彼女を映画のヒロインとするなら僕は主人公じゃなく、ゾンビB役だな。 5
「ただいま」外から見ると、居間に電気がついていた。旅行から帰った両親がいるのだろうか。だとしたらどうやってかいくぐろうか、と考えていたが、結局めんどくさくなってドアを開けた。
とたとたと続く足音。居間から顔を覗かせたのはつむぎだった。そして・・・
「きゃあああああ!!」
僕は妹の悲鳴を一身に浴びることになる。とにかく僕はお隣さんが警察に通報しないかだけが心配だった。
つむぎの悲鳴を聞いたのは二度目だ。一度目は確か中2の時。間違えてつむぎが入っている風呂のドアを開けちゃったときだったかな。しかしあの時は散々殴られたもんだ。しかも一週間蒸し返され続けた。
「ちょっと、耕兄!血、血、血が・・・!救急車~~!」
「いや、いいよ、もう止まったし」春日井さんのハンカチでまだ傷口は押さえてあったが、血はすでに固まっていた。ハンカチを取って傷を見せるとつむぎが失神しかねないので、そのままにしておく。
「いや、でも縫わないと」
「傷跡が残るだろ。『あっあの人額に傷あるよ、こっわ~い』とか言われて嫌われたらどうするのさ」いや、案外及川といいコンビになれるかもしれないけど。
つむぎは呆けた顔になった。わかってるよ、「えっ、これ以上どうやって嫌われるの?」って言いたいんだろ。皆まで言うな。
「とにかく」僕は気まずい雰囲気を打開すべく声を張り上げる。眩暈がした。「大丈夫だから」
ふらふらしつつ階段を上る僕の背中につむぎが声をかけた。
「お父さんとお母さん、明日も会社休んでもう一泊するって」
「・・・・・・」
階段で一段踏み外す僕。振り返ってつむぎを見た自分の顔は鏡が無いので分からないが、つむぎのいぶかしむ顔でだいたいどういうものか察しがつく。
なんだ、僕はサトラレか。しかも両親から限定の。だったらやだな。僕の変人っぷりが両親に全て露呈してることになるじゃないか。
「まあ、いいや」僕はようやくそれだけ言って、自分の部屋へと急いだ。
「ほう、ほふぁえり」
「・・・・・・・・・・・・ただいま、さつきさん」さつきさんはクッキーを頬張り、ベッドの上で足をばたつかせ、雑誌を早回しでめくりながらこっちも見ない。なぜだ、なぜ僕はこういう扱いの方が安心するんだ。
時計を見る。8時半。かなり時間を無駄にした気分だが、そんなに忙しいわけでもないし、夜遅く帰ってくるのがなんか高校生っぽかったので、これはこれでよしとしよう。
ようやく額のハンカチを取った。空気に触れると途端に痛み出す。顔をしかめながらクローゼットの鏡を見た。
「・・・うわあ」鏡の中の僕の顔は中心に向かって皺が寄っている。そして視線は真っ赤な額に釘付けだった。小指の関節二つ分くらいの傷が斜めに入っている。ハ○ー・ポッターとどっちが大きいだろうか。ただ、見たところそんなに深い傷でも無さそうだ。額の怪我は浅くても出血量が多いというから、これはこれで僕にも立派に赤い血が流れている証明だろう。
「明日からどうしよっかな」
「ん、どうした、耕太。人生相談か?良ければ1時間2万円から勉強してやるぞ」
背後でさつきさんが体を起こしたのが分かった。
「占い師だったんですか!?ていうか完全に詐欺じゃないですか、そのぼったくり」
ああ、だめだ。血が足りなくていつものキレが無い。それともさっきまでボケてたから鈍ったんだろうか。そう思いながら振り返る僕。
「こ、耕太!どうしたその血は!?飛んできたカラスにでも貫かれたのかっ!?」
うろたえるさつきさん。こんなやり取りが凄く久々の気がする。懐かしい。
「いえ、闇の帝王が現れて、僕に死の呪いを・・・」
首を傾げるさつきさん。しまった、もしかしてハリー・○ッターを読んでいないのか。そんなバカな・・・。
「耕兄」いきなりドアが開け放たれる。つむぎは目線を下げ、僕の足をずっと見たまま、僕に乱暴に救急箱を手渡した。目線はそのままに、部屋を去ってゆく。
「ありがと、つむぎ」なるほど、つむぎは弱っている動物を助けるタイプか。道端に捨てられる猫を見るとほっておけないタイプだ。
「わが妹ながら、天晴れ」僕は呟き、鏡を見ながら自分で傷の手当をする。消毒液はひどくしみたが、何とかこらえた。大きめの絆創膏で傷口を隠すと、僕の胃がコンサートを始めた。テンションのままに騒ぐ胃を宥めようと、僕は一階へ向かう。ちょっとふらつき、扉に額をぶつける。悶えること数分―――。