第7話 選別の始まり
目が覚める。
昨日帰ってきてそのまま、疲れて寝ていたようだ。
全身が軋むように痛い。まぶたを開けるのも億劫だった。
「……生きてるか」
天井を見上げたまま呟く。昨日の記憶がゆっくりと戻ってくる。佐藤の声に、ボス、そして白い空間にいた存在。
「……は」
短く息を吐く。
ゆっくりと体を起こすと、筋肉が悲鳴を上げる。それでも動けないほどじゃない。
そのとき、小さな電子音が鳴った。視界の端にウィンドウが開く。
新規獲得スキル:気配感知 Lv:1
【称号】最速のダンジョン攻略者
「……増えてるな」
短く呟き、称号の項目を開く。初踏破時の報酬補正、未知領域での感覚補助。どちらも悪くない。
「攻略向き、か」
軽く閉じる。次に意識をアイテムボックスへ向ける。昨日、あの部屋に残っていたもの。手の中に現れたのは、黒い鞘に収まった一本の刀だった。無駄な装飾はなく静かな見た目だが、それが妙に目を引く。
初めて触れるはずなのに、手に馴染む。ふと、記憶がよぎった。木の床。踏み込む音。握り方を叩き込まれた感触。
「……懐かしいな」
小さく呟き、そのまま意識を向ける。
「鑑定」
視界に情報が浮かび上がる。
【名称:影喰】
ゴブリンキング討伐報酬
変質した武装
斬撃による傷は治癒しにくくなる
「あいつが使ってたやつか」
小さく息を吐く。無駄な装飾がないのも、納得だった。
刀身をわずかに抜くと鈍い光が走る。剣よりも、こっちの方がいい。理由はない。ただ、そう思った。
「……悪くない」
静かに鞘へ戻す。それだけで、昨日の戦いが現実だったと実感する。生き残って、強くなって、武器を手に入れた。
「新宿、か」
ぽつりと呟く。あの声が、まだ頭の奥に残っていた。
しばらくそのまま座り込んでいたが、やがてポケットからスマホを取り出す。画面をつけた瞬間、通知が一気に流れ込んできた。
「……多いな」
未読の通知が異様な数になっている。SNS、ニュース、動画サイト。ほとんどすべてのアプリに赤いマークがついていた。
適当にニュースアプリを開く。
『政府、探索者制度の導入を正式発表』『魔石・ドロップ品の買い取りを開始』『無許可でのダンジョン侵入は規制へ』『探索者証の発行は試験制を採用』『高難度ダンジョンはランク制限を設ける方針』
「一気に来たな」
内容を一つ一つ精査するほどの興味はない。ただ、流れてくる情報をそのまま頭に入れていく。
探索者証。試験制。ランクによる制限。合理的ではある。だが同時に考える。
ダンジョンの場所が全世界に公開された日に見たマップ、新宿の赤い点はかなりの大きさだった。
『高難度ダンジョンへの立ち入りは、一定ランク以上の探索者に制限される見込み』
これがもし、新宿ダンジョンを刺しているなら少し面倒だ。
そして指を動かし次のニュースへといく。
『ダンジョンから帰還した配信者が語る“地獄”』『腕が消えたはずの少女、奇跡の生還!?』『謎の探索者、単独でボス討伐か』
「……」
わずかに視線が止まる。
見覚えのある単語ばかりだった。だが、それ以上の感情は浮かばない。
指を止めることもなく、そのまま画面を閉じる。興味がないわけではない。ただ、自分に必要な情報はもう十分だった。
そのとき、もう一件通知が届く。
「……?」
画面をつけ直す。差出人は学校だった。
『明日、できる限り全生徒は登校すること。重要な説明があります』
わずかに目を細める。
「そっちで来るか」
小さく呟く。政府が動いている以上、学校が無関係でいられるはずもない。
ダンジョン絡みだろう。試験の話も出るかもしれない。
「手間が省けるな」
独り言のように呟き、スマホを置く。
少しだけ考え、立ち上がる。
影喰を取り出し、そのまま外へ出る。人気のない場所まで歩き、周囲を軽く確認する。人の気配はない。
問題ないと判断し、鞘から刀を抜く。
そして一振り。
空気を裂く音が、思ったより軽い。
もう一度、振る。
力の乗り方が自然だった。余計な力がいらない。振った分だけ、そのまま通る感覚。
三度目は、少しだけ踏み込む。
足の運びも、体の連動も、引っかかりはない。
「……悪くない」
小さく呟き、刀を収める。
体が覚えている、それで十分だった。
影喰をアイテムボックスへ戻す。そのまま家へ引き返す。やることは決まっている。あとは明日行くだけだ。
そのままベッドに倒れ込み、再び目を閉じた。
△◇△◇
——翌日。
いつもと同じ時間に目が覚める、昨日の疲労が嘘のように消えていた。軽く身支度を整え、制服に袖を通す。
鏡の前で手を止める。
仮面がついたままだった。
「あれからつけっぱだったのか、外れるのかこれ?」
手を伸ばし、縁に指をかける。そのまま引く。抵抗はほとんどなく、あっさりと外れた。
軽く裏表を確かめるが、特に変わった様子はない。
そのままアイテムボックスへ放り込み、再度鏡を見る。
そこにいるのは、いつも通りの自分だった。
「よし、行くか」
短く呟き、家を出た。
外はいつもより人が多かった。学生服の人間が同じ方向へ流れている。
そのまま流れに乗る。
校門の前には教師とスーツ姿の大人、それに自衛官の姿があった。
「やっぱりか」
小さく呟き、そのまま校内へ入る。
教室に入ると、すでにほとんど埋まっていた。
「マジであれ見た?」「探索者ってやつ?試験あるらしいぞ」
適当な会話が耳に入る。
「なあ、佐藤さぼりか?」「昨日ダンジョン行くって言ってなかったか?」
何も言わず、前を見る。その時扉が開いた。
「席に着け」
担任が入ってきて、ざわつきが止まる。教室を一度見渡し、短く息を吐いた。
「……まず、連絡事項だ」
一拍置く。
「佐藤の件だが——今朝、親御さんから連絡があった。現在も連絡が取れていないそうだ」
教室の空気が止まる。
「……昨日、ダンジョンに入った可能性が高い」
担任は視線を上げ続ける。
「この後、ダンジョンについての説明がある。探索者制度、試験の話も出るだろう。……だが」
声がわずかに低くなる。
「俺は、お前らにダンジョンへ行ってほしくない」
教室が静まり返る。
「今の状況は、はっきり言って異常だ。何が起きるか分からない。」
視線が一瞬だけ空いた席に向く。
「……軽い気持ちで関わるな」
それだけ言って、言葉を切る。
「以上だ。体育館に移動する」
廊下は同じように移動する生徒で埋まっていた。誘導されるまま体育館へ入る。中にはすでに他のクラスも集まっていた。
「静かにしてください」
スーツ姿の男が前に立つ。マイクを持ち、軽く一礼する。
「昨日発足されたばかりですが内閣府ダンジョン対策室、担当の白峰玲です。本日は説明を行います」
スクリーンに資料が映る。
「現在確認されているダンジョンは全国に約百。危険度に応じて管理を行います。無許可での侵入は禁止されます。探索者は登録制とし、資格取得者には探索者証を発行します」
一拍置く。
「なお、先日の報道ではダンジョンへの接近を控えるよう要請しました。しかし、その後も無許可での侵入、および死亡・行方不明の事案が増加しています。現状を踏まえ、管理のもとでの探索者制度へと移行しました」
淡々と続く。
「魔石およびドロップ品は国が買い取り、価格は基準に基づき設定されます。探索者にはランク制度を設け、高ランクほど高難度ダンジョンへの立ち入りが可能となります。なお、探索者の平均収入は現時点予想で、一般的な企業勤務を上回る水準となっています」
その言葉にざわめきが広がる。
「国としては無理な探索は推奨しません。安全を最優先に行動してください。その上で、探索は自己責任となります。死亡・行方不明を含め、すべてのリスクは個人が負うものとします。未成年の参加には保護者の同意が必要です。所定の書類を提出してください。なお、試験は明日より実施します。本日は希望者への説明のみとなります。」
最後にと前置きをしてから白峰は言う
「何か質問のある方はいらっしゃいますか?」
その瞬間四方八方から言葉が飛び交い始めた。
それを見兼ねた教師が、落ち着かせるように挙手している生徒を指して、質問させる。
「……ダンジョンって、入らなきゃダメなんですか?」
少し震えた声で、男子生徒は聞いた。
「いいえ。参加は任意です。入らない選択も可能です」
一拍。
「ただし、ダンジョンは今後も増加する可能性があります。完全に無関係でいる保証はありません」
ざわめきが広がる。
別の手が上がる。
「……稼げるって、本当ですか」
さっきとは違う、少しワクワクした声。
「個人差はありますが、事実です。勿論、それ相応のリスクはありますが。」
白峰はそう答えたあと、キリがないので今日はこれでと言って、壇上から降りていった。
まだざわついている体育館。そこにいるのは希望に浮かれる者と、怯える者。
その中で、ただ一人。
虚月空我だけが、別のものを見ていた。
壇上の脇に立つ自衛官。
「いいな、強そうだ。戦ってみたい」
呟きながら、希望者の列へ向かう。
書類を受け取りそのまま学校を出た。
△◇△◇
帰り道、いつもとは違う方向へと足を進める。
「未成年は保護者の同意が」
白峰の言っていた言葉が繰り返される。
目的の家につき、インターホンを鳴らす。
少しして、扉が開く。
「…なんだ」
短い声がした。
「おじさん、これにサイン頼む」
僕も短い言葉とともに、書類を差し出す。
書類に軽く目を通し、聞いてくる
「探索者やるのか」
「まあ…」
必要最低限の会話。
それだけ聞いて満足したのか、ペンをとりサインと身分証のコピーを渡してくる。
「ありがとう」
僕は手渡された書類を持って、また自分の家へ向かって歩き出した。
読み返して読むに堪えなかったので、作品序盤の方を直しております。今日からは一日一話投稿になります。




