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彼女を映画のヒロインとするなら僕は主人公じゃなく、ゾンビB役だな。 4

そして僕は追い詰められた人間の最終奥義を披露する。

すなわち、逃走。

ここに在る道具を上手く積んでいけば何とかあの窓に届きそうだ。外にさえ出れれば後は何とかなるだろう。というわけで僕は無言で春日井さんに背を向け、せっせと使えそうなものを積んでいく。

「・・・・・・」

春日井さんが侮蔑の視線を僕に向けているのが分かる。そりゃそうだろうよ、女の子無視で作業を始めた男には蔑んだ目をして然るべきさ。しかしこの行為には僕の犯罪歴に丸がつくかどうかがかかっているんだ。言うならば人生がかかってる。出来ればリセットしたい人生だけど、ぎりぎりまで頑張らせてくれよ。

「・・・・・・ふう」僕は一息つき、努力の成果を見上げた。うむ、手を伸ばせば何とか窓に届きそうだ。上るまでの段も何とか確保した。あとは上手くバランスをとれば何とかなるだろう。

「・・・私が行く」

「え?」僕は声がした方を見る。4度目の発言で、初めて春日井さんの声を聞いた気がした。

「・・・閉じ込められそうだし」

「・・・・・・」

さいですか。僕には監禁なんてする勇気はないけどね。そんなもの持ってたらさつきさんに殺されてるもの。臆病者でよかったとつくづく思う。

とにかく、動機は不本意だが、そう言うなら止める理由はない。

春日井さんは一段目の椅子に足をかける。次いで机。僕はその上に更においてある椅子の足を持った。懐かしいな。中学時代の教室の掲示はこうやってたっけ。春日井さんは早くここを出たい一心でどんどん段を昇り、少し高い段に足をかけた。その時だった、

「あっ!」

春日井さんが声を漏らした。体勢を崩し、2メートル強の高さから後ろ向きに体が宙に浮いた。足元も崩れ、彼女は床に落ちてゆく。僕の体が反射的に動いた。ダメだ、間に合わないかも・・・。

どすっ

・・・という音はやはりレディに対して失礼だろうか。とにかく僕の体にはそういう擬音がふさわしい衝撃が走った。僕は咄嗟の判断で春日井さんと床の間にヘッドスライディングをしたのだ。ホントは受け止められたらカッコよかったんだが、これが僕の限界。ともかくも春日井さんのほうに怪我はないらしい。僕のほうも、幸い肋骨やら内臓やらに破損はないらしい。って、そんなのわかるわけないんだけど。

「ちょっと!」

春日井さんは飛び上がった。どうやら僕に対する感謝よりも台の不備と僕に触れられたことへの嫌悪の方が勝っているらしい。やりきれない思いだった。理不尽ってのは恐ろしい。しかし、人生そんなもんだ。本当の事を行ったのに信じてもらえなかったオオカミ少年もこんな気分だったのかもな。だとしたら教訓。日ごろの行いはとてつもなく大事だ。イソップさんも深いことを考えたもんだ。

「・・・あっ」

僕が何とかして立ち上がると、春日井さんは一転、青ざめた顔で僕の額を指差した。不思議に思いつつも額に触れてみると手に血がついた。それも結構出ている。傍の椅子についているのも僕の血だろう。角がボロボロで尖っている。台の一部が落ちて、はねたんだろうな。目に当たらなかったのは不幸中の幸いだ。結果として、まさに骨折り損のくたびれ損だ。

「ちょっと、あんまり動かない方が・・・」

「良いから、早く出るんだ!」僕は柄にもなく少し声を張り上げてしまった。学生服で額を拭い、再び台をセッティングする。今度は春日井さんも手伝ってくれた。血のついた椅子を手渡す時に手が触れたが、何も言わなかった。まあそうだよな、こんな血まみれなやつとは一刻も早くおさらばしたいか。人気のない倉庫に2人の男女。彼女を映画のヒロインとするなら僕は主人公じゃなく、ゾンビB役だな。それも悪くないかも。映画に出られただけでも大金星じゃん。

ようやく台が出来上がり、今度はさっきよりも必死で押さえた。ていうかやばい、血が止まんない。外人レスラー並みに出てるよ。あ、頭くらくらしてきた。早くしてくれ、春日井さん。と本気で願う他力本願な僕。

僕の願いが通じたのか、春日井さんは見事上りきり、窓から外へと消えていった。そこからどうするかはまったく考えていなかったが、何とかしてくれるように願うしかない。まずい、本当に他力本願だ。

「・・・・・・あれ?」春日井さんが消えてから、僕は踏み台を片付けた。そして、しばらくしたけど戸の方は開かない。まさか、春日井さんのほうが僕を閉じ込められるつもりだったとか・・・。いや、頷ける。彼女なら僕に死んでしまえ位のことは言うだろう。それくらい僕を嫌ってそうな雰囲気だ。うーん、まいったな。とりあえず寝床はマットがあるからいいとして、食べ物飲み物はどうしようか。ネズミとかいるかな。あ、でも生はまずいか。感染症とかあるしな。真性のゾンビになってしまいそうだ。

しかし、どうやらそれは杞憂だったらしく、しばらくしたら戸が開けられ、月明かりが入ってきて、闇になれた目に眩しかった。月光を後光にして立つ春日井さんは無表情。基本的に無表情な彼女だが、今は完全な無を保っている。それが月光と上手く合っていて、冷たさと美しさを演出していた。西欧の女神像のようだ。

「ありがとう、春日井さん」僕は額を拭う。血はまだ固まっていない。参ったな、縫ったほうが良いかも。でも縫うと傷跡が残るんだよなあ。

まあいいや、とにかくまずは学校を出なくちゃ。そう考え、倉庫を背にする。春日井さんは無言で戸を閉め、南京錠をかけた。

「ちょっと待って」

鍵をかけたのを見取って、どうせもう校舎は開いていないから鍵は返せないな、と思って帰ろうとした僕を春日井さんが呼び止める。僕はそのありえない発言に貧血時における幻覚、幻聴について考察した。しかし、どうやら幻聴じゃなかったらしい。

「じっとしてて」

僕の額には、春日井さんの白いハンカチがあてがわれた。僕は目を白黒させる。

ああ、あれか。白いハンカチは気に入らないから赤く染めようって話か。確かに染物って結構値張るからな。それともハンカチに何か毒素でも・・・いや、やめとこう。

「あの、春日井さん。ハンカチは植物で染めた方が・・・。赤はなんだっけ・・・古典でやったよね?」

「いいから、動かない!」

「はい!」直立不動の僕。ていうか発言は全面無視ですか。まいったな。この人とどうやってコミュニケーションをとればいいんだろう。いや、彼女にとる気がないなら無理か。

しばらくしたら春日井さんは自分で押さえるように言って僕を解放し、すたすたと校門の方へ歩いていってしまった。僕は額のハンカチを自分で押さえつけながら後を追う。

時計を見たらもう8時を回っていた。部活はどこももう終わっている。夜の学校は暗くて静かで不気味だ。肝試しをする気も分かる。しかし、今どきの学校は警備会社が徹底的に守ってるから肝試しをすると警備員の方に怖いところにご案内されることになる。まさに肝が冷えるというものだ。僕らは閉じられた校門をよじ登る。スカートでそんなことしていいのか、と思ったが、さっきも窓から外に出たし、ちらっと上を見上げてしまった(不可抗力だ、許せ春日井さん)ところ、スカートの下に短パンをはいていたから別にいいんだろう。

「そのハンカチあげるから」

「分かった、他人の血ってのは気味が悪いからね。ありがたくいただいてくよ」

そう言うとなぜか顔をしかめた春日井さん。ちがうよ、「君が悪い」じゃなく「気味が悪い」だよ。悪いのは僕以外いないよ。イントネーションって大事だよ。

「送ってこうか?」僕と反対側に歩きだしたのを見たところ春日井さんは徒歩通学らしい。夜遅いし最近は物騒だ。僕としたら遠回りになるがそれくらいは呑もう。

「いい」

振り返った春日井さんは体よく断ってくださった。確かにそうか。血まみれの僕のほうがよっぽど怖い。ちなみに僕は額だけでなくぬぐった両袖も真っ赤だ。

春日井さんは再び顔をしかめた。今度はどこに引っかかったんだろう。失言はないはずだ。そうか、彼女は血が嫌いなのかもしれない。そういえば僕が額を切ったのを見て青ざめてたっけ。

「・・・私の家、あそこだから」

指差した先にあるのはおよそ50メートル前方の一軒家。かなり大きい。僕の家の倍はある。

「いいなあ、学校まで全力疾走10秒じゃん。忘れ物しても余裕だし」僕も近いからそんなに羨ましがる必要はないんだけど。

春日井さんは「まあね」と言って笑った。春日井さんの笑顔を見たのはこれが初めてかもしれない。普段笑わない人の笑顔というのはかなり魅力的なのだとこのとき僕は初めて知った。僕は踵を返し、家路へ向かう。そのとき、後ろから春日井さんに呼び止められた。

「その・・・ありがとう」

ん?今日の一連のどこに感謝の対象があるんだ。ああ、あれか。僕のボケで和めたのか。だとしたら僕の恥もそれなりに意味があったのかもしれない。

そして、春日井さんはものの見事に全力疾走して帰って行った。女子ってあんなに足速いんだと僕は感心しつつ見てしまった。8秒かかったかな。

「やば」時計を見て焦る。僕の家は特に門限はないが、こんな時間に血まみれの男が帰ったらなんていわれるか分からない。僕については諦めている両親も流石にこれは何かを言わずに入られないだろう。もう一泊して来てくれ、父さん、母さん。

春日井さんに倣って夜道を全力疾走する僕。・・・5秒後、ダウン。原因は出血多量による貧血。当たり前だった。電信柱を背にして休養する事10分。ふらふらと歩きながら家路に着いた。



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