第7話 終語り! ストーリーエンダリング!
「いやいや、まったくもって素晴らしい!」
オペレーター室から飛び出すように現れたスペルトンが、両腕を大きく広げて声を張り上げた。
「ストーリーの完結を確認したぞ!さすがはストーリーエンダー!
……いや、まさか作者が一条だったとはな!」
「あの……黙っていてすみません」
愛住は小さく頭を下げた。
「ちょっと身内の問題というか……本人の強い希望もあって、スペルトンさんには最後まで伏せていました。ごめんなさい」
スペルトンがこの物語を選定した理由は単純だった。
“古の呪いの苗床となりうる”かもしれない。
作者の正体など、最初から考慮の外だった。
「ふむ、まあ問題ない!」
スペルトンはにこやかに頷き、腰に手を当てて笑った。
「物語を終わらせる。それが我々の使命だ。今回はうまくいった。
いわゆるビギナーズラックというやつか。地球の加護と聞く……一度きりなのが惜しいな!」
本当にそうだろうか?
愛住は首をかしげた。
そのとき、空間がわずかに震え、低く響く声が届いた。
「愛住、聞こえるか?」
「はい、聞こえます!おつかれさまです。ゲートですね、すぐに!」
愛住は手首の装置に指示を出す。
「ゲート展開。コード・エントリー。転送座標、現在地に固定」
光の粒子が散り、空中にホログラムが立ち上がった。
「エンダーゲート展開!」
光の輪郭がゆっくりと開いていく。
任務を終えた二人を出迎える愛住の表情はどこか晴れやかだった。
***
崩壊した世界の残骸。
光の粒子が静かに漂う、終わりだけが残された空間。
その中心に、一条と田中が立っていた。
「……すごかったです。一条さん」
「まあな。最後くらい、派手にやらないとな」
「でも……本当に“作者降臨”するとは。
あれは、誰にでもできることじゃないですよね」
一条はすぐには答えなかった。
「俺は、この物語の作者だ」
淡々と、事実を並べるように言う。
「だから、終わらせる責任があった。それだけだ」
彼は光を見上げる。
自分が作り、壊し、解放した世界の名残を確かめるように。
「……綺麗ですね」
「ルッカスたちも、どこかで生まれ変わるかもしれない」
「一条さんが、そう祈ったんですよね」
田中の脳裏に、神殿での記憶が蘇る。
――はじめて、人と話したんです。
――好きになることも、あったかもしれませんね。
そう、笑っていたツアーゼル。
「……俺、約束したんです。
転生したツアーゼルさんを、必ず見つけるって」
一条は小さく笑い、田中の肩を叩いた。
「探せ。どんな世界でも。
お前の言葉は、ちゃんと届く」
「最後に、手を握ってくれたんです」
一条は何も言わず、ただ頷いた。
そのとき、空間が揺らぎ、ゲートが開き始めた。
「……帰るか」
「はい。一緒に」
二人は光の中へ歩き出す。
背後で、誰かの声がした気がした。
それは、春風のように、ただやさしかった。
***
「本当だ……ランキング1位」
愛住がスマホを掲げる。
「すげぇな。一条さん」
「ニャー」
画面には、一条の完結済みの作品が表示されていた。
『転生したら俺は最強勇者だった。無敵の俺は魔王も神も倒す。天上天下唯我独尊!』
――かつての”問題作”。
今回の一件は、地球側の実に有能な代行者によってうまく説明され動画として公開された。一条自身も、これまでの行為をすべて謝罪する動画を投稿した。
処分は免れない。
誰もがそう思っていた。
だが、読者(結果)は違った。
「謝罪が誠実すぎる!」
「作者降臨、狂ってて好きだ!」
想定外の好意の連鎖が広がっていく。
# 作者降臨系、# 終語り(ストーリーエンダリング)。
それは一つの”ジャンル”として定着した。
「……ちゃんと、生まれ変われるかな」
田中は、ツアーゼルのフィギュアを見つめて呟いた。
光となって消えた、あの女神。
交わした約束は、まだ胸の奥で静かに灯っている。
***
第二世界の枢軸、名前のない神殿。そこは祈りの場ではなく、世界のログが降る「超高次元演算階層」だった。中央には白い石板が光の粒子を吸い込んでいる。
「……記録には残るが、忘却される存在。それが“古の呪い”の定義だと?」
少女の姿をした眷属、アーキュラスの問いに、スペルトンは肯定も否定もせず、ただ深い沈黙を返した。
「ああ。創造主の加護と同質の、我ら眷属には干渉不能なコードだ」
第三世界の誕生、そして第二世界に突然現れた地球。彼ら眷属の秩序は静かに、だが確実に蝕まれ始めていた。
「地球はすでに、臨界点を越えた『呪いの媒体』と化している。昇華を拒む魂の澱みが、呪いの餌として実体化しつつあるんだ」
スペルトンは手元の腕時計に目を落とし、薄く、どこか冷ややかな笑みを浮かべた。
「じゃあ、そろそろ『ストーリーエンダー』の任務に戻るよ。バックアップは期待していない」
遠ざかる背中を見送りながら、アーキュラスは神殿の静寂に沈む。
記録されない領域に佇む、記憶の外の創造主。 その導きがどこに向かっているのか?
結成されたばかりのエージェントたちが、これから暴くことになるのは、世界の救済などではない。それは、誰もが直視を避けてきた、この次元の致命的な「バグ」なのだということを。
白い石板に降り注ぐ、無数の光の粒子。 その一粒が、アーキュラスの目の前で、石板に吸い込まれることなく消えた。
それは―― 「起きなかったこと」になった。
誰の記憶にも、何の記録にも残らない、ただ一瞬のエラー。
アーキュラスは、遠ざかるスペルトンの背中を追った。
その背中が、いつもより小さく見えた。
***
第一章 『ストリーエンダー結成』 終




