僕は・・・僕は、産業廃棄物になるんだ~~!! 2
今日は金曜日。金曜日である。要するに明日は週末。特に今週は放課後毎日残っているせいか、一週間が異常に長く感じたので待ち遠しさもひとしおであった。もっとも、僕はあまり趣味がないので週末にやれることと言えば気兼ねなくぼーっとできるくらいだ。
「つまらん、つまらんぞ耕太。いっそのこと人生も終末にしてはどうだ?」
「怖いわっ!」飛びのく僕。さもなくば本当にさつきさんの鉄拳が僕の身体を貫くところだった。無趣味は死刑になるくらいの罪なのだろうか。なんかつくろうかな。
「しかし、特技ゼロの君が趣味など作れるとは思えないな」
「・・・・・・」ひどい物言いもあったものだ。否定はしきれないけど。及川が言うには僕の唯一の特技はフられても凹まないことらしいからな。でもそれは特技じゃないし、僕はいつも十分凹んでいる!
「そこまで言うならさつきさんには趣味があるんですか?」僕は反撃を開始した。しかし、さつきさんはどことなく深刻な、そしてどこか悲しそうな顔をした。
そうだ、僕はなんてデリカシーがないんだ。さつきさんには過去がない。自分の趣味などあったとしても忘れてしまったし、そもそも幽霊なんだからできる事なんか限られているじゃないか。最低だ、僕。
「・・・どうした耕太、キョロキョロして」さつきさんは憂鬱な顔のまま僕を見た。
「いえ、穴があったら入りたいんですけど僕を収納できるような大きな穴がないんでマンホールでも・・・お、あった」道を歩けば一定間隔であるものである。
「それじゃあ、入ってきます」笑顔で手を振って僕は足を一歩踏み出した。そんな僕をさつきさんは後ろから羽交い絞めにする。
「よせ、冗談だ。憂鬱げな顔の演技だ。だから、な!な!気にするな。ちょっと、止まって・・・!」
「いいえ、なんぴとたりとも僕を止めることなんてできませんよ。僕は・・・僕は、産業廃棄物になるんだ~~!!」
僕、暴走中。
「そんなことよりも重要なことがある!昨日家に戻ろうとしたらつむぎを見たんだが、制服を着た少年と手をつないで帰って来てたぞっ!!」
僕、一瞬にして停止、ていうか死亡。さつきさんが羽交い絞めしていなければ確実にコンクリートに寝そべっていただろう。さつきさんも僕がここまでふにゃふにゃになるとは思っていなかったのか、がくりと膝が崩れた。結局、2人して地面に倒れこむ。
「あいたたた・・・。耕太、おい、耕太。こーた、こーうーた!どこ行った、帰って来い」僕の目の前で掌をかざすさつきさん。しかし、彼女の言葉を僕の脳は受信する事はできなかった。
つむぎが?男と?手をつないで?
悪い男だったらどうするんだ。いや、そもそもつむぎは脅されていやいやそんなことをしているかもしれない。
僕は意識もおぼつかないままに立ち上がった。ブツブツ言いながらふらふらと学校に向かう僕にさつきさんが声をかけているらしいが、反応できるはずもない。
「・・・ショッカーみたいな感じで改造されるのかも。そうだったらヒーローとしてこの世に君臨できるのか。羨ましいな、つむぎ。あっはっはっはっは・・・」
ちなみに僕はこの日、何の授業があったのか覚えていない。それも当然だ。明日世界が滅びるかもしれないってときに目の前の仕事を黙々とやるやつがどこにいる。
「漆根君。漆根君。はあ、もう・・・」
ぶすり、と春日井さんは容赦なく絆創膏の上から傷をシャープペンで押した。もちろん僕は月曜日に受けた傷を4日で治せるような吸血鬼でもないので非常に痛い。椅子から転げ落ちて悶え苦しむ。
「あら、気がついたかしら?」春日井さんはちっとも悪びれる様子もなく僕を見下ろした。しばらくして僕は我に返った。
「あれ・・・ここは・・・?」
教室だった。火曜日からの3日間と同じように机を向かい合わせている光景だった。
確か僕は今朝マンホールに突っ込もうとして、さつきさんに耳元で呪いの言葉を浴びせられて・・・。
「あれ?すごく額が痛い・・・」傷に何か硬いモノが突き刺さったような気がする。よく分からないけど。
「ああ、それはスナイパーね。見事漆根君の額に当たったんだけどなんと漆根君の額に仕込まれてた頭蓋骨が守ったのよ」春日井さんは顔を上げる事もなくそう告げた。
「スナイパー近っ!」もちろん目の前の春日井さんがやったのだと分かる。でもまあいっか。・・・まだ痛いけど。
「まったく、朝からずっとそんな感じね。てっきり犬の死骸でも打ち捨てられてるのかと思った」
「ひどい物言いだ!」せめてまだ生きてるものに・・・でも僕はさっきまで死んでいた気がするな。臨死体験か。
「ごめんなさい、ひどい物言いだったわね。・・・犬の死体なら良かったのに」
僕、撃沈。机に突っ伏し、額をぶつけ再度悶絶。馬鹿な自分に嫌悪した。
「冗談よ。そんな喜ばないでよ」
「・・・・・・」僕はそこまで人間やめてないぞ!何でだろう、今日の春日井さんはえらく苛々してるな。
「ダメね、漆根君が手伝ってくれなかったから全然進まなかったわ」春日井さんはそう言ってシャープペンを机に置き、腕を前で組んで伸びをした。時計を見ると下校時間だ。
「あれ?暗っ!」僕は驚いて辺りをキョロキョロと見回した。おかしいな、さっきまで朝だったのに。今日の太陽はやる気がないのか?きっとそうだ。
しかし、目の前には春日井さんが(1人で)必死に働いた形跡がある。どうやらやる気がないのは僕のほうのようだった。
「ああ、もう!どうしよう。内容を全部まとめて月曜日の委員会で提出なのに」春日井さんは苛立ちを露にする。よっぽど怒っているらしい。
ちなみにこの学校では土曜日に隔週で午前授業がある。土曜日の午後と日曜日は一応部活動のために学校は開けられているが、校舎の方は閉められている。文化部は部室で部活をする事になるが、大半は休みだ。というわけで文化祭委員の仕事は今日中に終わらせなければならない。ちなみに下校時間を越えたらペナルティで、2回目でそのクラスは出場停止という厳罰だ。
「じゃあ明日授業が終わったら漆根君の家ね」紙や筆箱やらをバッグにしまいながら春日井さんはさらりととんでもないことを言い放った。
「えっ!?いやいやいやいや・・・冗談でしょ?」
眼鏡をはずし、じっと僕を見る春日井さん。ああ、これはドッキリの前触れだ。きっとそうだ。ねぇ、何で腕組んで自信気な表情をするの?
「私が冗談を言うと思う?」
言わないですよねぇ。
やっぱり僕の想像のはるか高みを行くお方だ。捉えることなどできない。
「いや、だってほかにもいろいろ場所はあるでしょ?」と、しどろもどろに言いつつ、いろいろを考えてみる。
「・・・ないわね。田舎だし。どこも電車を使うか自転車を使うかしないと。・・・それとも女の子の家にお邪魔しようとでも?」睨まないでよ。怖い怖い。なんでだ。さつきさんと提携して心身ともに僕をすり減らそうという魂胆か?ちくしょう。そりゃあ勝てないよ。僕は運命を受け入れるしかないよ。
「・・・わかった。明日ならまあいいよ」両親とも仕事で家にいないしね。日曜日になれば流石に休みで、今週こそは旅行に行かないだろうから明日には全て終わらせなくてはならない。必要ないかもしれないけど言っておきたいのは、春日井さんはそれでいいのか、という話だ。まあ、本人が言い出したのだから別にいいのだろう。
校門の前で春日井さんと別れた。道すがら今朝何が起こったのかを再度思い返してみた。
「あっ、そうだ、つむぎだ!」僕の気が急いてくる。心臓がランナーだったらかのウサイン=ボルトよりも速く走りそうなくらい焦り出した。だが、残念ながらその心臓の持ち主は僕なのでムリだ。