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ぱられる  作者: 楸由宇
20/20

 その日は、晴れていました。

 いつものように大学からでると、それは満天の星空でした。綺麗な三日月も出ていました。その月は、まるでチェシャ猫のように笑っているみたいでした。月の笑い声につられて星々も笑っているみたいでした。

 僕は、いつものように駅へ行くために農場へ足を踏み入れました。純白の雪原に遠くに見える街の明かりがとても綺麗でした。周りに明かりもなく僕は独り雪原の中へと歩き出しました。

 細い細いまるで獣道のようなただ踏み固めた道を独り歩いて行きました。闇に目が慣れてきた僕はふと立ち止まり周りを見回したのです。頭の上は満天の星空そして綺麗な三日月。僕の周りは闇に彩られた広い広い雪原。左手に見える影のようなポプラ並木が印象的でした。右手には遠くに明かりのついた建物。その時僕は遠くの雪が盛りあがったように見えました。その盛りあがりはだんだんと近づいてきます。それは霧でした。澄み渡っている空気の中を白い白い霧のかたまりは意志を持っているかのようにこちらへ近づいて来ます。徐々に周りの空気が冷たくなってきたような気がします。そしてだんだんと霧が僕の身体を包んでいきました。風も少し出て来たようでした。

 辺りが真っ白になった時僕は声を聞きました。それは若い女の人の声でした。

「あなたは、一体何にそんなに怯えているの?」

 自分に話しかけられたような気がした私は、一瞬びくりと身体を振るわせました。

「私は何も怯えてなんていないわ。」

 声の主は二人いるみたいです。

 彼女らの話は聞こえてくるのですが姿はいっこうに見えません。右から聞こえてくるような気がしますし、左のような気がします。時々は棒の後ろや上からも聞こえてくるような気もするのです。話は、まだ続くようです。

「だって、何かから逃げるように生き急いでいるように見えるのよ」

「そんなことはないわ。お姉さんの錯覚よ。私には、お姉さんこそ何かから逃げているように見えるわ」

「あなたには、まだわからないでしょうね。私が、いえ、私たちが一体どんな世界に住んでいるのか」

 声の主達は姉妹のようです。僕は耳を澄ませて声の主が何処にいるのか知ろうとしましたが、声が聞こえてくる方向はいっこうに定まりません。

「私たちが何をしなければいけないか、何処へ行こうとしているのか。まだ若いあなたには分からないでしょう」

「ええ、分からないわ。それに、分かりたくもないわ。私、姉さんみたいになりたくないもの」

 その声は何処から聞こえてくるのか、全く分かりませんでしたが、しかし、確実にその声は近付いてきます。妹らしき声が続けました。

「ねえ、姉さんは何をそんなに怯えているの?」

 その後、しばらく無音が続きました。

 そして、その声は突然僕の耳元でこう囁いたのです。

「それは、多分、あなたと同じものよ」

 その瞬間、僕の周りの温度が急に下がったような気がしました。

「同じもの?」

 妹らしき声は、離れたところから聞こえました。

「そう、あなたと同じもの。私は、忘れ去られてしまうのが、とっても恐い」

 その声も、もう離れてしまいました。そして、周りの温度も戻っていました。

「私は、そんなこと恐くはないわ」

「そんなことを言えるのは、あなたがまだ若い証拠よ。あなただって…」

 不思議な声は、先程と同じように何処から聞こえてくるのか分からなくなってしまいました。

 そして、気が付けば霧も晴れていて、僕は星空の下、ぽつんと獣道のような狭い道に佇んでいたのです。

 僕は、再び駅を目指して歩き始めました。

 周りは霧などなかったように静まり返っています。

 僕は、駅に向かいながら思いました。

 僕も、誰かに気にかけていて欲しかったことに。

 一人は、淋しいということに。

 だから、僕は決めました。

 あの声のことは、一生忘れないと。

 そうすれば、僕が死んでしまうまでは、あのお姉さんの声は忘れ去られることはなくなります。

 そうして、僕は家族の待つ家へと帰っていきました。

 僕も、誰かに死ぬまで思い続けてもらいたいなあと思いながら。

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