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欅の梢。

 妹は可愛い。十数年同じ家庭で育ってきた同じ遺伝子を持つ人間とは到底思えないくらいに、我が妹、機織(はたおり) 梢は可愛らしい少女である。姉の私とは違い全体的に柔らかな曲線だけで構成されているような娘で、くっきりした目鼻立ちにふわふわの髪、小柄ながらもバランスの良い体格まで有する、まさに「可愛い」の条件を兼ね揃えた、冗談みたいな存在だ。人好きのする性格もあってか、社交性にも非常に富んでいる。出来過ぎて多少いけ好かない所があるにはあるけれど、しかし、私からしても梢は、紛れようも無く可愛らしい妹だった。

そんな妹から、よりにもよってこの私に、恋愛相談を持ちかけてきたのだから、その時の私がそれなり以上に面喰ってしまったのも、致し方の無いことだろう。


 *

 その辺りまで話し終えると、黙って話を聞いていた隣人、竹村 霧人は、うんと一つ頷いて、続きを語り始めようとする私を制した。

「嫌だからな」

「何のこと」

いきなりの拒否に、私は聴き返す。彼はどうにも、昔から結論を急く傾向にある。

「だから、どうせ恋愛事に含蓄の無い魔獣ケヤキンは、幼馴染たる俺の豊富な経験を活かした素晴々(すばば)しいアドバイスを梢ちゃんにしてやってくれと、そう言いたいんだろ」

「察しが良いな、褒めてつかわそう。そゆわけで、じゃあよろしく」

魔獣も素晴々しいも、そもそもの科白の内容すらも完全に無視して返事をする。私の名前は欅で、晴れ渡りすぎている上に実を言うと察しも良くない。悉く嘘八百な切り返しだった。

自分の察しが良くない事には気付かない竹村は律儀にも「だから断ってるだろ聞いてたか!?」と大仰な突っ込みを済ませてから新たに疑問を吐き出す。

「何で俺なんだ。知ってるだろ、俺が誰とも付き合ったこと無いの」

妙に威張った口調で、竹村は言った。幼馴染なんだからさ、と、音に乗せてない暗黙の一言が届く。勿論知っている。クラスが離れた事なら幾らかあるが、隣同士の家の子に生まれて十六年、私達が別々の教育機関に通ったことは一度も無かったのだ。妹も、二つ下の学年に必ず在籍している。竹村が裏でこそこそ交際してたりなんかしていない限りは、彼は今まで数回あったチャンスを全て棒に振って、独り身の将来へ着々と経験値を溜めこんでいた。勿体無いなとその都度声をかけたが、そう言うときの竹村は、どこか深刻な表情を浮かべているので、安易に茶化し続けるのは憚られていた。

とは言え、この場合は。というか、この場合に限っては、竹村に交際の経験があるかどうかなんて大した問題では無かった。あるにしても、告白に対する耐性があるかどうかってくらいの事か。

「別に手助けしろって言ってるんじゃないんだし、少しくらい話してやってよ」

相当な不利益が無ければそれなりの押しで押し切られる男、竹村に、よって私は詰みの一手を打つ。予想通り、複雑そうな顔をしながらも、最後には私の頼みを承諾してくれた。

「しかし、あの梢ちゃんに好きな男ねぇ。並み居る男連中を滅多切りにしてたビジョンしか浮かばないけどな」

「同感だよ」

私だって驚いた。驚かないはずが無い。

「でも、あの子なら自力であっさり告白しちゃいそうなもんだけどな。告られるのには慣れてても、その逆には奥手なのか」

ふぅむと腕を組む竹村。それだって同感だ。下校の道中、互いの家もいよいよ近くなってきたところで、竹村は「そういやさ」と切り出した。立て板に水。良く喋るやつだ。

「梢ちゃんの好きな男って、誰なんだ?」

「知らない」

嘘だった。


 *

 昨日の夜、ドライヤーを駆使して長ったらしい髪を丁度乾かしきった頃、洗面所のドアが開いて、入ってきた梢と私の視線が鏡を介して合わさった。お互いなんとなく固まり、飽きてきたので立ち去ろうとしたタイミングで、梢の目つきが不意に変わるのを、どうしてか私は感じられた。何か言おうとしているけれど、切り出す言葉が見つからないようだ。

「何、これ使う?」

今まさに仕舞おうとしていたドライヤーを揺らして尋ねる。「ううん」あっさり否定された。まぁそうだろう。

「梢は髪短いもんな。あぁくそ、私も切ろうかなばっさり」

鬱陶しくてかなわないのだ。梢くらいの、肩にかかる程度のショートカットにしても良いけれど、ううむ、彼女のような可愛げあるヘアスタイルは、まるで私には似合わないだろうし。真似することも無いか。

「勿体無いよ。お姉ちゃん髪綺麗なのに」

「嬉しいこと言うね。梢に言われるくらいじゃ、そうしようかな」

「うん、そうだよ」

言って、梢は笑みを浮かべた。反則級の、姉にすら劣等感を抱かせる可愛らしい表情。そっか、それじゃあと彼女の脇を抜けようとすると、不意に、ほとんど力の入ってない指で服の裾を引っ張られた。驚いて振り返ると、言うべきかどうか、何か迷っているかのような目で、梢は私を見上げている。「なに?」と、出来る限り優しい声で尋ねる。もう一度迷いに瞳を揺らしてから、梢はやっと口を開いた。

「好きな人がいるんだよね」

「へぇ」

これには素直に驚いた。今まで言い寄ってきた一桁で納まらない数の男を振ってきたこの妹が、恋、ね。

しかし相談する相手を間違えているだろう、妹よ。あなたの姉は男女交際の経験なんてありませんよ。

「それで、ね」

一言ずつ、確認するかのように、梢は言を紡いでいった。そして実のところ、この場合、彼女が相談相手に私を選んだことは、それ以外考えられない程に正しかったのだった。簡単な話。

「告白する決心がついたから、呼んで欲しいんだ。……その、えっと、霧人、くんを」

竹村 霧人。腐れ縁の隣人にして、私の幼馴染。私達の、幼馴染。

「……へぇ」

それはまた意外な、と言おうとして、止めた。思い返してみるとさほど意外なことでも無いように思える。昔から梢は、彼によく懐いていたし。今になって恋愛感情に成ったとて、それほど不思議ではあるまい。分かったよ、明日放課後連れくてると伝えて、どもる妹を後に、私は部屋に戻った。

眠い、寝よう。


 *

 家に居るのはどうやら梢だけらしかった。ただいまと一声かけると、彼女の部屋がある上の階から「おかえり」と平坦な声が返ってきた。努めて平静を保っているらしい。後から入ってきた竹村を促してリビングに通すと、私はひとまず荷物を置きに階段を上った。私の部屋は、梢の部屋の隣にある。竹村家と面している方角で日当たりが悪いため、冬休みも直前に見えてきたこの時期は寒さもひとしおだ。部屋に入って、灯油ストーブの電源を入れてからまた廊下に出る。日当たり良好な隣室をノックして、梢に声をかけた。

「竹村、来たよ」

「う、うん」

珍しく緊張した面持ちの梢が部屋を出てきた。扉の開く瞬間、空調の暖気が少しだけ漏れてきた。妹の部屋にはエアコンで、姉の私は灯油ストーブ。ゆっくりと温まるそっちが好きな私は自ら選んで灯油ストーブを使っているけれど、色々な面で、梢の周りの環境は私のそれを凌駕する。そのまま姉妹の優劣を現しているかのような、そんな錯覚を覚えた。梢は、この妹は、優劣がどうのなんて考えたことも無いのだろう。手前勝手な自嘲。彼女からしてみれば、良い迷惑かも知れないけど。

「お茶淹れてくから、先にリビング行ってて」

言って、やはり神妙にうなずく梢に背を向け、私は先に下へ降りる。リビングを通り越して、その先のキッチンへ足を運んだ。

竹村ごときに紅茶だのなんだのを用意してやる義理も無いので、水出しの麦茶をグラスに注いで、てきとうに見繕った菓子と一緒に持っていくことにする。リビングに入る手前、梢と竹村の話し声が聞こえて、無意識のうちに、私の足は止まっていた。自然と息を潜めて、聴覚が鋭敏になる。我ながら野次馬気質なものだと思う。……何をしてるんだ、私。

「梢、竹村、お茶淹れたから飲め」

軽い調子で言いながら、彼と彼女の間のテーブルに、載せてきたお盆ごと置いてやる。グラスの数を見た竹村は、目敏く問いかけてきた。

「なぁ、欅のは?」

「要らないよ。どうせもう部屋戻るし。ちゃんと話聞いてやれよ、竹村」

「え、おい!?」

戸惑う竹村にひらひら手を振り、とっとと退室する。梢の緊張が増す感じがした。まったく、なんだかんだで初心な娘である。

部屋に戻ると、点けておいたストーブの熱が部屋中を包んでいた。踏み入れるだけで、私の全身もあっという間に暖気にとらわれる。なんとなく何をする気にもなれなくて、学校帰りの制服のまま、ベッドに転がった。ストーブの熱も、私の中身までは温めてくれない。


 *

 目が覚めたのは十時過ぎだった。何時の間に眠っていたのか知れないけれど、取り敢えず洗面所に行ってぼぅっとする脳を覚醒させる。リビングに出ると、母が夕飯を用意してくれた。二、三言会話を交わして、結局部屋に戻った。なんだか自分がおかしい気がする。少しだけ考えて、馬鹿らしくて止めた。出すつもりの無い答えなんて、一生思考したところで解りはしないから。

眠い、寝よう。


 *

 「それはあんた、『恋ぞ積りて淵となりぬる』、でしょ」

翌日、学校、昼休み。普段なら登校の時点で顔を合わせるはずの竹村とは、私がいつもと時間をずらしたので会っていない。梢とは勿論会っているけど、昨日の事は聞いていなかった。虚しい気持ちのままに今まで、高二に上がってから知り合ってなんとなくウマが合う友人、修子に相談してみたところ、この反応である。文藝部員の彼女はよくよく百人一首の句を会話に引用するのだが、『百敷や~』の句しか覚えていない上に古典の成績も並みな私は毎度よろしく首をひねる。

「簡単に言うとね、恋よ、ただの」

「誰が誰に?」

「そこまで教えてあげなきゃいけないわけ?」

質問に質問で返された。あと四半年ほどで一年になる付き合いになるけれど、修子はどうにも、観察力が異様に高いように思える。いただけないな、全く。

「家族にも……妹にも、看破されなかったのに」

「ふふん、私を誰だと思ってるわけ?」

『それ』を認めた私に、修子は得意気に振舞ってみせる。直ぐに表情を戻すと、低く作った声音で聞いてきた。

「どうするの、欅」

「……どうもしないけど」

だって、どうしろというのだ。幼馴染で、腐れ縁で、可愛い妹の想い人で。そして昔から、好きだった奴。今更本当に、どうしろって。

黙りこんで俯く私に、修子はあからさまにため息を吐いた。

「竹に雀って知ってる?」

「……? 梅に鶯じゃなくて?」

「似たようなもの。松に鶴とか、柳に燕なんてのもあるけど、この場合は竹に雀が最適かな」

「どういう意味さ」

「つまり、竹村とあんたは相性良いと思うよっつってんの」

さらに分からない。竹村が『竹』って言うのは分かるけど、私の何処に雀の要素があると言うのか。

「雀ってね、別名『機織鳥』っていうの。理解した?」

なるほど。頷いて、でも、と思う。だったら、梢だって当てはまる。それに、そんなこじつけ。

「はぁ……。あのね、私なりに元気づけようとしたわけよ、今。つーかあんた、元々そんな乙女思想じゃなかったでしょうが」

ぴしゃりと言って、修子は腕を組んだ。「自分の博識を見せびらかしたい思惑もあったけど」……おい。

「欅」

綺麗な響きで呼ばれて、私は友人の顔を見直す。実は学年でも知らない人はいないぐらいの美少女な修子は、それに見合う美しい笑みで私を見やっていた。身長百六十五センチ強の私より十センチ以上も小さい小柄な彼女の手が、座っている私の頭に置かれる。ちょっと撫でられた。得意気だった。払い除けてやる。

「うん、リアル三角関係なんて、しかも幼馴染と姉妹とか、どう考えたってネタにしかならないけど。あのね、勝率の計算もしてない癖に遠慮するなんて、何様って思うのよ。勝負に出たら勝てるけどって、自信満々な上から目線に他ならないじゃない。どうなの?」

「違う。勝率の計算なら出来てるよ」

「ふぅん?」

「あの妹に、私が勝てるところなんて一つも無い」

本当に、一つも。人間の魅力として、既に彼我の間には決定的な差がある。勝つ負けるなんて、そんな話にもならないだろう。

「身長、年齢、運動能力。最後のはあんたの場合ちょっと出来過ぎな気もするけれど、ほとんど考えるまでも無く勝っているところなんて幾つかは出てくるものよ」

「……」

「それに、距離。クラスどころか学年で噂になるくらいあんた達の距離は近く見えるんだよね。妹ちゃんのことそんな知らないけど、少なくともあんたより頻繁に会ってるとは思えないわ」

それ以上、修子は言葉を続けなかった。言うべきことは言い切ったとばかりに、じっと私の目を覗き込んでいる。何を言われているのかは分かっていた。面倒なことで悩んでる暇があったらとっとと玉砕でもなんでもしてこいと、そういうことだろう。足りないのは覚悟だけで、修子は私に問い詰めている。まだ覚悟は出来ないの?

うだうだと私は考え込んで、纏まりのつかない思考は指揮者のいないオーケストラのごとく、ばらばらな答えを撒き散らしていた。「あぁもうっ」我慢の限界とでも言いたげに、修子はガタガタ音を立てて乱暴に立ちあがった。苛立たしげながらそれでも冷静に、閉じていた口を開く。

「『未だ文も見ず天橋立』。……本当は『母は遠い異国の地にいるから、私を助けようと代わりの歌を送っていたとして、届いているような距離ではありませんよ』みたいな意味だけどね」

一息置いて、修子はまた椅子に座り直した。目線は、私から離れない。

「勝手に距離をとって聞きたくない答えから逃げ続けて、それで敗北者面してるんじゃないわよ。あんたはまだ、妹ちゃんと同じ土俵にすら立ってない」

痛烈な言葉だった。痛烈で、そして実際に酷く痛かった。分かっている。憶病な恋心の存在も、梢に対して勝手に劣等意識を背負っている愚かな思考の存在も。

尚も返せる言葉が見当たらずに脳内だけで右往左往を繰り返し続けていると、いよいよもってあきれ果てたとでも言いたげに、修子は呟いた。

「……女々しいぞ欅」

「女だからね。……でも、無理だ、修子。ありがち過ぎて文藝部員に語るのは幾分か憚られるような想いなんだけど、私は、あいつ、竹村との今の関係を、失いたくないんだよ。梢とのそれも、勿論。勝った負けたの話しになったにしたら、もうそればっかりは取り返せなくなるから」

「両手に抱えるって考えは、そもそも無いわけ?」

「……私にそんな器は無い」

それこそ無理だ。恋愛沙汰のいざこざは、ちょっとした喧嘩とは深さが違うだろう。想いの深さが深いほど、生まれる溝も深くなる。失わないためには、保つしかないのだ。何時までも。

「……全然駄目ね。まだ分かってない」

「何が」

「状況が、よ。あんたのその願いが叶う段階じゃ、既に無いのよ、今。……だってその妹ちゃんは、もう竹村に告っちゃったんでしょ? 結果がどうあったにせよ、彼女らの中ではもうあんたの望む関係は壊れ終えてるわ」

あんたが取れる行動は、妹ちゃんと同じ土俵に立つか、それとも試合を諦めて恋を捨てるか、二つに一つなの。そう続けて、修子はいま一度、私の目を覗き込んだ。

「諦めれるような恋じゃないんでしょ? もう。だったら、格好なんて捨てなさいよ。あんたが本気で悩みこむような事態なんて、そうそうあるものじゃないんだから。とっとと行って、正面から掠め取っちゃえばいいのよ」

「……そう、かな。……そうだよな……」

敵わないと思う。もしもこの恋のライバルが梢で無く修子なら、既に勝敗は喫していただろう。本当に、良い友人だった。

憶病心が消え去ったわけじゃないけど。

吹きつける憶病風は、小さな雀の羽で切っていこう。次の木へ、留まりたい処へ。

「あ、玉砕しても責任はとらないからね、そこんとこはよろしく」

「分かってるよ、馬鹿」

水をさされた。ほんとにもう、この女は。ありがとう、修子。


 *

 ちょっと用があるから屋上以降と、丁度クラス外の友人の元から教室に戻ってきた竹村に声を書けると、彼は急に話しかけた私を見て一瞬呆けた顔をしたが、二つ返事で頷いて横並びに階段を上がってきた。

季節が季節なので、人気の昼食場である屋上も、今はまるで人気が無く閑散とした様子である。

さて、竹村を呼び出してからここに来る道中において、私は看過できない問題を抱えていた。

勢い勇んで告白の決心をばしたものの、そういえば、こいつは既に梢と付き合っている、彼氏彼女の関係である可能性が多大にあるのだ。保留している確率も無くは無いが、それにしたって、どう言葉を選べばいいのだろう。ここまできて今更とも思うが、完全な準備不足だ。心も、話すべき内容も。

 果たして、(私だけ一方的に)気まずいこの空間で、悶々と考え込む私より先に発言したのは竹村だった。

「朝、さ。置いて行かれたみたいだから、何か怒らせたのかと思ってるんだけど」

「それは、その、なんだろう、ちがうよ。ごめん、私が、勝手に色々あって」

「そっか。なら良かった」

言葉通り、安堵の表情を浮かべて息を吐く。そうだった。そう言えば、昨日竹村がいつ帰って行ったのかも私は知らない。梢に頼まれていたからとは言え自ら呼んで連れて行った手前、見送りの一つも無しでは心象が悪いのも当然だろう。それこそ、怒ってなんかしてない限りは。

「用ってなんだよ、欅」

一拍分くらい間隔を置いてから本題を切り出してきたのも竹村だった。それもそうだ、こいつか今の私の葛藤なんて知る由も無い。言わなきゃ。でも、まだ。

「えっと。そうだ、竹村、結局、梢にはちゃんとアドバイスしてあげられた?」

咄嗟に出たのは話を逸らす台詞で、しかし気付く。逸らすどころか、全力で本題だった。しかも、迂遠なところから話を聞いて、多分私は、竹村が梢と付き合っていると知れば告白を取り止めるつもりなんだろう。なんて浅はかな自意識かとは思うけど、一度声に乗せた言葉は戻ってこない。

「ん? ああ、いや、それなんだけどさ」

言いづらそうに頭を掻く竹村に心臓が落ち着きをなくすのを感じる。遮ろうとする声を必死に押し込めて、私は続く言葉を待った。

「アドバイスするはずだったんだけどな、なんか話してる内に俺の恋愛相談になっちまってたんだ。いや、本当にゴメン。梢ちゃんにも謝ったけど、悪かったな、力になれなくて」

「……はぁ?」

理解が追いつかなくて、素っ頓狂な反応を返してしまう。意味が分からない。じゃあ、つまり梢は、告白できなかったのか? なんだろうこの状況。これは、私が告白したら抜け駆けってことになるんじゃなかろうか。いや、梢は私の気持ちなんて知らないから、横から奪い取ることになるのか。それこそ先の修子の言葉通り、「掠め取る」ことに。

「それで、梢ちゃんに発破かけられたんだよ」

訳も分からず悩みこむ私に構わず、竹村は独白を続ける。発破をかけられた、というと、こいつも告白の決心をさせられたということだろうか。いや、待て、誰に。

「お前、竹村、好きな奴なんていたの?」

狼狽と緊張に乾く喉で、無理に言葉を紡ぐ。なんでそこに気付かなかったのだろう、私が梢に勝てるかどうかなんて、まったくもって問題外だ。

思い返してみれば、伏線は数年にわたって張り巡らされていた。彼は幾度となく誰かからの告白を受けて、それが誰であろうが一瞬の躊躇いも無く振ってきたでは無いか。そして、それを私が茶化した時の表情を思い出せば、他に想い人がいることくらい容易に想像がつく。

「好きな子なんてって、お前なぁ。何年一緒に居るんだ、それくらい分かれよ」

「そんな横暴な。大体、お前はそういうこと全然話そうとしなかっただろ」

「……そうだな。怖かったんだよ、振られるのがじゃなくて、それでそれまでの関係が崩れるのが」

「え?」

聞いたことあるような話だと思ったら、他でも無く自分のことだった。困惑する。こいつに、そんな仲の良い女友達なんかいたっけ。

「本気で言ってるのかよ、欅。……だよなぁ、だってお前、今の今までまるで気にしてすらなかったしな」

要領を得ない事を言って、「最早挫けそうだ」とかぼやきつつ頭を抱える。しばらく唸ってから顔を上げると、竹村は急に真剣な面持ちで真っ直ぐ私に目を合わせ、力強く肩を掴んできた。

「な、んだよ、痛いって、竹村」

視線を逸らして身を捩るが、一向に彼は動じない。本当、なんなんだよ。

「欅」

「っ」

修子の程綺麗でもなんでもないけれど、私にとっては彼女のそれの何倍も力のある声で、私の名が呼ばれた。捉えられた視線から逃れることすらできなくなって、意味も無く泣きたくなってくる。

「俺、欅の事好きだ。眼中にも無かったのかも知らねぇけど、相当前から、ずっと。だから、欅、俺と付き合って下さい」

何時の間にか私の両肩から手を外して、竹村はかすかに頭を下げた。思考が止まる。堪えられていた涙が、ついに堪え切れずこぼれおちた。竹村の狼狽した様子が滲んで見えた。立っているのがつらくなって、冷たい地面に、そのまま座りこんだ。何言ってるんだよ、今更。

「馬鹿ぁ……」

我ながら情けない声が出る。気にする気にもなれず、とめどなく溢れる涙に目元を押さえながら私は暫く「馬鹿」を繰り返し続けていた。

どのくらいか経って、既に午後の授業の始業チャイムも鳴り終えて久しく、ようやく落ち着きの半分くらいを取り戻した私は、やっぱりそこで待っていてくれた幼馴染に向けて口を開く。

「遅いんだよ、馬鹿」

ほんとに遅い。何年も遅い。上の方から降ってくる彼の「まだ言うか」なんて言葉を聞きながら、その腕に縋りつくようにして立ち上がる。気にしていなかった寒さが今更とばかりに攻めてきて、思わず身を震わせた。

「ほら」

ふわり、と。こんな時ばかり良く気がつく彼の学ランが、私の肩に掛けられた。修子と私くらい身長差のある顔を見上げる。固い表情をしているのが見てとれた。馬鹿な奴。

「あの、さ、欅。俺は告白をしてしまったわけだし、返事が欲しいかなって、思うんだけど。いや、別に焦るこたぁ無いぞ、結論を急くことも無い」

重ねて、馬鹿な奴。ここまで引っ張っておいて、まだ引き延ばす気なのか。

私が彼を名前で呼ばなくなったのは、小学校の高学年の頃からだった。初めて人間が男女の違いを意識する時期に、当然のように、私は彼を意識して呼び捨てられなくなっていった。

なんだかなぁ。修子、私は、実はかなり昔から乙女思想だったみたいだよ。

「欅さん?」

訝しげな声。そうだとう、多分私は今、笑っているだろうから。

「言ったろ」

「ん?」

「遅いんだよ。……霧人」

「……あー。ははっ、ごめんな、欅」

「いいよ、もう」

お互い微笑んで、視線を交わす。馬鹿みたいだなと思った。

「それよりさ、霧人」

「なんだよ」

「……まだ、ちょっと寒いかな」

「仰せのままに」

馬鹿みたいだなと思ったけれど。幼少以来の彼の手は、あのストーブよりも温かかったから。まぁ、いいんじゃないかな。


 *

 人工の光にばかり照らされる夜道を辿って、部活を終えた私は独り帰路につく。季節無用の厳しいロードワークでかいた汗が、冷たい空気に撫でられていっそう肌寒く感じられた。風邪引きそうだよ、もう。

心中一人毒づいて、よし、決めた、家まで走ろう。早く帰ってあのお姉ちゃんの面倒を見てあげなきゃならないし。一昨日の夜からの様子を見ても、私の想像は当たってるに違いない。普段はあんなにカッコ良くてキレイなあのお姉ちゃんが、あれだけ弱っていたのだ。まったく、自分自身そんなに含蓄のある方じゃないけど、あの人達に比べれば恋愛に対する能力は格段に高いだろう。付き合わされる私の身にもなって欲しいな。

 玄関の戸を開ける頃には、良い感じに息が上がっていた。呼吸を整えながら部屋まで行って、鞄とコートをベッドに投げだす。ぐあ、暖房の効いてないこの部屋じゃ、また汗ひいて冷えるじゃん。

予定変更。本当なら制服から着替えてから訪問するつもりだったけど、先にお姉ちゃんの部屋に行ってしまおう。お姉ちゃんはとっくに帰ってるみたいだし、それならあの部屋はストーブが点いてるだろう。さて、手のかかる姉の恋愛相談を始めようかな。



 霧人くんに同じく発破をかけてあげるつもりだったのに、お姉ちゃんの部屋に行った時、その表情が一瞬気まずそうに歪んだ。おや、と思う。もしかして、かけるまでもなく落ちついちゃった?

私と自分の想いが重なっちゃってることに対して迷っているように見えない事も無いけれど、でもこれは多分、後ろめたいとか、遠慮とか、そう言うときの表情だ。一つ屋根の下でずっと暮らしてるんだから、それくらいの区別はつく。そっかそっか。霧人君が予想以上に頑張ったのか、お姉ちゃんに何かあったのか。

どう伝えるべきかと逡巡しているらしいお姉ちゃんはひとまず無視して、私は部屋の隅に居座るストーブに手を翳した。冷えた身体がじわりと温まっていく。

「ストーブ、良いよね」

「……エアコンの方が良いでしょ。換気の必要も無いし」

「いや、それでも、なんか良いよね。じわっとくる」

「取り換えてやろうか、いっそ部屋ごと」

「それは別の話だよ、お姉ちゃん」

たまに触れるくらいならまだしも、文明の利器に生活の大概を握られ済みの私には、毎日のひと手間は些か面倒に過ぎる。こうして人は堕落していくんだだなぁ私の事だけれど。そんなところも、お姉ちゃんの魅力なのかなと思った。ううん、二人とも、だ。お姉ちゃんも霧人くんも、二人とも。だから手間がかかるんだよね。とはいえ、やっぱり、偶には良いのかな、なんて。

「なぁ、梢」

やがて、おずおずと、お姉ちゃんは窺うように声をかけてきた。「うん?」と、聞き役の見本品のごとき反応を返すと、お姉ちゃんはまた少し目線を泳がしてから、小さな声で先を続けた。

「霧人と、付き合うことになった」

「やっとだ、おめでとう」

「は?」

間髪いれずに祝言を述べて、ストーブの傍から離れる。色々と聞かれる前に、全部言ってしまおう。

「手のかかるお姉ちゃんだよね、ホント」

にっこり笑顔の私に呆けたような表情を見せるお姉ちゃんを背に、ドアノブに手をかける。廊下と部屋の温度差に僅かに退室を躊躇してから、去り際の私はまた笑う。

「私、演劇部なんだよ、お姉ちゃん」

一世一代の名演技。ドアを閉めて、慎ましげに存在を主張する想いは目につかないようフタをして、一つ隣の部屋へ戻る。全身の力を抜いてベッドに倒れ込むと、心臓が圧迫されるような感じに襲われた。

 こればっかりは仕方が無い。どうあったところで、私自身が、きっと他の誰よりも、二人ともが大好きだから。馬鹿な自分と鈍感なお姉ちゃんと霧人くん、皆を少しずつ嫌いになってそれでもまだ好きなままで、この件は片付いた。……つもりだったのにさ。

「ごめん、梢。ありがとう」

ドア越しに届いた声が、私に少しの嫌いすらも抱かせてくれないみたいだった。お見通し、か。お互いにね。

欅と梢、欅の梢。嫌おうにも嫌えない、離れようにも離れられない、支えてるのに支えられてるような、そんな関係。

大好きなお姉ちゃんと、それから私の、だからこれは、大きな姉妹愛の物語。

読了ありがとうございました。

梢が自分を殺して他を支えて、竹村が決意をし、欅も一歩、進みます。三角関係の後の姉妹愛の話。

少しでも楽しんでいただけたならば幸いです。


感想評価等入れていただければ嬉しい限りにございます。それでは。

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