プロローグ
その日もベッドに寝転びながら、僕はスマホをいじっていた。特にやることもなく、SNSのタイムラインを眺めて時間を潰すだけのどうでもいい時間だ。
──その時だった。
けたたましい音とともに、スマホの画面が強制的に切り替わる。さっきまで表示されていたSNSは消え、画面は真っ黒な背景に変わっていた。中央に白い文字がゆっくりと浮かび上がる。
《DUNGEON WARS》
「は?」
思わず声が漏れる。次の瞬間、画面の奥の闇がゆらりと揺れ、そこから人の形をした黒い影が現れた。
『こんにちは、人類のみなさま。私はダンジョンマスター。ゲームの管理者です』
影はどこか楽しそうに続ける。
『三日後、世界各地にダンジョンが出現します。それまでに準備を整えておくことをおすすめします』
ダンジョンマスターは楽しそうに言った。
『そのダンジョンの中にはモンスターがいて、それを倒すと素材や魔石が手に入ります。簡単に言うと新たなエネルギー資源の宝庫です。』
ダンジョンマスターは一拍置いて続けた。
『まあ、取りに行くかどうかは、あなた達次第ですが行くでしょうね。中には不老不死の秘薬なんかもありますよ。とはいえ、いきなり本番では不公平でしょう。なのでチュートリアルを用意しました。まずはそれを三日以内に終わらせてください』
画面に新しい文字が表示される。
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【MISSION】
制限時間:3日
チュートリアルの完了
報酬:SP10
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『では――健闘を祈りますよ、人類のみなさま』
そう言うと、画面の中の影はゆっくりと闇に溶けていった。
「……」
部屋がやけに静かだった。さっきまで普通の昼だったはずなのに、妙に現実感が薄い。僕はとりあえずSNSを開いた。タイムラインは完全にパニックだった。『なんだこれ!?』『僕も出た』『世界終わった?』『ダンジョンって何だよ』そんな投稿がものすごい勢いで流れていく。穴の開いた空の写真や、さっきの黒い画面のスクショが大量に上がっていた。
どうやら、さっきの出来事は僕だけじゃないらしい。
「チュートリアル、ね」
何をすればいいのか。そう思った瞬間、新しいウィンドウが表示された。
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【TUTORIAL】
・ステータスと唱えてみよう
報酬:SP:+10
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随分と簡単な内容だ。僕は軽く息を吐き、小さく呟く。
「ステータス」
その瞬間、目の前の空間に青白いウィンドウが浮かび上がった。
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【STATUS】
名前:嘘月 空我
Lv:1
【スキル】
なし
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「マジでゲームじゃん」
思わず声が漏れる。どう見ても幻覚には見えないし、触れようとするとウィンドウは指の動きに反応してわずかに揺れた。
【TUTORIAL CLEAR】
そんな表示とともに、ウィンドウが追加された。
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【BONUS】
SP:+10
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「スキルポイント?」
思わず小さく笑う。完全にゲームのシステムじゃないか。画面の下に新しいボタンが表示された。
【SKILL】
どうやらスキルが取れるらしい。押すと画面が切り替わり、新しいウィンドウが開いた。
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【SKILL】
保有SP:10
【おすすめ】
【戦闘系】
【サポート系】
【便利系】
【ランダム】
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「へぇ」
思わず声が漏れる。どうやらスキルはカテゴリごとに分かれているらしい。試しに【おすすめ】を開いてみる。
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【おすすめ】
・身体強化
・敏捷強化
・耐久強化
・魔力操作
・気配感知
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完全にゲームのスキルツリーだ。しかも思ったより種類が多い。ふと、SNSで見た投稿を思い出す。身体強化や魔力操作って名前は、さっきタイムラインにも出ていた。
でも。
僕は別のカテゴリを開いた。
【便利系】
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・鑑定
・収納
・暗視
・罠感知
・地図作成
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その中で、一つの名前に視線が止まった。
【鑑定】
「まあ、これだろ」
深く考えるまでもない。こういうゲームで一番便利なのは、大体こういうスキルだ。僕は迷わずその項目をタップした。
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【SKILL取得】
鑑定
残りスキルポイント:9
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小さな効果音とともに、ウィンドウが更新される。
【TUTORIAL CLEAR】
そして僕が立ち上がろうとした、その時だった。ピコン。スマホがもう一度鳴る。画面を見ると、新しい通知が表示されていた。
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【SYSTEM】
ダンジョンマスターへの質問が可能です
質問回数:1人1問
制限時間:10分
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「面白くなってきた」
思わず声が漏れる。一人一問。つまり世界中の人間が、今この瞬間に質問を考えているということだ。SNSを開くと案の定、タイムラインは完全に祭り状態だった。『質問できるぞ!?』『何聞けばいい!?』『魔物の強さ聞け!』『ダンジョンの場所!』『攻略方法!』そんな投稿が秒単位で流れていく。世界中が必死に情報を手に入れようとしている。まあ当然だ。このゲームの情報は、そのまま命に直結する。
僕は少しだけ考える。魔物の強さ。ダンジョンの構造。攻略方法。たぶんどれを聞いても、大した答えは返ってこないだろう。ゲームマスターがそんな重要情報を素直に教えるとは思えない。だったら、聞くべきことは別だ。
僕は質問入力欄を開いた。
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【質問を入力してください】
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少しだけ考えて、文字を打ち込む。
『この世界、面白くなる?』
送信。
次の瞬間、スマホの画面が暗転した。黒い背景。その奥から、あの人型の影がゆらりと現れる。ダンジョンマスターだ。
『……』
一瞬、沈黙が落ちた。
そして影は、くすくすと笑い始めた。
『面白い質問ですね』
ゆっくりと、楽しそうな声が続く。
『ええ。あなた達次第で――とても面白くなりますよ』
画面が暗転する。通信終了。部屋はまた静かになった。
「……なら」
僕はスマホをポケットにしまいながら、小さく笑った。
「面白くしてやるよ――この世界」




