第6話 禁断!作者降臨
一条は空を見上げ、短く息を吐いた。
「終わりか……いや、終わらせるんだ」
風が止み、空間がきしむ。一条が巻物を掲げ、宣告した。
「――『作者降臨』ッ!」
世界の理そのものが彼を受け入れるために「再定義」されていく。血肉は光へ、声は振動へ。存在が概念へと昇華し、物語の作者が創造主の姿へ還る。
「来い、勇者。全て終わらせよう」
一条が放った咆哮は、世界の天蓋さえも震わせた。
ほとばしる光と共に、勇者ルッカスが姿を現す。
「おぞましい力だ。お前は誰だ?」
「俺は一条だ。この世界を潰し、すべてを終わらせに来た」
創世の鼓動を宿した一撃がルッカスから放たれる。
だがそれさえ、一条の世界に共鳴し統合されていく。
「なぜ効かない、奴は何者なんだ!」
この異変に気づき、聖女マリア、剣聖レオン、賢者エリオットが集結する。
「ルッカス!!」
「こいつはヤバい……何をしても通じないんだ!」
空が割れ、大地が震える中、彼らの身体から禍々しくも神々しい赤い光が溢れ出した。
「――超限身体強化ッ!」
勇者ルッカスが叫んだ。それは魂と肉体、そして全ての加護を限界の先へと押し上げる、古の失われた禁忌術。
「みんな、お願い……!」 聖女マリアが天を仰ぎ、祈るように両手を組む。
その祈りは、神殿に座す女神ツアーゼルへと届き、彼女を依代として、この世界の全域へと波紋のように広がっていった。
集った万物の想いは、天をも貫く巨大な光の剣へと形を成す。
「全員で……この剣を振るうぞ!」
世界の総意が一点に凝縮され、光の巨剣が空間を震わせて唸る。
――その、刹那。
「……無尽返し」
一条の低く冷ややかな声が、ルッカスたちが積み上げたすべての力を反転させた。 迫る巨剣の刃を素手で掴み、一条は低く囁く。
「天地破壊――」
その言霊とともに、世界は再び、悲鳴を上げるように揺れ始めた。
「……本当に、だめな作者で、ごめんな」
その呟きが、この世界の断末魔となった。 創造主による、世界の解体が始まった。
「ツアーゼル! 聞こえるか!」
空間がわずかに揺らぎ、女神ツアーゼルの幻影が陽炎のように柔らかく現れる。
「……はい、創造主様」
「力を貸してくれ」
一条は天を見上げ、叫んだ。
「俺はこの世界の創造主、一条だ。……聞いているか! 初めて、心から祈る。本物の創造主よ! どうか聞いてくれ! ここで生きたすべての命が、もう一度どこかで始まりますように……!」
ツアーゼルは、その魂の咆哮をただ静かに見つめていた。 そして、慈愛に満ちた表情で柔らかく微笑む。
「詠唱の準備はできています。共に願いましょう、創造主様」
一条とツアーゼルが、言葉を重ねる。
「――全命魂解放!」
「――全生転光移!」
刹那、光が天から降り注ぎ、崩壊しゆく大地を優しく包み込んだ。
その光は、すべてを輝く粒子へと変えていく。 勇者も、その仲間たちも、抗うことをやめて光の粒子となり、穏やかに空へと溶けていった。
この物語の終わりが始まった。
神殿を光が包み込むと、すべてが光の粒子へと還っていく。田中は、傍らに立つツアーゼルの身体が、少しずつ淡く薄れていることに気付いた。
「ツアーゼルさん……?」
そこには、向こう側が透けるほど儚い姿の彼女がいた。 抗うことなく、ゆっくりと光に溶けようとしていた。
「やっぱり……消えてしまうんですね」
田中は堪らず手を伸ばしたが、指先は彼女の輪郭をすり抜ける。触れることさえ、もう叶わない。
ツアーゼルは、慈しむようにかすかに微笑んだ。
「創造主様の世界が終われば、私は役目を終えます。ずっとこの神殿で……ただ見守るためだけに存在していたのですから」
田中は唇を噛みしめた。理不尽な設定への憤りと、愛おしさがこみ上げ、言葉に詰まる。
「俺……。俺、一目惚れしたんです。ツアーゼルさんに」
ツアーゼルの瞳が、驚きに大きく見開かれる。 けれどすぐに、自身の消えゆく粒子を花のようにほころばせながら、彼女は笑った。
「まぁ……。初めて誰かと話したと思ったら、いきなり告白されるなんて。……不思議な気持ちですね」
「はじめて……?」
「ええ。私、今まで誰とも言葉を交わしたことがなかったんです。ずっと、ただ見るだけ。……誰かと話すと、こんなに胸が温かくなるなんて。知りませんでした」
田中の頬を、熱い涙が伝った。
「そんなの……そんなの、寂しすぎる……!」
ツアーゼルはその涙に戸惑うように、けれどふわりと、慈愛を込めて微笑んだ。
「ありがとう、田中様。あなたがいてくれたから……私は最後に、『設定』ではなく『わたし』として、あなたの心に在ることができました」
ツアーゼルの身体は、すでに光の奔流へと還ろうとしていた。輪郭は淡く溶けかけ、背景の白に混じり始めている。それでも、その瞳だけはまっすぐに田中を見つめていた。
「もし……もしも、もっと、自由に生きられたなら。私は、たくさんの人と話して、たくさん笑って……そして、誰かを好きになることもあったのかもしれません」
その言葉に、田中の胸が引き裂かれるように痛んだ。 彼女の声はどこまでも穏やかだった。けれど、それが余計に、奪われた時間の重さを物語っていて切なかった。
「……俺、きっと探します」
田中は一歩、光の中に消えゆく彼女へ近づいて言った。
「どこかの世界で生まれ変わった、ツアーゼルさんを――。必ず、探し出します」
ツアーゼルの目が、やわらかく見開かれる。
「……むねが……あたたかくなりました……。 よかったら……わたしのこと……おぼえていて、くれますか?……」
田中は、迷わず強く頷いた。
「忘れるわけがない。覚えてます。一生、絶対に忘れません」
ツアーゼルの身体は、もうほとんど輪郭だけだった。 彼女の頬を、涙の痕のような光の粒子がひと筋、静かに流れた。
「おわかれですね……どうか……そうぞう……ぬしのもとへ……」
「……さようなら……たなかさま……あえてよかった……」
彼女は最後の力を振り絞り、田中の手をそっと握った。 その指先は確かにあたたかく、けれど、あまりにも儚い光だった。
握り返そうとした、その瞬間――田中は転移していた。
現実に戻った田中の頬を、静かに涙がすべり落ちる。
その雫は、終わりを迎えた世界を濡らした。
やがて光の中に吸い込まれ消えた。




