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昨日ご飯にかけて食べましたよ

「ふむ。なかなか賑わいのある街だな。なるほど、確かにこんなに人がいれば愛を叫ぶのも大変そうだ。映画になるのも頷けるというもの」

「いや、べつにここは世界の中心じゃないですけどね」人体で言ったらせいぜい踝くらいか。それを言うなら僕の町は足の指先の産毛くらいなんだろうけど。

「ていうかさつきさんいろいろなところをぶらぶらしてたのならもっと人の多いところにも言ったことあるでしょう?」

「いや。ぶらぶらといってもせいぜい自分の部屋とトイレの距離くらいだ」

「不健康だっ!」動くのが面倒だからって一日中ゴロゴロしてテレビばっかり見ているおじいちゃんか!?

「それに、いかに人がたくさんいたとしてもきちんと向き合って話さない限り、会っているとは言えないだろう」正論だった。現代都市のコミュニティーの問題点。だが今はどうでもいいような気がした。くるぶしじゃあどんなに頑張っても都市にはなれない。せいぜい膝までは駆け上がらないと・・・って意味がわからなくなってきたな、このたとえ。

「ところで耕太。2人はどこへ向かうと踏んでいるのだ?」2人との距離は20メートルほど。人が多いのでともすれば見失ってしまいそうだが、さつきさんの視力はめちゃくちゃいいらしいので、きっと大丈夫だろう。それよりも僕の傍に人が通るたびに避けなければならないので、それが大変そうだった。

「映画館でしょうね、きっと」僕の町にはない。ていうかこの辺だとこの街にしかない。正面にいる2人は話しながら歩いている。多分だが、シュウ君は会話が途切れないように気を遣っているのだろう。なかなか心得ている。

「さっきから偉そうだな。身の程を知れっ!」

「ミノホド?何言ってるんですか、知ってるに決まってるじゃないですか!昨日ご飯にかけて食べましたよ」

「ぷっ、・・・く、くそう。笑ってしまったではないか!」笑ったのに怒鳴ったさつきさんだった。僕もおかしくなって笑ってしまった。その瞬間、さっと人垣が割れる。僕ははっとして俯きながら小走りになった。

2人は大型の映画館でチケットを買って中に入っていった。内容はアクションもの。確かに初デートでラブロマンス物は重いだろう。

「まあ、僕はラブロマンスものが好きなんですけどね。・・・アクションはちょっと」無愛想なお姉さんからチケットを買い、真ん中らへんに座ったつむぎたちが見えるがばれない少し上の辺りに腰を下ろして僕は言った。すると、今度こそさつきさんは全力で噴き出してくださった。

「こ、耕太が、恋愛もの!?あ、ありえない」最後のほうは咳き込む始末。苦しそうに胸を押さえていた。

「いいじゃないですか、あれもあれで恋愛の疑似体験ってやつですよ」

「ああ、そうだった。君はかわいそうなやつだったんだな。今の私には雨に打たれる子猫がいささか幸せに思えるぞ」

「ひどい!」ああ、何でだろう。目頭が熱くなってきた。アクション映画で、しかもまだ序盤なのに・・・。

「いやいやいやいや、ありえないだろう。瓶底眼鏡の学級委員が『ズバリ!』とか言うくらいありえない」

「さくら○もこ大先生に謝れ!」幸いにして、この映画の音量は大きい。僕のつっこみをかき消すとはなかなかの猛者だ。

映画はそろそろ中盤に差し掛かり、主人公がライバルにやられる場面だ。きっとこれからパワーアップして最後に勝つんだろう。

「僕ってあんまりアクションもの好きじゃないんですよね」

「ん?貧弱だからか?だからこそ好き、というのもありだと思うが」

「いや、まあそれはそれで否定できないんですけど・・・」

人が殴られたり人を殴ったりするのを見るのは苦手だ。アクション映画ではそれが正当化されてしまう。でも、ただ1回拳で殴るだけでその頬は治るまで時間がかかる。そして悪役は最後死ぬか重傷を負って終わる。それで終わってしまうのだ。本当に苦しい人生そのものの体現はその後に在る筈なのに―――

「まあ、見なきゃいいって言うだけの話なんですけどね」

「そこだ!殴れ!やれ!」

「・・・・・・」僕の独白などまったく耳に入れないさつきさん。でも、スクリーンの光で目を輝かせて叫ぶ姿が一番さつきさんらしいと僕は思った。

「ん?なんか言ったか?」スクリーンには主人公がやられるシーンが映っていた。・・・もしかしてさつきさんは敵を応援していたのか?

「当たり前ではないか!スポーツでは選手だけではなくサポーターも戦っているのだぞ。ほら、私が応援したから勝ったではないか」

ものすごい馬鹿っぽい発言だったが、僕は微笑んで流してあげた。

「いえ、僕ってアクションシーンの主人公無理だなって」

「何を言っている!」さつきさんは声を張り上げた。まさか、もしかして、僕を励ましてくれるか?

「君が主人公?はっ、ちゃんちゃらおかしい!君はアクションもラブロマンスもエキストラとしてでも出れない!」

主人公が敵の娘に助けられ、介抱されるシーンで涙を流す僕。

「いや、コメディーなら・・・」さつきさんは顎に手を当てて真剣そうな面持ちでいった。

「もういいです!」

周囲の観客の目がこっちを向いた。映画が始まって一時間ほど、ついに映画の音量が僕の突っ込みに敗北した瞬間だった。



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