じっと突っ立ってるから粗大ごみかと思ったわ 1
「今日は悪いが行くところがある。耕太のお守りはできない」と、土曜日の朝の登校時間。大多数の人が恐らくもっとも憂鬱であるだろうこの時間にさつきさんは宣言した。ちなみに僕は休日に楽しみを見出せない人種なので、そこまで苦じゃない。ただ、今日に限っては別の意味で憂鬱だった。そこにきてさつきさんのこの発言である。テンションも下がろうというものだ。
「涙を呑みましょう。でも行くところってどこですか?」確かに今日は春日井さんの件が・・・はぁ・・・あるから都合が悪くない訳ではない。
「うん、古本屋に行って立ち読みだ」
「貧乏臭い!」
「立ち読みを舐めるなよ、耕太。私の場合はまずその漫画を読んでいる者を探すところから始めなくてはならないんだ」
「漫画なんだ。そしてそこまでして読みたいんですか?ていうかちょっとの間だったら姿を現すって言う裏技ありませんでしたっけ?」
「疲れるのだあれは。そして私の姿は防犯カメラに映らないからな、騒ぎになってしまう。ふふ、防犯カメラに映らないからまずいって言うのも面白い」
「・・・・・・」どうだろう。まあ、本人がそう言っているのならいいのか。うん、そうだ。超面白い。腹がよじれそうだ。
「それなら僕が買ってあげましょうか?それくらいの金なら持ち合わせてますよ」
僕としてはなかなかいい提案だと思ったのだが、さつきさんはちっちっち、と指を振った。
「甘いな耕太。まだまだスタンディングリーダーとしてのレベルが低い」
「・・・・・・」やばい。「立ち読みをする人」っていう表現をちょっと英語に置き換えるだけで一時代築けそうだ。・・・スタンディングリーダー。
「ちなみに私はレベル54だ。もう少しで進化する」
「その進化、見たくねー!」別に僕も立ち読みはきらいじゃないけど、そこまで入れ込むのはどうなのだろう。そう考えてしまうことが僕が無趣味な理由なのかもしれない。
だとしたらそれでもいいや。ていうか、うん、どーでもいい。
「それに耕太の金は私のおやつ代だからな」
「女王だ!」どちらにせよ搾取の対象というわけだ。某全国をサイコロで巡るゲームの貧乏神みたいだ。だが、ここはあえて言おう。憑かれて悔いなし。むしろ自分から付けに行くみたいな。そして目的地からできるだけ離れた場所に向かうんだ。二人きりで何ヶ月も過ごすんだ。誰も来ない所というと沖縄かハワイかな。
「とにかく、そういう事だ。最悪夜10時まで帰らないからな」
「全国のスタンディングリ-ダーも真っ青だ!」やばいだろ、それは。絶対レベル95くらいいってるよ。間違いなく既に2回くらい進化してる。もしくはレベルアップの度にBボタン押し続けてる。
そんな話をしていたら危うく遅刻をするところだった。ちなみに及川は今日学校に来ていない。まったく、仕方のないやつだ・・・・・・僕の次あたりに。
土曜日は午前中の3時間だけ。だがしかし、時間がたつにつれて僕の心臓が痙攣を始めた。不整脈でまくりだ。僕が小学生の時に亡くなったおじいちゃんも不整脈持ちだったから遺伝かもしれない。
春日井さんを後ろからちらりと観察したが、実に優等生然とした態度だった。正直見習いたい。見習ったところで実行しないだろうけど。
普段は異常に長く感じる授業時間もなぜかこういうときだけは早い。僕は死刑を待っている。多分銃殺刑よりもキツイ。
「漆根君、さっさと済ませるわよ」3限目が終わり、みんなは部活や塾や家に直行する。春日井さんはと言えば僕の席に直行してきた。まだ帰らずにいた女子がこっちを見ている気がする。肝の小さい僕では確認する事はかなわないが、絶対こっちを見ているだろう。チラ見とひそひそ話の対象には全国の高校一年生の中でもっともされている自信がある僕だ。手に取るように分かる。
・・・必要のない技術だった。というかぜひともクーリングオフしたいスキルだ。
「その前に色々やることあるから正門で待っててくれるかしら。時間かかるかもしれないけど別にいいわよね、漆根君はどうせ無駄に生きてるんだから」
「ひどい!」僕だってちゃんと必死に生きてるよ!確かに無駄は多いけど!
それを捨てゼリフに、教室を走り去って行く僕。ちなみにさつきさんは2限目あたりでいなくなってしまった。古本屋の開店は10時からだったようだ。
そして、従順に校門で待つ僕。もしかしたら僕は春日井さんに騙されているのかもしれない。今頃校舎の影で僕が待ちぼうけしているのを友達と爆笑しながら見ているんじゃないか?
・・・・・・ありえるな。
いかんいかん、春日井さんを疑うなんてサイテ―だ。ここは僕自身を疑った方がいいんじゃないか?たとえば、昨日とさっきの春日井さんは僕が見た幻で、僕は一人で喋り、勝手にここに立っているんだ!
・・・・・・とか。
「・・・じっと突っ立ってるから粗大ごみかと思ったわ」
「・・・・・・」最近特にひどいぞ、毒舌が。というよりも舌が乗って来た感じ。それが素なら将来大変だぞ。などと、自分のことを棚にあげて春日井さんの将来を心配してみる。
「あ、えっと、行こうか。そういえば昼ごはんはどうするの?」
「・・・・・・」無言。どうやら何も考えていなかったようだ。もちろん、僕としては家で食べてもらうのもやぶさかではないのだが、それでは春日井さんのほうが嫌だろう。お互いに家が近いから一度解散するという手もあるのだが。
「どこかで買って行きましょうか。漆根君ってファストフードが嫌いな人・・・じゃないわね、ファストフードに嫌われてる人だったわ」
「いちいち僕をけなさないと話進まないのっ!?」とんだオプションだった。
「あ、でも漆根君の部屋はごみ屋敷だからとてもじゃないけどご飯なんか食べられない、か。・・・困ったわね」
「ちょっと待て!僕の部屋は清潔そのものだ。さながら天使の住処だ!」散らかすと母さんとかつむぎとかうるさいんだ、これが。それこそ極刑ものである。
「天使、ね。おあいにく様。私は自分の目で見たものしか信じないわ」胸を張る春日井さん。
「でも、神様はいるわ」
「見たの!?マジで!!」・・・まあ、僕も幽霊見てるけど。ていうか一緒に住んでるけど!
これは内緒だ。