第3話 合理的な選択
通路の奥を覗き込むと、そこには二体の魔物がいた。
一体はゴブリン。そしてもう一体は見たことのない魔物だった。背は低いが全身が黒ずんだ皮膚に覆われ、長い腕を地面に垂らしている。目だけがぎらぎらと赤く光っていた。
「鑑定」
視界にウィンドウが浮かぶ。
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【ゴブリンダーク】
Lv:7
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「レベル7?」
今まで見た魔物より明らかに高いレベル。そんなモンスターと対峙しているのは、さっき校庭で声をかけてきた同級生、佐藤だった。
佐藤は必死に後ずさりしている。だが洞窟の壁にぶつかり、それ以上下がれない。ゴブリンが棍棒を振り上げ、ゴブリンダークもゆっくり距離を詰めていた。
僕は少し離れた通路の影から、その様子を眺める。
「二対一にレベル7か」
僕が落ち着いて状況を観察しているのとは対照的に、佐藤の声は徐々に大きくなっていく。
「くそ、くそが!誰かいないのか?頼む助けてくれ!」
荒い呼吸とともに漏れた声を聞きながら、ゴブリンダークはゆっくりと佐藤に近づき拳を握る。佐藤は必死に後ずさるが、背中はすでに洞窟の壁にぶつかっていた。逃げ場はない。
「くそ……来るな……来るなって!」
震える手で石を拾い投げつけるが、ゴブリンダークの体に当たっても何事もなかったかのように地面へ転がった。
「う、嘘だろ……」
ゴブリンダークが一歩踏み出す。その横でゴブリンが棍棒を振り上げた。完全な二対一。
「面白い」
そう呟くと同時に石を拾う。
「石投げ」
小石が一直線に飛び、ゴブリンダークの額に当たった。だがわずかに頭が揺れただけで、大したダメージは入っていない。ゴブリンダークの視線がゆっくりこちらへ向く。
「やっぱり硬いな」
一歩前に出る。
「佐藤、ゴブリン任せた」
「う、嘘月!?」
佐藤が戸惑った声を上げた瞬間、ゴブリンの棍棒が振り下ろされる。佐藤は慌てて体を横にずらして避けた。
「ちょ、おい嘘月!」
その間にゴブリンダークとの距離を取る。まずは動きを見る。ゴブリンダークが地面を蹴った。
拳が一直線に振り抜かれる。それを体をずらして避ける。
拳が岩壁に叩きつけられ、洞窟が小さく震えた。
「面白い、パワー型か」
後ろへ下がるとゴブリンダークが再び踏み込んでくる。拳を避け蹴りをかわす。ギリギリの距離で時間を稼ぐ。その間も佐藤は必死にゴブリンと戦っていた。
「くそっ……!」
棍棒を避け、壁際で踏ん張る。数度の打ち合いの後、佐藤の振り下ろした一撃がゴブリンの首に当たった。
ゴブリンの体が崩れ落ちる。
「や、やった……!やったぞ嘘月!」
荒い息を吐く佐藤。そしてその瞬間、ゴブリンダークが低く唸った。赤い目がゆっくり佐藤へ向く。
「……やばい」
佐藤の顔から血の気が引いた。ゴブリンダークが地面を蹴り拳を振り下ろす。佐藤が慌てて横へ転がり避けると、拳が地面に叩きつけられ岩が砕けた。
「くそが、二人で囲むぞ。前は任せた」
前へ出て、佐藤に指示を飛ばしながら攻撃した後の隙だらけの体に剣を振り下ろす。刃が黒い皮膚に当たるが、重い感触とともに弾かれた。
「くそ、硬い…!」
ゴブリンダークが腕を振ると、佐藤の体が弾き飛ばされ壁にぶつかった。
「なめやがってッ」
僕はさらに距離を詰め剣を振る。だが手応えは薄い。ゴブリンダークが拳を振り抜く。体をずらしてギリギリのところでかわす。危なかった、そう思った瞬間、ずらした体のわき腹にゴブリンダークの蹴りが刺さる。
「がっ……!」
息が一瞬で抜ける。体が横へ吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられた。
「嘘月、大丈夫か!?」
佐藤の声が飛ぶ。
「なんとかな」
わき腹を押さえながら震える息を整える。剣は通らない。さっき佐藤が撃った魔法も大した効果はなかった。ならこれだ。ポケットからスタンガンを取り出す。
「おい、それ何だよ……!」
「ちょっとした保険だ」
僕は手をかざす。
「水魔法」
地面に水を流す。洞窟の床に広がった水がゴブリンダークの足元まで伸びる。
「佐藤、下がれ!」
スタンガンを水の中に突き刺す。電流が走り、ゴブリンダークの体が一瞬だけ震えた。
「効いた!」
佐藤が叫ぶ。
だが次の瞬間、ゴブリンダークが低く唸る赤い目がさらに強く光り、そのまま地面を蹴った。
拳が振り抜かれる。慌てて体をずらすが衝撃で体が弾き飛ばされた。
全身が軋みもう無理だと言うように呼吸が荒い。胸の奥が焼けるように痛む。
「くそ……」
視界の端にウィンドウが浮かぶ。
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HP:9%
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「9%かよ……」
思わず笑いが漏れる。
そういえばこのスキルは――HPが減るほど強くなる。
「死ぬかもな」
佐藤に聞こえない声で小さく呟く。
「狂乱化」
体の奥で何かが弾けた。血が沸騰したように熱い。筋肉が軋み、視界が赤く染まる。
ゴブリンダークが拳を振り上げ向かってくる。拳が頬をかすめるが気にせず、そのまま剣を振り抜く。
そしてその刃はゴブリンダークの肩を深く切り裂いた。
黒い血が飛び散り、驚いた表情を上げたままゴブリンダークは僕から距離を取った。
「はは、ようやく効いたな。第二ラウンドといこうぜ!」
切っ先を向け高らかに笑いながら距離を詰める。だがゴブリンダークも止まらない。拳が振り抜かれ、
剣の腹で受ける。衝撃で体が後ろへ滑る。それでも笑っていた。
「いいな……!」
しっかりと剣を握り直し、もう一度水魔法を放つ。さっきのスタンガンに怯えたのか一歩下がったその瞬間。
「石投げ」
隠し持っていた石を投げると、とてつもないスピードで一直線に飛び、肩に深く食い込んだ。
「今だ!」
距離を詰め剣を振る。
刃が腕を切り裂いた、それでもゴブリンダークは止まらない。
低く唸り拳を振り上げる。
その瞬間、視界にウィンドウが浮かぶ。
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【警告】
残りHPが3%を切りました
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「…クソがッ!」
時間がない。
どうすれば、目の前の魔物を倒せるのか。瞬時に思考を巡らせる。
ゴブリンダークの拳が振り下ろされ、大きな隙ができる。
「佐藤!いまだ!」
「おおおおっ!」
ゴブリンダークの拳が振り下ろされる。大きな隙が生まれる。
叫びながら、佐藤が僕を追い越し一直線に突っ込み剣を振り上げる。
その背中が、視界いっぱいに広がる。
その瞬間。ほんの一瞬だけ、目が合った。
助かった、そんな目だった。
「――」
僕も後を追うように、踏み込む。
そのまま剣を突き立て、刃が肉を突き刺す感覚が手に響く。
僕はそのまま佐藤の背中ごと、ゴブリンダークの胸を貫いた。
「……え?」
小さな声だった。
佐藤の体がびくりと震える。
剣はそのままゴブリンダークの胸へ深く突き刺さり、黒い血が噴き出した。
ゴブリンダークが低く唸る。
拳が振り上げられる。
「チッ……まだ動くか」
剣を引き抜くと佐藤の体が力なく崩れ落ちた。
だがゴブリンダークは止まらない。
怒り狂ったように拳を振り抜く、だがその拳に先ほどまでの勢いと覇気はなかった。
体をひねって避け、踏み込む。
「これで終わりだ」
剣を振り上げる。
バーサークで強化された腕が唸り、刃が一直線に振り下ろされた。
ゴブリンダークの首が深く裂ける。
黒い血が噴き出し、ぐらりと揺れた。
そしてそのまま地面に崩れ落ち黒い煙となって消えた。
洞窟が静まり返る中、荒い呼吸だけがやけに大きく響いていた。
足元に視線を落とすと、そこには佐藤が倒れていた。
背中を貫かれたまま、かすかに体が震えている。
「……どうして……」
掠れた声だった。
「どうしてだよ……」
血を吐きながらこちらを睨む。
「俺たち……一緒に戦ってたじゃねえか……」
少しだけ考え、肩をすくめた。
「仕方ないだろ」
佐藤の目が揺れる。
「あいつを倒すには、あれしかなかった」
剣を軽く振って血を払う。
「君じゃ勝てなかっただろ?」
佐藤の口がわずかに開く。何か言おうとするが声にならない。
しばらくして、力なく目を閉じた。
洞窟がまた静かになる。
「ようやく、面白くなってきたな。やっぱりこっちのほうが性に合う」
呟いた声は、誰かに聞かれるでもなく薄暗い洞窟の奥へ消えていった。




