第9話 探索者試験②
「これより、実技試験を開始する」
試験官の声が、ダンジョン入口前に響いた。
黒く歪んだ空間が静かに揺れる。
「危険と判断された場合、自衛官が介入する。ただし即時ではない。過信するな」
その一言で、空気がわずかに緩み数人の参加者からは、小さな安堵が漏れる。
「……」
僕は何も言わず、一歩踏み出した。
合図と同時に数人が突入する。続いて中へ入ると、視界が一気に開けた。
草原だった。
見渡す限りの緑。風が草を揺らしている。空は高く、遮るものはない。
一瞬だけ周囲を見る。
「洞窟以外もあるのか……試せそうだな」
すでに戦闘は始まっていた。
「来たぞ!囲め!」
ゴブリンが三体。受験者たちも囲もうとしているが、動きが揃っていない。
初めて会ったであろう、視線がバラバラだ。
その時、奥からもう一体が現れる。
一回り大きい。手には短剣。
「鑑定」
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【ゴブリンリーダー】
Lv:5
スキル
統率
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「なんだあいつ……?」
誰かが呟く。
その瞬間、ゴブリンの動きが変わった。
リーダーが腕を振ると、ゴブリンたちが散開する。
一体が正面に、そして二体が回り込む。
「ちょ、囲まれる!」
一人が足を取られて倒れる。すぐ目の前にゴブリンが迫る。
「く、くそ!早く助けろ!」
「それどころじゃないんだよ!」
倒れた男が叫ぶが、周りの者たちも新たに表れたゴブリンと戦っていた。
距離を測る。
倒れている受験者まで三歩。
間に合う。だが——リーダーがこちらを見てた。
洞窟と違って、ここには何も遮るものがない。
「統率、あいつと同じスキルか…なら」
一瞬だけ手元に視線を落とす。
「アイテムボックス」
空間がわずかに歪み、そこから黒い刃を引き抜く。
軽く握り直し、リーダーに向かって踏み込む。
自分には来ないと確信していたのか、リーダーの反応が遅れる。
「影喰」
黒い刃が振り下ろされ、空気が裂ける。
リーダーが咄嗟に短剣を上げるが——遅い。
刃が叩き込まれる。
「グギャ!」
骨に当たる感触があるが、そのまま押し切る。
リーダーの体が崩れる。
その瞬間、ゴブリンたちの動きが鈍った。
「今だ!」「押せ!」
周囲の受験者たちが一斉に攻める。
さっきまでの連携の無さが嘘のように、押し切る形で一体、また一体と倒れていく。
数分もかからず、戦闘は終わった。
風の音だけが残る。
視線だけを横に向ける。
倒れていた受験者が、地面に転がったまま動かない。
「おい……大丈夫か……?」
近くにいた受験者が駆け寄る。
「なんとか…」
かすれた声。
呼吸は浅いが、止まってはいない。
だがゴブリンに殴られた顔面は、赤く腫れあがっていた。
「おい、お前!」
別の受験者がこちらを睨む。
「それだけ強ければ助けられただろ!」
「そうかもな、だがあいつを先に倒さなければ被害はもっと出たかもな。」
視線は外したまま、淡々と続ける。
「一つの命は軽い」
「お前ッ…!」
「そこまでだ」
拳が僕に向いたその瞬間、低い声が響く。
振り返ると、自衛官が数人、こちらに向けて銃を構えていた。
「武器を下ろせ」
一瞬の静寂。
「何があった」
一人の自衛官が、倒れている受験者と、周囲の状況を見て眉をひそめる。
「ゴブリンリーダーが出た」
誰かが答える。
「リーダーが?」
視線が一斉にこちらへ向く。
「……お前がやったのか?」
「さあな」
肩をすくめ応える。
「まあいい、話は後で聞く。負傷者を運べ」
その一言で担架が運ばれ、倒れた男が出口へと運ばれていく。
「続けるか」
興味を失ったように呟き、またゴブリンへと向かっていった。
△◇△◇
「次は例の彼です」
モニター越しに、草原の映像が映っている。
リーダーが倒れ、戦闘が終わった直後の場面だ。
「現状、彼が仮面である確率はかなり高いと思われます。」
白峰の言葉に、面接官たちは手元の資料を片手にわずかに顔をしかめた。
「噓月空我、寄りにもよってこんな奴が力を手に入れたか。」
唸るように呟いた男に、隣の女が提案する。
「ですが、彼が強いのは間違いない。それこそ国が監視すればいいのでは?」
「白峰君はどう思う?」
問いを向けられ、白峰は一瞬だけモニターへと視線を戻した。
「強いのは事実です。ですがそれ以上に」
手元に置かれた資料に、目を落とし一瞬硬直する。
「彼は危険です」
その一言に、何人かが小さく息を吐いた。
「だろうな」
先ほどの男が頷く。
「では一度保留という形で…」
場の意見をまとめるように、女が呟いた瞬間だった。
「あーちょっと、ええですか?」
この場にそぐわない雰囲気の男が手を挙げた。
「お前は…?」
全員の視線が、男に向いた。
「あ、遅れてすんません。自分ダンジョン対策室の桂木いうもんです。」
ダンジョン対策室と聞いて、視線が白峰へと移った。
それを感じ取ったのか、少し頭を抱えて白峰が口を開く。
「申し訳ございません、桂木はまだ新人で。彼はダンジョンが現れてから、この一週間でダンジョンを攻略した、言わば先行組の一人です。」
「そうか…君が横浜のダンジョンを攻略した…」
白峰の言葉に納得したように男が続ける。
「で、さっき言おうとしたことはなんだね」
「あ、それなんですけど。彼の監視自分に任せてくれません?それなら国も安心でしょ」
軽い調子で言う。
「……ああいうの、嫌いやないんで」
そう提案をする桂木の顔は妙に自信があった。
△◇△◇
「嘘月空我」
名前を呼ばれる。
振り返ると、試験官が一人立っていた。
「面接だ。来い」
その言葉に短く息を吐いて、歩き出す。
案内されるままに建物の中へ入る。
無機質な廊下を進み、ひとつの扉の前で止まった。
「ここだ」
形式だけの言葉を落として中に入る。
その瞬間、外から勢いよく扉が締められる。
「どういうことだ?」
視線だけを向け、警戒態勢をとる。
「まずは一つ、詫びておこう」
男が口を開く。
「呼び出しが遅れた。少し確認に時間がかかってな」
「別に」
興味なさげに返す。
「では——単刀直入に聞く」
空気がわずかに張り詰める。
「嘘月空我」
名前を呼ばれる。
「お前、“仮面”だな?」
一瞬の静寂に視線が集まる。
「それがどうした?」
正面の男が、わずかに目を細めた。
「それは——肯定と取っていいのかな?」
「好きにしろ」
興味なさげに返す。
「……なるほどな」
小さく息を吐く。
「隠す気もない、か」
資料に視線を落とす。
「確認が取れた以上、扱いは変わる。お前は今後、国の管理下に入ってもらう」
「断る」
間を置かずに返す。
「……そうか」
予想していたかのように、目の前の男がわずかに笑う。
「では、言い方を変えよう」
資料を閉じる音。
「“保護”だ」
その言葉に、わずかに間が空く。
「……嘘月空我」
名前を呼ぶ。
「お前は例外だ。通常の試験基準は適用しない。我が国の判断として——」
一瞬だけ、言葉を区切る。
「今後は、お前をSランク探索者’’仮面''として扱う」
静かに言い切る。
「……で?僕は好きなダンジョン入っていいのか?」
一瞬、空気が止まる。
「話は最後まで聞け。」
男が短く答える。
「基本的に探索の制限は設けない。ただし一つ」
視線が鋭くなる。
「初心者用に指定されたダンジョンを作る、そこには立ち入るな。狩場を荒らされては困る」
「そうか、どっちみち今新宿ダンジョン以外に行く気はない」
「契約成立だ」
男が立ち上がり、僕に手を伸ばしてきたその瞬間だった。
「失礼します!」
扉が勢いよく開き、息を切らした男が飛び込んでくる。
そのまま男に耳打ちをする。
「——っ」
男の表情が変わる。
「失礼した、お前にも関係のある話だ。」
視線をこちらに向け、ゆっくりと口を開く。
「天羅、という中国の裏組織を知っているか?」
「……ニュースで見たな。渋谷の爆破事件」
「連中は今、探索者を集めている」
一拍。
「それも優秀な個体をな」
「……」
「勧誘か、拉致か——いずれにせよ」
視線が刺さる。
「虚月、お前が狙われている」
一瞬の沈黙。
「……そうか」
小さく呟く。
「警備を強化する。単独行動は控えろ」
別の男が口を挟む。
「護衛もつける。新宿に入る場合も——」
「必要ない」
短く遮る。
「ふざけるな。相手は——」
「関係ない。来るなら、来ればいい」
その言葉に一瞬だけ、目を細める。
だが——それ以上は言わない。
「……好きにしろ」
小さく吐き捨てる。
「ただし、死んでも責任は取らん」
「問題ない」
アイテムボックスから、仮面を取り出し顔に当てる。
「ようやく楽しくなってきたところだ」
そのまま、扉を出る。
「人殺しめ」
後に残された男の、ぽつりと落ちる声。その声は誰に聞こえるでもなく小さく消えていった。
プロローグ編完結です。番外編を挟んで一章投稿予定です。




