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ぬめっとしててねとっとしててふにゃふにゃしてるじゃない!! 1

火曜日の朝はガッツポーズとともに始まった。どうやらさつきさんは携帯の方には気づかなかったらしい。残念ながら長い髪が寝顔を隠してしまっていたが、起き上がって目をこすったさつきさんは不機嫌そうに口を尖らせた。

「ちっ、今朝は私の負けか。だが覚えてろ、次は勝つ!」

うわあ。日常会話で『覚えてろ』なんてはじめて聞いた。ほんとにいたんだ、そんなこと言う人。

僕は制服に着替えて(もちろん学ランは昨日のうちに洗っておいた。流石の僕もゾンビB役を二日またぎで続ける勇気はない)顔を洗い、張っておいた絆創膏をとった。

「・・・あちゃあ」改めて見ると結構大きな傷だ。あっ、でもこれをそのままにすれば威圧感みたいなのが増すかも。そうすれば暴力団系の仕事に就職できるかな。あ、でもそのためにはやっぱり力が必要か。手っ取り早く筋力をつけるにはガテン系のバイトが一番かな。いや待てよ。ガテン系の仕事をするなら建築の知識が必要だな。建築には木材の知識が不可欠だし・・・。

「よし、僕は将来植物学者になるぞ!」

「・・・好きにすれば」僕はその声にびくっと肩を震わせる。鏡の中にいる僕の向こう側でつむぎが僕を見ていた。つむぎも僕と同じで朝は結構な低血圧なので、目を細めて、かなり不機嫌なように見える。ていうか不機嫌なのだろう。

「顔洗いたいからどいてくんない?」抑揚のない声を出して僕をはね飛ばした。おかしいな、僕は今日はまだ何もしてないぞ。

じっとつむぎを見ていたら鏡の向こうのつむぎが僕を睨んだので僕はそそくさと洗面所を後にした。

「・・・いやだなあ、これ。かなり目立ちますよね?」登校途中、僕は隣にいるさつきさんに話しかける。

「ああ目立つ。お宝鑑定団の出張鑑定の松尾さんの蝶ネクタイくらい目立つ」

「・・・・・・そんなに?」だってあの人ってネクタイの方がメインじゃないか、ってくらい目立ってるじゃん。要するにあれか、僕の存在は僕自身の怪我より希薄ってことか。いや、傷そのものよりも絆創膏か。

「絆創膏以下の存在感」

なんて空気なキャッチコピーだ。やめてくれ、変人でもいいから僕を世界から排除しないでくれ!

今日から僕は遠回りになるが人通りの少ない道を通って登校する事にした。無論さつきさんと話しながら学校に行くためだ。この道は夜になると不審者が出ると有名な場所なのでほとんどの生徒は 避けて通っている。しかしこんな朝っぱらから出たら逆に健康的過ぎてあらゆる意味で不審者から遠ざかるので出ることはないだろう。というよりも世間様から見たら僕が不審者だ。

「ところで文化祭では何をやるんだ?」さつきさんは唐突に尋ねた。僕が正直に答えると感心したように大きく頷いた。

「それならば私も手伝おう。お化け役が1人くらい増えても文句無いだろう?」

「・・・・・・どうですかね」本物が紛れるのかあ。下手すれば騒ぎになって文化祭そのものが中止になるかもな。僕は心の中で8回葛藤した。ううむ、たしかにお化け屋敷と本物の幽霊は最高のマッチだな。これを逃すのは麻婆豆腐をフォークで食べるくらいバカみたいだ。あるいはご飯をナイフで食べるくらいかな。そういう文化の人々がいたら大変申し訳ないけど。

「じゃあ、一応お願いしておきます」一応、という言葉にさつきさんは少し引っかかったみたいだが、了承した、と言った。

文化祭か。これから忙しくなるな。昨日の会議の断片から推測するに今日からクラスごと活動が始まるみたいだし。最初は委員で話し合い、か。要するに春日井さんと話し合いだ。コミュニケーションを取れないのにどうやって話し合いをしろと?はぁ、重ね重ね気が重い。まあ、すべては僕のせいなんだけど。

「どうした耕太。学校に行くのがそんなに憂鬱か?ならば私は一肌脱ごう」

「解決してくれるんですか!?」というかさつきさんの「一肌脱ぐ」という言葉に敏感に反応してしまうのは僕だけだろうか。いや、健全な男子学生なら絶対反応するはずだ。しかしこの言葉、どうして「一肌」何だろう。表皮系を取り払うという意味だろうか。だとしたらそれはごめん被る。僕のためにそこまでしないで!

「うむ、今からさばおりで耕太の背骨を追って病院送りにすれば学校に行かなくてすむぞ!」さつきさんは笑っていった。そして僕は笑いながら引いた。素で怖い。何よりさばおりというチョイスが怖い。うっちゃりのほうがまだマシだ。うっちゃりで背骨を折るためには相当の勢いで投げなきゃならないだろうけど。ていうかこの場合の「一肌」はさつきさんのじゃなくて僕の「一肌」のようだ。

「・・・結構です」

「そうか、残念だ。入室して鍛えた私の技を披露できるチャンスだったのに」

「力士だったんですか!?かの有名な後輩いびりに耐えてきたのか!?」

「うむ、紙相撲部でちょっとな」

「紙相撲部っ!?そんなドマイナーな部が一体日本のどこにっ!?」というか今どきの紙相撲は相手にさばおりを決められるのか?それじゃあただのラジコンじゃないか。電子部あたりに行け!

確かに今おじさんたちの間で流行っているところもあるらしいけど・・・。

「うーん、まあ、自分でまいた種なんで自分で何とかします」

「ふふ。『自分でまいた種』か。君がまく種は気味の悪い奇形が多いからな。私の興味をそそらないでもない。こんなに私の気を引けるのは君くらいなものだぞ、耕太」

「・・・どうも」

何でだろう。聞きようによっては最高の褒め言葉に聞こえるその言葉だが、ぜんっぜん嬉しくない!いや嘘だ。ちょこっとだけ嬉しい。しかし奇形か。よく言ったものだ。確かに僕がまいた種はおかしなことになるな。食人植物とかになって僕に襲い掛かったりもするし。というのはもちろん例えだけど、的から外れてはいない。

「ならば私は隅から君を見させてもらう。一週間ほど経つがやはり思うな。君は面白い。見ていて退屈しない、とな」

「そう言ってもらえると僕も必死に生きてるかいがありますよ」

退屈。長い間さつきさんを蝕んでいたもの。もう死んでいるのに長く生き過ぎている彼女にとって1番大きなもの。だから彼女はいつも飽きずに眺めていられるものを求めている。だから今のセリフはさつきさんにとって最高の褒め言葉なのだ。

「うむ。君が何かに苦悩する姿は最高だ!」

「あんたは最低だな!!」あ、最低って言っちゃった。まいっか。痛みわけ痛みわけ。

そんなふうにいつもどおりのバカ話に花を咲かせていると、いつの間にか校門の近くまで来ていた。そして前方で髪を揺らし歩いているのは春日井さん。僕は咄嗟に身を隠す。別に後ろ暗いことが・・・あるわけなんだけど。

「どうした、耕太。君が入るべき穴でも見つけたのか?」

「・・・・・・」なんだか今朝のさつきさんの言葉には棘があるな。あ、そうか、今朝は僕が目覚まし止めたからか。さつきさん、負けず嫌いっぽいし。

「そ、そんなことはないさ。私は大人だからな。その程度の寛容さくらい身につけている。まったく、君は何をバカなことを。見当違いにも程がある。この私が早起きで負けたくらいで怒るわけないではないか、ばか者!!」

怒っていた。目覚まし云々はともかく、指摘されたことに対しては怒っていた。寛容さなんて微塵もなかった。しかし、その怒りのオプションとして頬を膨らめた顔を見れたので結果オーライ。春日井さんの笑顔でも思ったけど、普段無表情な人が表情崩すといいなあ。なんかこう、ベールの向こう側、みたいな。

そうこうしているうちに予鈴が聞こえてきた。今朝も結構早く出てきたつもりだったのに話に花を咲かせすぎたらしい。あの世のお花畑も真っ青な花の量だ。

「やばっ、行きましょう、さつきさん!」僕は走る。さっきまでの憂鬱さはどこかへ消えてしまっていた。さつきさんに感謝だ。



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