じっと突っ立ってるから粗大ごみかと思ったわ 4
何とか気を持たせて、明日の作戦を立てるために部屋に戻った。いや、その前に部屋の掃除をしなくてはならない。部屋で食事をしたんだから(しかもタバスコやレモン汁の臭いつき)換気もしなくちゃならない。
戻ると、僕の部屋のドアが開いていた。おかしいな、確かにさっきちゃんと閉めたはず。と思って、見て見ると、部屋の中心につむぎさんが立っていらっしゃった。しかもただ立っているだけじゃない、右手には包丁が握られていた。
「つむぎ・・・一体何を・・・」
しているの、と言おうとしたところでつむぎが振り返って僕に包丁を突きつけた。鋭いつむぎの目にはうっすらと涙が滲んでいた。
「どこに監禁したの!?」包丁を握る手に力がこもっている。よほどの覚悟があるらしい。
しかし、監禁という言葉に心当たりはない。せいぜい2年位前につむぎの大切にしていた人形を押入れに隠したことがあるくらいだ。しかしあれは母さんにめちゃくちゃに怒られてすぐに返したはずだ。中2の分際で何してんだと思われるかもしれないけど、わかって欲しいのは2年前の僕はひどく不安定だったということだ。
「とぼけないで。髪の長い制服着た女の人をさらってきたでしょう!」ついに叫び出したつむぎさんは包丁の刃を僕のほうに向けて少し肘を引いた。1歩踏み込むだけで僕を切りつけることができるだろう。いや、なに僕は冷静にそんなこと描写しているんだ。やばいぞこれは。何がやばいって女子を家に上げただけでさらってきたと妹に思われてることがやばい。どんだけ信用ないんだ、僕。
「ちょっと待って、聞いてくれ、つむぎ」僕は両手を挙げて降参の意を露にする。しかしつむぎの身体から発せられる殺気はまったく消えない。ていうか中2の女子が殺気を発するな!
「言い訳無用!」
ええ~~~~。そんな馬鹿な。おいおいおいおい、なんで包丁を振り上げるんだ。重力を使ってより効果的に僕を切るためか。やめてくれ。そんな涙を流しながら僕をにらむな。僕は味方だったんだけど敵に捕らえられて洗脳され、敵として現れて元味方を苦しめるんだけど最後に奇跡が起こって一瞬だけ意識が戻り、再び狂いだす前に「頼む、殺してくれ」とか言うようなキャラじゃないぞ。
「ストップ、ストーップ!僕にそんな度胸があると思うか?」
「あるわ。あたしは耕兄を信じてる。・・・信じてたのに!」
そんなとこだけ信じるな~!それくらいなら僕はまったく信用されなくても良いよ!
「クラスメイトだよ、クラスメイト。僕は文化祭委員だから今日ここで話し合いしてたんだよ」
話し「合って」いたかどうかは別として、僕は弁解する。
つむぎは訝しげに目を細めた。1歩下がって包丁を下ろす。下ろしたもののまだ刃は僕のほうを向いていた。単純に振り上げるのが疲れただけだろう。
「嘘よ。耕兄がいなくてもそれなら1人でできるじゃない!」
確かにそうなんだけど!・・・って、あれ。そういえばそうだ。別に春日井さんが1人で考えて後で「こんな感じ」って僕に伝えればいいだけの話だ。どうして春日井さんはわざわざ僕の家まで来たんだろう。
「だけど本当なんだ!及川に聞いてくれれば分かる。春日井さんは確かにクラスメイトだって」
「電話して、今すぐ」つむぎは僕に包丁を構えたまま道を開けた。携帯が机の上にあることは既に確認済みなのだろう。僕は包丁を突きつけられたまま携帯を手に取り、及川に電話した。
「耕兄は何も話さなくて良いわ。あたしが話す。貸して」
つむぎの空いている左手に携帯を渡す僕。つむぎは僕の携帯を耳に押し当てた。
「もしもし、あたしです、つむぎです」ちなみに及川はちょくちょく僕の家に来るのでつむぎとも結構面識がある。つむぎはつむぎでそれなりに及川を信用しているので(あくまで僕と比べて、という程度だが)及川がちゃんと話せば僕は解放されるだろう。
「正直に質問に答えて下さい。こちらには人質がいます。春日井さんという人は確かに耕兄のクラスメイトですか?」
頼む、頼むぞ及川。僕は両手をあわせて胸の前で盛大に祈った。
「・・・はい、わかりました。ええ、ありがとうございます」
通話終了ボタンを押して下投げで僕に携帯を投げる。そしてなぜか包丁を振り上げてすり足でこちらに寄ってきた。
「聞いたわ。確かに春日井さんというクラスメイトがいるらしいけど・・・」ほっと胸をなでおろす僕。及川を信じて正解だった。
でもおかしいな。だとしたら何でつむぎは包丁を振り上げたんだ。
「・・・最近学校に来ていないらしいわね。しかも原因が分からず連絡もつかないって」つむぎの全身から再び殺気があふれ出した。
及川ぁぁぁ!!あの野郎ぉぉぉ!
ちなみのこの後涙なくして語れない兄妹の壮大な触れ合いがあるのだが、それは割愛させていただこう。結果として今日の夕飯のサラダから僕の血の味はしなかったとだけ言っておく。