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僕をおもいっきり罵倒してくれ。・・・さあ、さあ! 3

夕暮れの春の海岸に人の姿はない。そこは僕の悲しみを引き出すためだけの舞台。終わりに「ブラボー」と叫べるような素敵な話じゃないし、叫ぶ客もいない。この広い世界に僕1人だけ。僕は1人悲しみに打ちひしがれる。

「・・・ぐすっ」本当に滑稽だ。涙に悲しみを溶かして流し出す効果があるのだろうか。あるのだとすればあとどれくらいこうしていれば僕の悲しみは消え去るのだろうか。僕は堤防に体育座りをして海を眺める。小さな太陽は大きな海に沈んでゆく。

―――あべこべだ。

そう、あべこべ。距離が離れすぎていて、地球にいると太陽よりも海のほうが大きく見えるように。僕と彼女の距離はあまりにも遠すぎたから僕は手を伸ばそうとした。

「・・・会わなければ、よかったのに」

知らなければどんなに楽だったことだろう。だってそうだ。彼女と出会うその前、僕はごくごく普通の少年だった。そしてこの2年間。持っていたほとんどの物を僕は捨てた。及川以外の友人はみんないなくなってしまったし、誰もが僕を滑稽だとなじる。家族だって僕とまともに向き合わなくなってしまった。それなのに僕が手に入れたものは何もない。勝手に自滅しただけだ。

涙は止め処なく溢れてゆく。僕の悲しみを押し流すのにあと千年は必要だ。これからどうしようか。僕は取り留めもないことを考え始めた。海に向かってまっすぐに歩いていくのもいいのかもしれない。人生にリセットボタンはないけれど、電源を切ることはできるんだから。

「・・・あれ?漆根じゃん」バイクのエンジン音が僕の背後で止んだ。

「・・・・・・及川」僕の唯一の友人。

「なんだよなんだよ。もうウン回目の失恋なのにそんな落ち込んでこんな所で黄昏てんのかよ」及川は原チャリ(学校にばれたら停学)から降り、僕の隣に座った。

「及川ぁ」僕の涙の堰は完全に壊れた。目に穴でも開いたように涙の濁流が頬を伝った。

「っおい、大丈夫かよ。・・・ちょっと待ってろ。自販機でなんか買ってくるからな」

少し、ほんの少しして、涙の止まらない僕の頬に熱いコーヒー缶が当てられた。

「あっつ!」僕は思わず仰け反り、及川を睨んだ。

「かっかっか・・・少しは落ち着いたか?」

どうやら涙は止まったみたいだ。心の傷はまったく癒える気配がないけど・・・。及川は何も聞かなかった。僕は何も言わなかった。そんな及川に僕は深く感謝する。もつべきものは友人だとか、この僕が柄にもなく思ってしまった。小さな夕日は大きな海に沈んでゆく。

―――ばいばい太陽。また明日、会えたらいいね。


そして辺りが暗くなった頃、ようやく僕は家路に着いた。及川とはそのまま海で別れた。目にはもう涙の気配は消えうせていたが、泣き腫らした目に潮風がしみた。風も僕を攻め立てているみたいだ。

「ただいま」僕は出来るだけ静かに玄関の扉を開けた。会いたくない相手の存在を確認するために、いつものように帰宅の合図を出した。普段なら何のリアクションもないのに、今日のそいつは気まぐれだった。

「おかえり・・・ってなに!?目、赤っ!そしてずぶ濡れな上にくさっ!!」今の僕の状態をたった一行で表してくれる優しい言葉に僕は小さく溜息をついた。

「また失恋したの?それで川に身投げでもしたわけ?」見事に言い当てられる。しかしその言葉は当たってはいるが、本質からは逆に遠ざかっていた。

「勘弁してよ、耕兄。中学でも凄い噂になってるんだけど。お陰であたしまでとばっちりくらってんだよ」ジロリと仇のように僕をにらむ。そんな僕の妹である。

「・・・・・・」返す言葉もない。いつもなら反発する僕だが、今日の僕にはそんな気力はなかった。気力はなかったし、反発する意味も、権利も今の僕にはない。

「・・・悪かったよ、つむぎ。でも、それも今日で終わりだ」僕は玄関に鞄を置き、重力に逆らえずそこに座りこむ。頭がぼーっとする。風邪を引いたのかもしれない。いやどうだろう。自他共に認める大バカヤロウの僕が風邪を引いたりするだろうか。

僕の発言がよほど不気味だったらしく(いつもならここで「そんなの僕の勝手だろ」と声を上げる僕)、僕の妹、漆根つむぎは幽霊でも見たような顔をしている。

―――幽霊でも見た、か。まったく、笑えないよなあ。

「本当にすまないね。妹にここまで迷惑を掛けるなんて僕は兄貴失格、いや人間失格だ。なあ、つむぎ。日ごろの恨みを込めて僕をおもいっきり罵倒してくれ。・・・さあ、さあ!」

本物の、真性の変態的発言だった。しかしあながち冗談ではない。なんせ、あの人が幽霊―――死者だという事で僕の二年間はまるで意味のないものになるのだから。僕はまったく意味のないことで妹に迷惑を掛けていたのだから。

―――あーあ、僕が誰かの夢ならよかったのに。

そう、考える。普段から卑屈な僕だが、ずぶぬれな上に精神的には消滅寸前なのでいつもの2周り、いや3周りくらい輪をかけて卑屈になっていた。だが、滑稽な僕にはそれくらいがちょうどいい。むしろまだ足りないくらいだ。だってそうだろう?意味もなく人に迷惑をかけてきたこの僕なんて、最初からいないほうが良かったのだ。

「ちょっと、ほんとに大丈夫、耕兄?」

いつも平和なこの田舎町で自分の妹をここまでおびえさせたのは僕が初めてなんじゃないだろうか。その事実が更に僕の卑屈に輪をかけた。

「大丈夫だよ。・・・ああ、今の僕は臭いんだったな。そうだ、ゴミ箱を持ってきてくれないか。今から入るから」人間の尊厳を完全に捨てた卑屈っぷりである。しかし、ここまで自分を卑下しないと、今の状態が当然のように思わないと、僕はこれから生きていく自信がない。そもそも今現在、僕は生きるつもりはない。

「ああ、もう!わかったから、シャワー浴びてきなさい。着替え持ってきてあげるから!」ついにつむぎが普段滅多に見せない優しさを見せた。そんなに哀れに思ったのだろうか。

僕はうなだれたまま動かない。やっぱり風邪を引いたのだろうか、全身がだるかった。

「早く!」

「・・・・・・わかったよ」

僕はのろのろと立ち上がり、風呂に向かう。通りがかった居間のテレビはつけっぱなしになっていた。僕の家は両親が共働きで、夜遅くまで帰ってこない。夕飯のしたくは母さんの指令を受けたつむぎか僕がやる。しかし、僕の料理は僕の好みを反映していて、異常に薄味なのでつむぎが文句をいい、最近では基本的につむぎの仕事になっている。しかしこれが結構上手く、美味い。しかし、最近の女子中学生の特技が料理というのはどうなんだろう。

「・・・・・・別にいいのか」

制服を脱いでにおいをかぐと確かに臭かった。自分のにおいには気づきにくいものだが、ひとたび身体から離れると敏感になるものだ。自分の現状においてもそうだ。さっきまでの僕は周りに迷惑を掛けても、それでも別にいいと思っていた。そうやって2年を過ごしてきた。本当に滑稽だ。

シャワーのお湯が熱い。僕はさっきのように床に座り込んで、シャワーを見つめた。目を閉じると意識が飛びそうになる。もう一生目を開けたくないと思った。そして、落ち着いた後に襲ってくる特有の倦怠感。重力がロープか何かになって絡みついてくるみたいだ。いや、まだ落ち着いてなどいないのに既に身体は休もうとしている。

「耕兄、着替えここに置いとくよ」

「・・・・・・」

僕にはまったく釣り合わない出来のいい妹に、僕は返事をしなかった。

「・・・・・・あーあ」

着替えて、風呂場から出て、全身が鉛になったような倦怠感に抵抗しながら、階段を一段一段ゆっくりと上ってゆく。僕の部屋は2階の階段を上がってすぐだ。その隣がつむぎの部屋、そして2階のリビングを挟んだ向こうが両親の寝室。今年で築4年目だが、綺麗好きな母さんは休みの日には必ず掃除をし、僕たちが散らかすとやたら厳しいので、新築の清潔感はまだ感じられる。そんな明るい色をしたフローリングに暗い顔した僕が佇む。

「・・・・・・寝よう」

明日は学校を休もう、明後日も休もう。もう毎日が日曜日だ。・・・などと無理やりテンションを上げようとしてももともと存在しないものは持ち上がりようがなかった。僕は部屋のドアノブに手をかけた。体を預けるようにしてゆっくりとドアを開けた。


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