女は朝は低血圧なので、目が眠たげだった。
「なんでって・・・。まあ、いいや」つむぎは櫛を置いて出て行ってしまった。僕は首を捻る。おかしいな、シュウ君との会話には場を和ますギャグも一切入れてないわけだし。
「それはあれだろう、つむぎを説得してくれたことに対する礼だ」僕の後ろについてきて、機嫌の治ったさつきさんが言った。
「それこそ僕は何もしていませんよ。問題はつむぎとシュウ君2人のもので、そこに僕が関与する隙はありませんでしたし」
僕はただ背中を押しただけだ。そんなことは誰にでもできる事で、そんなことで礼を言われてたらあれだろうか、教室でプリントが前から回ってくるたびに前の席の人に礼を言わなくちゃならないのだろうか。
「君は本当に・・・いや、何も言うまい」さつきさんは行ってしまった。
「?」さつきさんの後を追って、僕も洗面所を後にする。ヘリに躓いて、転んだ。少しだけ腫れが引いた顔を床にぶつけて悶絶する。
・・・・・・僕には学習機能がついていないのか?
「・・・なんと言うか、昨日あれだけ刺激的なことがあると、平凡な日常というのが至極つまらなく思えてくるな」
通学中。さつきさんは突然そんなことを言い出した。
「そんなこと言ったら罰が当たりますよ、さつきさん。この平和を手に入れるために人間は醜い争いを繰り返してきたんですから」
「正直隕石でも落ちれば良いと思う・・・君に」
「百億分の一っ!?」もはやそこまで来ればとんだ幸運だ。奇跡の人だ!
「・・・最高に笑えるのに」
「僕が笑えねぇ!」
ああ、もう、この人は。本当に面白いなあ。
「頭に小さな隕石が刺さったのに奇跡的に生きていて隕石の力で人間ならざる力を手に入れて、その力で後に落ちてくる大隕石を食い止めろというんですか!?」
「なぜ全28巻の漫画の最終巻に掲載されている読みきりを引き合いに出したのだっ!?」
いや、つい・・・。昔スタンディングリードしていた時の遺産というやつだ。
「ていうか僕にはたとえ超人的な力を手に入れても地球の危機を未然に防ぐことは出来ないでしょうね。ほら、僕って草食系男子じゃないですか?」
「ん?草食?君が?いやいや、違うだろう」さつきさんはあっさりと僕を否定してみせる。ま、まさか、及川に加えてさつきさんまでも僕を女食系男子とかいう気か?だとしたら僕は終わりだ。
「君は生殖系男子だ」
「学校で呼ばれたら一発で自殺したくなる表現だ!」
棘のある言葉というのは確かにあるが、ミサイルが補填された言葉というのに僕は始めて行き会った。
「星食系男子のほうがお好みか?」
「スケールでかっ!」どんな男子だよ。そんなやつ同じクラスにいたら引くわ。・・・ああ、だから僕は引かれているのか。納得。
昇降口で靴を上履きに履き替える。中身の確認を忘れない。一回だけ、あれが入っていたことがある。
「あれ?・・・ま、まさか、画鋲のことか!?そんな悲劇的ないじめが現代にも残っていたのか!?」
「現代はいじめの宝庫ですよ。それに画鋲なんて古いものじゃありませんでした。ハリセンボンでした・・・」
「近藤春菜か?」
「ちげえよ!?」
箕輪はるかでもないよ!そんなもんいたら素で怖いわっ。あっ、どうも、いつもテレビで拝見しています、ってなるわっ!
「・・・まさに身体を張ったいじめだな」
「自分の身体を張れよっ!」
・・・さつきさんって結構テレビ見てるんだな、とか思ったり思わなかったり。・・・いや、思うんだけど。
教室に入る。結構朝早くに来たのでまだ誰もいない。ここは僕とさつきさんだけの空間だ、なんて調子に乗ってみる。
あれ?机の配置がいつもと違う気がする。僕は自分の席の前で立ち止まった。
「なんだ?椅子がなくなって代わりに机二つになってたのか?そんなときは言ってやれ!『机がもう一個足りねえだろうが』とな」
もう一個机が会ったときの組み合わせを考えてみる。机の上に立って2段重ねた机で勉強している僕のイメージが浮かんできた。
「・・・目立ちますね」クラスメイト大迷惑である。まだ一番後ろの席だから救いようがあるが、僕の前の席の人は常に落下に気をつけなくてはならない。
あ、及川だ。じゃあ大丈夫だ。
「じゃなくて、隣の机が離れてないんですよ」僕は左隣の席を指差す。その席はいつも全教科の教科書を忘れて隣に見せてもらってるんじゃないかと思うくらい離されていて、もはや向こうは対岸、と言っていいくらいの広い空間があった。もちろん女子であるのだが、今はその席と僕の席との間隔が右隣と同じくらい(こちらは男子、別に普通だ)しかない。先生も何も触れない辺り、自分がそういう目で見られてるんだなあ、って思わされているものだ。
最後にこの教室を使ったのは土曜日だから掃除は無かった。そもそも当番がその配置にオートでするので掃除はほぼ関係ないのだが。では誰かが直したか。・・・いや、それも違う。授業が終わったあと、その生徒は春日井さんと一緒に教室に残っていた。僕は先に出たから断定は出来ないけど、生徒のいたずらじゃない限り直す人はいない。そして、いたずらの可能性も低いだろう。この机の配置、はっきり言っていたずらじゃすまない。流石に高校生にもなってそんな鬼畜じみたことをする人はいない。
「・・・たかだか机が通常の配置になっていただけでこんなに熟考できるなんて、君は真正の暇人だな」さつきさんは言う。とても悲しそうな顔で。
「そんなかわいそうなものを見る目で見ないで下さい・・・」ぜひとも別の機会にとっておいて欲しい表情だった。そして僕が更なる推理を展開しようとした時、背後から声が聞こえてきた。
「朝から教室が騒がしいから誰か来てるかと思ったら、誰もいなかったわね。・・・漆根君がいたけど」
春日井さんが降臨した。月曜日の朝早くだというのにその表情は眠気など微塵も見せない無表情。朝は別に低血圧でもないのか、それとも常に低血圧なのか。そして僕を「誰」に入れてくれない冷徹さ。髪の毛から爪先まで春日井さんだった。
「・・・あれ?勝手に机動かしたの?あーあ、これはいじめね」
「断じて僕じゃない!犯人は別にいる」あ、いじめってことは認めちゃった。僕って今もしかして日本で一番かわいそうな高校生なんじゃないか?
わーい、日本一だ・・・・・・なんて、絶対思わないけど。
「知ってるわ」と、春日井さんの毒舌の嵐の到来に身構えていた僕に降りそそいだのは乾いた陽光だった。
「?」僕は首をかしげる。
「それをやった人を知っているもの」春日井さんは自分の机の横に荷物をかけて、筆箱を取り出す。どうやら一勉強始めるらしい。その言葉の真意がわからずたずねようとした僕だったが、「黙って」の一言で戦闘能力が皆無になったので、教室から退散せざるを得なかった。