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生意気、耕兄の分際で

「ただいま」

家の中は暗かった。鍵は開いていたものの、電気はどこにもついていない。どうやら父さんと母さんはいないようだ。じゃあこの薄暗い家にはつむぎが1人でいるんだよな。僕はとりあえず荷物を置いてからつむぎの部屋に行こうと、自分の部屋のドアを開けた。

「・・・・・・・・・・・・おかえり」

「・・・・・・・・・・・・ただいま」

・・・・・・・・・・・・つむぎがいた。薄暗い部屋で特に何をするというわけでもなく、カーペットに正座していた。眼光が異常に鋭い。だって真っ暗な部屋のはずなのに光ってるもの。ホラームービーみたいだ。おかしいな、今日見たのはアクションムービーのはずなのに。

「えっと・・・父さんと母さんは?」僕はとりあえず軽いジャブから入る。

「・・・同窓会。置手紙があった」

「・・・あ、そう」うわあ、気まずい!最悪の事態が起こっちゃったよ。何で図ったように同窓会があるんだよ!・・・ってそれは前々から計画されていたんだろうけど。

図られたのは僕の運命の方だ。

部屋は暗くて、もう夜と言って十分な時間だった。僕は電気をつける。

うわあ、すげえ。電気をつけたのに闇のようにつむぎの表情が暗い。シュウ君といいつむぎといい2人揃ってやばい表情を僕に向けるな。中2ってもっと馬鹿みたいなテンションじゃないのか!?

「・・・座って」つむぎはほとんど唇を動かさない。天井から声がしたかと思った。つむぎには腹話術師の才能があるのかもしれない。

「・・・の前に、ちょっとトイレ行って来てもいい?」

「・・・・・・」無言のつむぎ。それを了承と受け取って、僕はそそくさと部屋を出た。トイレの方向に向かうが中には入らない。

「・・・さつきさん」

案の定、さつきさんはわくわくした子どもっぽい表情をしていた。思わず見とれてしまったが、目的を忘れてはいけない。

「しばらくの間、ミミズを呑んでもらっても良いですか?」僕は尋ねる。さつきさんは無言になった。しばらく考え、口を開いた。

「・・・ふむ、いいだろう。ミミズを呑みつつ、固唾を呑んで見ていてやる」

「無駄に上手い!」まさか、ミミズのくだりはこの伏線だったのか!?あなたは神か!

「神?ああ、この前道路で交通整理やっていたな」

「不届きだ!」・・・ともかくも、僕はつむぎと向き合わなければならない。普段は無愛想なつむぎだが、今は表情が無い。これは大きな違いだった。その違いが僕には耐えられない。

僕はドアの前で大きく息を吸って、ドアを開けた。つむぎはさっきとまったく同じ格好で座っていた。巻き戻しでもしたのかと思った。僕はその正面に何となく正座で座る。二人とも正座だったので、今から百人一首かなにかの勝負をするみたいな格好になってしまったが。

「・・・説明して。何であのタイミングであそこにいたの」

相変わらずの殺気。こいつの前世は間違いなく武士だ。

「その前に、1つ。僕の友達に渡仲いずむって言う奴がいるんだけどこれって『トナカイずむ』、『トナカイ、済む』って感じでクリスマスにおいてサンタがそりを引くトナカイを解雇して、飛行機とか自家用車でプレゼント配る、見たいな感じになって、幻想をぶち壊そうとしてると思わないか?」

「耕兄に友達なんかいないでしょ」

ばっさりだった。

出会い頭にばっさり一刀両断だった。こいつの前世は武士というより人斬りか通り魔だ。

「・・・悪かったよ」僕は頭を下げる。正座のままなので妹に向かって土下座しているみたいになってしまった。

「どうして」さっきからつむぎに対しては描写がいらないほど表情が変わらないし、声の調子も変わっていない。氷河に覆われていた。今のつむぎを北極辺りに連れて行ったら、案外それだけで北極の氷の消失を食い止められるかもしれない。シロクマに神と崇めたたえられることになるだろう。

「心配だったってのが一番かな。いや、違うな。僕もさっきまで気づかなかったけど嫉妬が多分一番だ」

一番と二番で、心配が三番。暇だったのが四番と五番かな。と茶化す僕。もちろんつむぎの前ではすべてが凍結、床に落ちて粉々になった。

頑張れ、僕。これ以上空気を悪くするな。

「シュウ君は良いやつだね。なかなかいないと思うよ。つむぎに謝りたいって僕が帰ってくるまでずっと家の前にいたんだから」

「・・・・・・」つむぎは何も言わない。その無表情からは何も読み取れなかった。

「本当にごめん。邪魔するつもりは無かったんだ。実際あの時も帰ろうとしてたんだよ。ただ、さ・・・」

つむぎはようやく唇以外の身体の部位を動かして僕を見た。ようするに僕の頬を見るために顔を上げた。

「・・・なんで助かったの」

「ちょうど及川がいたんだよ」まったく、あれはかなりの幸運だった。じゃなければ僕は今頃ボコボコだろう。店員さんの制止が入る前に僕の生死が左右されていたかもしれない。頭を強打すれば命が静止する事もありえる。

「・・・あたしってさ、男運ないのかなぁ」つむぎの声に、初めて感情が宿った。そして読点も返ってきた。その声は小さな肩と一緒に震えていて、弱々しくて、儚げだった。

「それは・・・」

つむぎの目からボロボロと涙が落ちる。膝の上で握り締めていた拳に落ちた。

「・・・それは、本気で言っているのか?」自然と僕のこぶしにも力が入る。

「え?」つむぎは顔を上げる。涙に濡れたまつげが光った。

「それはだめだ。お前はそんなことを言っちゃいけない。男運がない?シュウ君はあんなにお前のことを思ってるのに?」自然、僕は詰問をする口調になる。

だってそうだろう?ふざけるな。こいつは何を言っているんだ!

「だって、あたしがピンチだったのに、助けてくれなかったんだよ?助けてくれたのは耕兄だったじゃない!」

「違う。違うんだよ、つむぎ。仮にシュウ君があいつらに立ちはだかったとして、それでどうなる?お前はシュウ君がアメコミのスーパーヒーローで瞬く間にあいつらを倒せるとでも思ってるのか?あの時シュウ君がすべきだったのはお前を危険から遠ざけることで、お前にかっこいいところを見せることじゃないんだぞ!」

人は、そんなに強くない。守ろうと思っても、守れるのは手の届く範囲だけだ。せいぜい人一人抱えられるくらいのちっぽけな存在だ。だから、精一杯手を伸ばして、手をとって、それを引くことの何が悪い。大事なものだけを守ろうとして何が悪い。

僕は、ただ愚かなだけだ。策も無く飛び出して、意味もなく殴られただけだ。一体その行動がなんだというんだ。目的を達成できないなら、立ち向かうことに意味なんてないのに・・・。

「シュウ君は正しいことをしたんだよ。正しかったからこそお前は怪我をする事なく帰って来れたんだよ。それなのにお前はそんなことを言ってはいけない。男運が悪い?それは冒涜だ。ヒーローになれないすべての人に対する冒涜だ!」

あの場でヒーローになれるのはせいぜい及川くらいのもんだ。だとしたらつむぎは及川以外の男はお断りとでも言うつもりだろうか。そんなもん願い下げだ。あんなやつに妹をやれるか!

「あたしが言いたいのは、そういう事じゃなくて・・・。ああ、もう!何でわかってくんないのよ!」つむぎは声を張り上げて立ち上がろうとした。

「ひゃん!」次の瞬間、尻餅をついた。どうやら正座のし過ぎで足が痺れてしまったらしい。それにしても随分可愛らしい声をあげる。実の妹じゃなかったら萌えてるところだ。実の妹なので、その足をつつく。

「あっ、ちょっと、やめ・・・やめてよ!」

蹴られた。しかも腫れてる頬を。悶絶する僕。完全無欠、完膚なきまでの自業自得だった。

「ねぇ、耕兄、あたしどうすれば良いのかな?」つむぎは袖で涙を拭って、伸ばした両足をさすりながら僕を見た。

「さあね、それはおまえ自身が考えることだ」僕は立ち上がってつむぎに近づく。今度は足をつつくのではなく、つむぎの頭に手を置いた。つむぎからの抵抗はない。

「これからいっぱいケンカして、いっぱい話をして、たくさんのことを知って、そんでその代わりにたくさんの事を知ってもらえよ。シュウ君はそれをちゃんと受け止めてくれる男だよ」

シュウ君みたいになれたら、僕もまだマシな人間だったろうな、などと、2歳年下の少年に嫉妬する僕。・・・ださい。

「生意気、耕兄のくせに」

「おいおい、くせに、は言いすぎだろう」

「生意気、耕兄の分際で」

「何でそれ以上いっちゃうんだよ!」ブレーキとアクセルを踏み間違えたのか?チキンレースぶっちぎりの優勝か!?

「うん、分かった・・・電話してみる」おぼつかない足取りでつむぎは立ち上がった。ちょっと生まれたての小鹿みたいだった。

やれやれ。まったく手間のかかる妹だ、などと、常に迷惑を掛けている兄は思った。

「ああ、そういえば、耕兄」つむぎはドアノブに手をかけたまま言った。

「ええっと、その・・・助けてくれて、アリガト!」

「ト」が聞こえる前にドアが勢いよく閉じられた。僕はカーペットに仰向けに倒れて天井を見た。蛍光灯が眩しい。眩しいけれど見ていたかった。その明るさは僕には決して届かない選ばれた者たちに似ていた。

「・・・耕太、洗面器はないか?」

「・・・・・・・・・ぶち壊しですよ」

僕は身体を起こした。さつきさんはベッドに腰掛ける。

「ふふふ、そう怒るな、冗談だ。そうだな、今日の耕太はなかなかカッコよかった。私がカメレオンだったら恋していたかもな」

「僕は爬虫類に好かれたくない!」カメレオンだったらって。どんな前提だそれは。

「ふむ、そうだな、腹が減ったな」

「洗面器が欲しいっていってたのに・・・」ジト目でさつきさんを見る僕に対して、だから冗談だとさつきさんは肩をすくめて笑った。

「今日はピザでも取りましょう。なんだかとっても疲れました」

僕は再び仰向けに倒れる。蛍光灯は眩しくて選ばれた者たちに似ている。それでもそれは立ち上がって手を伸ばせば触れることができる高さだ。僕は少しだけ笑みを漏らした。たまにはこんなふうに満足感とともに一日が終わるのも悪くない。


―――こうして、長い長い一日は僕の頬以外の全ての輪が円満に閉じて、ようやく幕を下ろしたのだった。





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