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母親の仮面を付けた悪魔

作者: 岩隈大介
掲載日:2026/07/04

 テレビのニュースで「九十四歳の母親に暴行したとして六十四歳の息子が逮捕されました」と連行される男の映像が放送されていた。息子の自供から、粗相をした認知症を患っていた母親を風呂場に連れて行くため、階段から引きずり降ろした際に途中から落下し頭を強打し母親は緊急搬送されたがその後死亡したとアナウンサーが伝えていた。画面は現場レポーターに切り替わった。レポーターは事件現場の住宅近くの人々にインタビューしていた。マイクを向けられた人は

「息子は介護していたようですが、周辺では怒鳴り声が毎日のように響いていました」周りにいる野次馬に会話が聞こえるようにインタビューをしているため、目の前の住宅で何が起こったのかということが、周りにいる人たちに伝わっているようだ。

「九十四歳の母親にけがをさせた傷害の疑いで逮捕された容疑者。現場は東京の住宅です。 杉本容疑者は母親を風呂場に連れて行く時、階段を引きずり下ろし、けがをさせた疑いが持たれています」レポーターは再びマイクからこぼれるような大きな声で実況をしている。そのマイクを再び周りの人たちに向け、周辺住民へのインタビューは続く「なんで俺に迷惑掛けるんだ」「何回言ったら分かるんだ」マイクを向けられた人が「容疑者の自宅前を通りながら聞こえた」と答え、レポーターは「怒鳴り声はいつごろから?」「そんな前じゃない。一年くらい前からですね」

「そうなんですか?」口元に延ばされたマイクで思い出したのだろうか「頻繁になったのは、そのくらい。その前まではおばあちゃん、元気に自転車で外に出ていた」

「そうなんですか」

「怒鳴り声は一日のなかでも何回も聞こえていた。お前は俺がいないと生きていけないぞみたいな」

レポーターの周りには、わたしにもマイクを向けてくれと言わんばかりに、視線を向けている人が数人いた。それに気がついたレポーターがその人たちにマイクを向け次々に質問をしていた。

「わたしがお母さんを見たのは認知症が進んできたころ、迷子になったりすると『また息子に怒られるわ』と言っていた」

「物干しで干したりしていると、大きな声で怒鳴っている声は聞いた。『枕をどこへやった』とか、暖かい時だと『俺のシャツはどこへやったんだ』とか。息子さんも病気かなんかして働けないような体だと聞いた。おばあちゃんも可哀想だし、息子さんも大変だと思っていました」

わたしは他人事とは思えない気持ちになり、チャンネルを変えたが、別のテレビ番組でも、逮捕された容疑者の様子を見てきたかのように伝えていた。

取り調べに対し、衣服を汚した母を風呂場に連れていく際のことを「一番早くたどり着けると思ったからやった。暴行した認識はなかった。憤りを感じた」と供述しています。尚警視庁は司法解剖して死因を詳しく調べることにしています。

認知症の母親を階段から引きずり下ろして頭にけがをさせたとして、警視庁は職業不詳、容疑者六四歳を傷害容疑で逮捕した。九十四歳の母親はその後に意識が薄れ、搬送先の病院で死亡した。警察の発表によると、容疑者は重子さんの介護をしており、二人暮らし。午前一時四十五分ごろに自ら「母親の意識がもうろうとしている」と一一九番。母親の体にあざがあり、息子本人が「以前も手を出したことがあった」と話したため、救急隊員が一一〇番した。 逮捕容疑は一日未明、母親を自宅二階から階段を引きずり下ろして後頭部を強打させ、けがをさせたとしている。「母親が便を漏らし、寝室から風呂場に早く連れて行きたかった。引きずったが暴行するつもりはなかった」と供述しているという。 警察は死因を調べ、容疑を傷害致死に切り替えることも検討すると発表している。

チャンネルを変えてもほとんどのワイドショーはこの事件の事を永遠と伝えていたので、わたしは耐え切れずテレビの電源を切った。

わたしも同じような環境で生活している。痴ほう症の母親の世話は当事者にしかわからないだろう。病気で仕方がないということを理解はできても、感情ではうまく対応できないことは、誰でもあります。怒ってはいけない、追求しすぎては良くないと思ってはいても、ついカッとなってしまう事もあります。実際にわたしの家の壁やふすまの表面は穴だらけである。何度注意しても同じことを繰り返したくさんのストレスを与えてくれる。朝起きると家中の電気を付けたり、人がトイレに入るとトントンとトイレのドアをたたいたり、買い物へ行こうと玄関で靴を履き始めると「どこへ行くの? いつ帰るの?」といつものセリフ、外出から戻ると冷蔵庫の中の食材を食べあさった跡が、リモートで仕事をしているが、パソコンの画面を開いたと同時に部屋に入ってきてパソコンの周りをウロウロとし始める。その他数えきれないほどのイライラがたまる毎日。怒りが溢れ出てきたときわたしのこぶしは家の壁に向かい穴をあけている。時には腫れあがったこぶしからの流血や骨の痛みで苦しみ後悔し泣いてばかりの日が続いています。

 冷蔵庫を簡単に開けられないようにチャイルドロックをすること等をしていても、冷蔵庫以外の収納ボックスを見つけ出し食べ荒らす。今では平気でロックを外しロックは解除されている。

最近は、一段と知恵がついてきたので、コソコソと人の目を盗んだり、外出してる時を狙って食べつくしてしまう。小柄な体系なのに食パンを平気で一斤、ジャムは一日一瓶を食べつくしてしまう。だから、母に食べられそうなものは隠している。冷蔵庫の奥の方に隠したり。 でも、母は冷蔵庫をくまなく物色し、必ず見つけだす。母の嗅覚?と言うかなんと言いますか、とにかくつまみ食いできるものを探す能力だけは凄い。

ここ最近、母の食欲が、もっともっとすごくなってきた。母の好物を置いていると一日も経たないうちになくなっている。ある夜、なにやら台所から物音がするので見に行ってみると、そこには割れ壊れた卵やこぼれた牛乳を拭いている母の姿があった。牛乳は一日で一リットルを飲み干してしまう。それが原因なのだろうか、何時もトイレの便器は汚物で汚れている。

正直なところ、母にはムダに冷蔵庫を開けて欲しくありません。過食につながりますし、それが更なる高血圧を招いて、健康に悪影響を及ぼすかもしれないからです。

最近では家の中のあちこちから異臭が、家に入ると花粉の季節ではないのに、透明の水のような鼻水が止まらない。

とにかく臭い。 消臭剤を大量に買い家中に置いたり、吊るすタイプ、壁に貼るタイプ、スプレーなど全て活用。香料入りだと臭いが混ざってもっと不快になるので、無香料で消臭効果が高いのを設置しているが臭いはそれ以上に強い。何年か前、母親のことを親戚に相談したことがあったが「あなたは子供のころから大切に育てられたのだから、恩返しするのはあたりまえよ」と言われ、なんの解決にもならなかった。それ以来親戚とは疎遠になってしまった。介護において毎日のため息が増えていく、六十五歳になり年金がもらえるようになったが、月六万円ではリモートの仕事を続けていかなければ生活は苦しい。近所の人は介護施設の利用も進めてくれるが、金銭的な負担を考えると難しい。

最近自分自身の体調にも変化が、胃が痛い、病院へ行く時間もなく、薬局で胃腸薬を購入して治療しているが、胃腸以外にも病魔が浸透しているようで本当に苦しい。そして何より辛いのが臭いです。 外出先から戻ると母の匂いでいっぱいになった玄関口で吐きそうになります。窓を開けて、換気扇を回して食事を作って、その匂いで自分をごまかしています。

窓を開けて、換気扇を回して食事を作って、その匂いで自分をごまかしながら、わたしの人生はなんだったのか? 結婚もせず、自分の自由な時間をほとんど介護の為時間を使ってきた。二十代の時に、人工透析をする父を病院まで送迎、何年もそのことに自分の時間をささげてきた。

顔色が黄だん状態で悪くなってきた父が、膵臓癌で亡くなり、そのあとは母の介護の為の日々が続く、「あぁーあ」ため息ばかり出る毎日、今日もわたしのこぶしからの流血、壁には新しい穴が開いている、

洗面所で手の血を洗い流している時、何気なく見た鏡に父さんの顔が、ハッとしたが違った。それは疲れ切ったわたしの顔だった。あぁーあ、またため息が出てくる。母に気が付かれぬよう夕食の食材を買いに出かけ、帰宅すると洗面台の前で母が倒れていた。わたしは慌てて一一九番に電話をかけ、救急車を呼んだ。救急車に同上し救急病院へと、車内では、救急隊員より母の服用している薬、日ごろの状態を聞かれ、血圧等を測定していた。救急車が病院に到着し、わたしは母が乗せられたストレッチャーの後を追いかけるように歩いていた。

遠くの方から、わたしの名前が呼ばれている。いつの間にか、わたしは居眠りしてしまったようだ。いや違う、病院のベットに寝ていた。看護師さんが目を覚ましたわたしに気が付き声を掛けてくれた。「お母さんが搬送されたとき、あなたは待合室で気をうしなったんですよ」「えっ、母の具合はどうなりました」

「今先生を呼んでいますので、詳しいことは先生がお話いたします」それから数分後に白衣を着た先生がわたしのベット横に「母の具合はいかがですか?」しばらく無言の先生の口から「すい臓がんステージⅣ、胃にも癌がまん延していて、きわめて重篤です」「余命で言うと?」「一ヵ月前後です。顔にも黄だんが出ていて、なんでもっと早くに病院へ来なかったのですか?」

「すいませんでした。母はなかなかいうことを聞いてくれなくて」

「違いますよ、あなたのことですよ、余命一ヵ月というのは」     終わり


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― 新着の感想 ―
最後になんともいえない気持ちになりました。 現代の介護のリアルだと思いました。 これがどこかでおこっていてもおかしくないと。 何が正解なのか。 答えが出ない。面白いとも難しいけど惹かれる作品でした。
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