僕は中世の騎士か!?
夕焼けが眩しい。明日はきっと晴れるだろう。僕はその輝きに背を向けて足を進める。だがしかし、僕の心中は空に反して次第に暗くなっていく。
「あーあ、どうしようかな。尾行してたのばれちゃったし。帰ったらまた僕の部屋に包丁持って立ってるかもな」
十分にありうる。昨日の一件がシュウ君関連で納まったのだから、露見した以上、その刃で僕を切り裂くことに躊躇しないだろう。
あ、でも大丈夫だ。今日はちゃんと両親ともにいるはずだ。流石に奔放な両親でも2週連続で旅行に出かけはしないだろう。朝はいたし。・・・改めて考えると漆根家は奔放一家だ。ちゃんとしているのはつむぎだけかもしれない。じゃあ僕がこんなふらふらしているのもちゃんと遺伝なのかもしれなかった。
「・・・つまらんな。実につまらん」悩みを振り切った僕とは対照的に、さつきさんは憂鬱げな表情だった。心なし苛立っているようにも見える。
「あの、すいません。なんか無視するみたいなことしちゃって」さつきさんが怒っているとすればそれだろう。自分がおざなりにされるのを何よりも嫌うわがままなお姫様のような人だから。
「いや・・・そんなことはどうでもいい。実にどうでもいいな。明日の朝耕太が起きたら蝿に変わっているくらいどうでもいいことだ」
「カフカ!?」
あんな傑作の小説を「どうでもいい」とか言うな!
「それは言葉の綾だ。だが、そうと言えるほどに比べるべくもないことだ」
「?」じゃあなんだ?他には何もないはずだ。さつきさんの制止を振り切ってつむぎを助けに行ってしまったことか?しかしあれは他にどうしろというのだろう。
「それも違う。私がつまらんというのはな、耕太。君がクレーンゲームで成功してしまったことだ」
「なんでですか。別に文句はないでしょう」
「耕太と成功という言葉が1つの文の中で一緒に使われて良いものか!」
「僕は生まれながらの敗北者なんですか!?」
「ギリギリで落とすとかぬいぐるみが引っかかって落ちてこないとか、笑いどころはいくらでもあったろう!」
「僕はそこまで笑いに忠実になれませんよ!」及川に忠実でさつきさんに忠実で笑いにも忠実って、なんだその浮気性!僕は中世の騎士か!?
「カッコよく例えるな!確かに中世の騎士は複数の貴族と契約していたが、君は確実に農民って言うか浪人だろう」
「まあ、何というか及川がいましたからね」あいつはなぜか知らないけど彼女の前では決して恥をかかないというスキルがあるのだ。多分僕一人だったらさつきさんが言ったような「面白いこと」になってたかもしれないけど。
「しかし耕太はあの少年に対してだけは強く出るのだな。見た目は番長とそのパシリという感じだが、そういうわけでも無さそうだ」
「うわっ、ひどい例えですね」ひどいが、よく言われる。一緒に街を歩いてただけで警官に声をかけられたこともあるほどだ。あれ以来、あんまり及川と街を歩かないことにしている。及川は気にしないが、僕がショックだ。
「中学時代にいろいろあったんですよ」などと、伏線を張ってみても、これが回収されることはきっとないだろう。それは及川のプライバシーの問題だから僕が語るべきではない。ただ少しだけ、日常とは違った事件が起こっただけだ。
「そうか、別に興味はないけどな」
さつきさんは前を向いて、足を進めた。
「あ、いえ、さつきさん、駅はこっちです」
・・・あんなに大きな建物なのに。
「わ、わかっているに決まってるではないかっ!こ、これはあれだ、君を試したのだ!」
うわぁ、顔真っ赤。超かわいい。
一体僕の何が試されたというのだろうか。僕がちゃんと駅の方向を指差せるかどうかか?それに試しただけなら何で怒っているんだろう。
・・・ちなみに、さっきから僕は周りから見れば1人で喋って突っ込んでボケてを繰り返している訳なので、通行人にちらちら見られている。
でもまあいいや。諦めてる。
電車に揺られながら、夕日の沈んでいく暗い海を見た。あそこから沈んだ太陽は明日はきれいになって反対側から帰ってくるのだろう。そう考えられるからこそ、人は明日に希望を持って生きられる・・・なんて、ちょっとたそがれてみたかった。
「黄昏時だからか?つまらん」
「・・・そんなつもりじゃないですよ」流石に電車内なので声のトーンは落とすが、あまり人もいないから大丈夫だろう。日曜日だから遊んで帰るにしてももう少し遅くなってからだろう。
「そういえば、シュウ君はどうなのだ?お前としては合格か?」
さつきさんと僕は並んで座っている。僕たちはギリギリ触れないくらいを保っていた。僕とさつきさんは仲がいいが、決してくっついてはいけない。さつきさんには待ち人がいる。いや、待たせ人か。だからこれくらいの距離がちょうどいいのかもしれない。さつきさんは長い足を組みなおして僕を見た。
「もう、どうでも良くなりました。つむぎが良いと思うなら良いだろうし。・・・嫉妬しているなんて思われるのも心外ですしね」
「死ねって言ったな!」
「言ってねえ!」正面に座って本を読んでいた大学生っぽいお姉さんが僕を見て、すぐ目をそらした。
ていうかなんだその変換ミス。あんたは古いワープロか?しかも「死ね」って言う言葉を使い過ぎてるだろ、そのワープロ。変換の優先順位が上がってる・・・。
「ああ、必ず『売る死ね』になる」
「・・・・・・」確かにショックだけど、それ以上にさつきさんが「うるしね」とタイプしてくれたことが何よりも嬉しい。
「・・・とにかく、特に干渉するつもりはありません。幸いショッカーに改造されてはいないみたいですし」
「ショッカー?」さつきさんは首をかしげた。
「いえ、なんでもありません」しかしあれも考えてみれば壮大な話だよな。改造されたのに意識を残していてその組織を殲滅するために一人立ち向かうなんて。力を正しく使う、なんていったいどれだけの人ができるだろうか。少なくとも僕には無理だ。・・・そもそも力が無いから。