じっと突っ立ってるから粗大ごみかと思ったわ 2
結局、道すがらここ近辺で唯一生存しているハンバーガーショップで昼食を買い、僕の家に向かう。今日つむぎは部活のはずだから2人きりになってしまう訳だけど大丈夫なのだろうか。と聞くとなんか僕がそういう行為をしそうな人間と見られそうだから口をつぐむ。
そうそう、どうでもいいことだが、僕はつぐむのことをずっとつむぐだと思っていた。
―――口をつむぐ
多分につむぎという妹がいるからだと思うが、一度間違えて覚えると訂正に時間がかかるものだ。ちなみに中2まで。流石に恥ずかしかった。中2の僕は恥ずかしいことだらけだ。
そもそも僕に無邪気を演じるのはムリだ。そういう生き方をしてきた訳だし、春日井さんもそう僕を認識しているのだから。だとしたら僕程度組み伏せるという意思の表れだろうか。あれから空手辺りを学んだのだろうか。
「平均的な家ね」
と、春日井さんは僕の家をそう描写した。別にけなしてる訳でもないはずだ。それは僕の家族にはばかった結果なのだろうか。ともあれ僕はなぜか劣等感に似たものを感じた。そもそも春日井さんの家が大きすぎるのだ。僕の家の大きさだって標準的なそれなのに、春日井さんの家は遠目に見てもその二倍はある。
「ま、どうぞ」そもそも僕にとって劣等感は日常というか相棒なので(われながら嫌な少年だ)、対して気にする事もなく鍵を開け、春日井さんを招く。春日井さんは若干何かを考える節があったが、結局家に入った。もちろん「お邪魔します」は忘れない。基本的に春日井さんは礼儀正しい人なのだ。僕に対してはこんなんだけど。
「・・・天使はいないわね」
部屋に入って開口一番、春日井さんはそういった。僕にとっての天使はいつもベッドに寝ているのだが、今日は残念ながらいない。なんてったって生粋のスタンディングリーダーだから。
「・・・確かにきれいにしてるみたいね。ほんとに漆根君の部屋?」
「どういう意味さ」
「意地を張らなくてもいいのよ。汚い部屋を隠すために妹さんと部屋を交換したんでしょ?」
「おいおい僕を見くびってもらっちゃ困るよ。僕はありとあらゆるものを大事に使う男だよ。加えてきれい好きだ」胸を張る僕。わりと本当だ。
「ふ~ん、じゃあものを大事にする漆根君。どうして壁が凹んでるの?」
「・・・・・・」盲点だった。でも・・・ああ、それは僕じゃない。だが言えない。ああ、正体を隠さなくてはならないヒーローの気分だ。
「まあ、いいじゃないか。さあ、座って座って。僕はお茶を持ってくるから」ドリンクもセットで買ったのだが、僕は客人を家に上げるとお茶を出さなくては安心できない男だ。もっとも、客を家に上げる事なんてほとんどないけど。
及川はちょくちょく来るが、あいつは客じゃない。
戻ってきた時、春日井さんは座布団に正座して待っていた。背筋がすっと伸びている。僕は天井から紐がつるされているのかと春日井さんの頭上に手をかざして確認してしまった。もちろん春日井さんは怪訝な顔をする。
「別に楽にしていいのに」ていうか楽にできないならなんで僕の家を選択したんだ。あっ、違った。選択肢がもともとないんだった。何を勘違いしてるんだ、僕は。ばかか。
「もし私が足を組んでベッドに寄りかかってだらだらしていたらどうかしら?」春日井さんはバッグの中をごそごそとあさり、明後日締め切りの書類を何枚も取り出した。キャリアウーマンみたいな人だ。実際、将来そうなるんだろうな。養ってくんないかな。とか軽く思ってみるダメ人間。
「・・・ありかな」あながちないこともない。普段とのギャップというのはなかなか破壊力があるのだ。
「そう、じゃあやっぱりしないわ」
「どういう意味っ1?」
「漆根君、「!」と「1」を間違えてるわよ。まったく、シフトキーを押さないと『YOUTUBE』が『ようつべ』になっちゃうじゃない。確かにそういう動画まとめサイトがあるけど」
「無駄に詳しいっ!!」ていうか僕のほうはそれを知らない。動画なんて見ないし。
「良いからそのお盆に載っていて、さっきから漆根君のリアクションに合わせて若干零れたお茶を頂戴。喉が渇いたわ」
「ああ、ごめん」こんなこともあろうかと布巾も一緒に持ってきたのだ。少し拭いてお茶を渡す。春日井さんは一口だけ口に含んだ。僕も座ってお茶をすすり、買ってきたファーストフードのハンバーガーを取り出した。
「ねぇ、春日井さん」僕は頭にポツリと浮かんだ疑問を口にする。答えによっては僕はこれまでの自分の認識を改めなければならないだろう。それくらい見覚えのない光景だった。
「このハンバーガーを包んでる紙ってこんなに赤かったっけ。ていうかこの赤い液体若干スパゲティ食べる時に嗅いだことのある匂いがするんだけど」
「?・・・ケチャップじゃないの?当たり前じゃない」春日井さんは本当に分からないという表情をしている。なるほど、少しでも春日井さんを疑ったのは間違いだったようだ。僕はいつも間違える。
そりゃあそうだよな。スパゲティのミートソースもケチャップもメインがトマトだから似たようなにおいがするに決まってる。
「少し酸っぱいにおいがするんだけど・・・まあ、いいか」僕は大きく口を開けてかぶりついた。途端に、かつてない衝撃が僕の舌を駆け抜け、脳まで一直線に駆け上った。
「辛~~~!!」口から火が出そうだった。最近のケチャップはなんて辛いんだ。
「大げさね、マスタードかなんかじゃないの。ほら、漆根君。メロンソーダも買ったでしょ?」春日井さんも買ってきたハンバーガを食べ始めた。辛そうには見えない。おかしいな、僕の舌が子供なのだろうか。それに少し目もおかしいみたいだ。ジュースのカップにもケチャップがついてるように見える。まあ、いいや。このストローでジュースを飲めば晴れてこの辛さからも解放される訳だし。
「辛えぇ~~~!!」またしても口から火が出そうだった。あれ?ていうかメロンソーダってこんなに辛かったっけ。
「・・・うふふ」突然春日井さんが笑い出した。僕は何事かと春日井さんを見る。そして、その手に握られていた凶器に目が行った。
「・・・ひっかかった~。こんなこともあろうかと思ってね」なかなか見せない笑顔で言う春日井さん。
・・・タバスコだった。
ちくしょう、どんなことがあろうと思ってたんだ。こんなことか!?やけに行儀が良いと思ったら、フェイクか。ていうかこんなお茶目な人だったっけ。
・・・ギャップだ。萌えてしまうじゃないか!
「・・・僕は君のお茶目な姿と最高の笑顔が見れて今とても嬉しいよ」僕は努めて平坦な口調で言った。だが、と僕は思う。こんな簡単に屈する訳にはいかない。
僕は大口開けてハンバーガーという名の悪魔を口に押し込み。メロンソーダという名の地獄を吸った。
「はあ、はあ・・・どうだ」涙が出てきた。多分辛いものを食べるたびにこのことを思い出すんだろうな。一級品のトラウマだ。からい、というかつらい出来事だ。両方とも同じ感じだけど
辛い
「よく頑張ったわね。さあ、熱いお茶でも飲んで」
鬼だ!
「なによ。そんな目で睨まなくたっていいじゃない。私だってもし授業中にタバスコの栓が取れてバッグの中に溢れたら教科書とか全部真っ赤になって、しかも私のあだ名が三年間タバスコ星人になるとか考えると気が気じゃなかったのだからお互い様よ」
「お互い様じゃねぇ!」タバスコのキャップはかなり頑丈だ。春日井さんローリスク過ぎ。そしてどっちにしろ僕にリターンがない!
「大丈夫よ。3個のハンバーガーのうち1個にしかかけなかったから。ていうかジュースとそれにかけたらなくなっちゃったから」ホントだ。春日井さんの手の中のタバスコは確かに空き瓶だ。
ラッキー・・・じゃねぇ!
「それって僕のジュースとハンバーグに全身全霊が注がれたってことじゃん!このことは二度と忘れないぞ!」びしっと春日井さんを指差す僕。もう行儀とか関係ない。それどころじゃない辛い辛い辛い・・・。
「私のことは・・・忘れていいから」
と、高校生にして始めて付き合った彼女。しかし、彼女は重い病気を患っていた。次第に悪化していく病気。そして、今際の際に少年は少女の手を握って「生きろ」と応援する。しかし、少年がこれから将来自由に生きていくために言う言葉を春日井さんは言い放った。
「とてもいいセリフだが、でもそのセリフ今使っちゃ行けない!!」くっ・・・。いい腕してんじゃねえか。そんな腕を見せられたら僕も矛を収めざるを得ない。
僕は恐る恐る。二つ目のハンバーグにかぶりついた。なんだ、てっきりてんどん(繰り返し)というよくあるネタが来ると思ってた。まあ、春日井さんもそこまで非常識じゃないか。それでこそ春日井さんだ。
「あれ?でもこれなんか甘くね?うわっ・・・気持ち悪い」
「あはははっ」と、嬉しそうに笑う春日井さんがバッグから取り出したのははちみつだった。
「うっ、くっ、そっ・・・。僕の褒め言葉を返せぇ!」しっかりと飲み込んで口の中をきれいにした後での今にも掴みかかりそうな僕を春日井さんは手を挙げただけで制した。それだけで僕は春日井さんに触れることすら許されない。なんだ今のは、気功か・・・?
「3つ目は・・・酸っぱいわよ」
そう言い放った春日井さんはとてもいい顔をしていた。そしてその手にはレモン汁。
「もう・・・好きにして下さい」ついに白旗を揚げた僕だった。どうやら、というかやっぱり春日井さんは僕の想像のはるか高みを行くお方のようだ。