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ストーリーエンダー  作者: Manpuku


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第4話 出撃!一条の愛した世界

気がつくと、二人は薄暗い建物の中に立っていた。

高い天井、無機質な壁、そして妙に静まり返った空気。

そこは窓もないのに明るかった。


「……無事か?」

「はい。一条さんも?」

二人は互いに無事を確認すると、一条が通信装置に声を入れた。


「一条、田中、枠内に潜入。使命を遂行する」

通信機から愛住の声が返ってきた。


「了解。気をつけてください。ニャー……まるちゃん、今忙しいの!」 短くも温かいその声に、一瞬だけ二人の緊張がほぐれる。一条と田中は思わず顔を見合わせ、口元にわずかな笑みを浮かべた。


「田中、これから作戦を説明する」

「お願いします」


「まず、装備についてだが……俺たちが着ているこの服。これは、すべての魔法系攻撃を無効化する設計になっている。だが、武器はない。何も持っていない」


「えっ、武器は持ってないんですか?」


「そうだ。この世界は、こちらから攻撃を仕掛けない限り、敵対しない世界だ。……俺がそう『書いた』からな」


「わかりました。そりゃあ、作者ですもんね。……他に知っておいたほうがいいことは?」


「田中は特にやることはないと思う。もし戦闘になったら俺が守る。田中はこの世界を最後まで見届けてほしい」


「わかりました」

田中は一条の目をじっと見た。

普段通りの、頼りになる先輩がそこにいる。

作者という名の、絶対的なルール。


一条の言葉には、

重力にも似た「設定の重み」が宿っていた。


「今からクランハウスに行く。俺が産み落とした『主人公』の元へ向かう」


***


その建物を出た瞬間、景色が広がった。


「……っ」

一条の足が、無意識に止まった。


見慣れたはずの街並みが、そこにはあった。いや、“あったはず”だった。


建物の形は揃いすぎている。まるでコピーしたようだった。色彩は鈍く、空も町も、灰色に近い単調さで満ちている。人々は確かに歩いていた。しかし、その顔には活気がなく、服装も似通いすぎていた。


「すごいですね、ゲームみたいだ!」

田中の無邪気な声が、一条の耳元で空虚に弾けた。


違う。

こんなはずじゃなかった。


十年以上、共に歩んできた物語だ。誰よりも愛してきた。

だが、眼前に広がっているのは、「張りぼて」だった。


展開の速さこそが物語と信じた。

余白という名の血肉を、自分の手で削ぎ落としてきた。


古典のように、風の湿り気や、パンの焦げた匂いを、何ページにもわたって書き連ねるべきだったのか?


答えの出ない問いが、思考の奥に澱のように溜まっていく。

これまでは「トレンド」という、どこからか支給される便利な盾で、その問いを弾いてきた。


だが、その盾の裏で守っていたのは――


一条はあらためて、街を見た。

彼が書き続けてきたはずの世界が、

灰色の街並みとなって、彼を包囲していた。


「田中、あの屋台の串肉……食べてみたいか?」 「屋台の串肉ですか? はい、ぜひ!」


一条はポケットから銅貨を六枚取り出した。無表情な屋台の親父に放ると、代わりに出されたのは、木のカップに入ったエールと一本の串肉。無機質なやり取りだった。


まずはエールを一口。 ――温い。不快な酸味が舌に絡み、喉にまとわりつく、ねっとりとした何かを感じた。香りは死に絶え、不快な気持ちにさせる臭気が鼻を突いた。


串肉も、無惨だった。 噛むたびに強靭な筋が歯に抗い、獣特有の生臭みが口内を支配する。


この屋台は、物語の中で何度も仲間たちが笑い合い、冒険を振り返った「憩いの場」だった。


一条は、手元の肉を凝視した。 「……食べる雰囲気だけを書いていたのか……」


匂い、食感、味。ディテールを後回しにしてきたツケが、不味さとなっていた。登場人物に美味いものを食わせてやりたい。 そんな、書き手として当たり前の「愛情」さえ、俺は効率の名の下に切り捨ててきたのか。一条は、重い沈黙に沈んだ。


「……どうしたんですか、一条さん。怖い顔して。俺、こういうの『本物』っぽくてワクワクしますよ!」

その無邪気な一言が、一条の胸に新たな痛みを刻む。


作者が与えなかった「味」を、

読者が、自分の想像力で補ってしまう。


それは、余白の力と呼ばれるものだ。

少なくとも、一条はそう信じてきた。


――だが。


これが、本当に「物語る」ということなのか。


***


「これよりクランハウスへ向かう」

一条は短く報告した。


だが、その足はふいに近くの商店に向かう。


「その前に、土産を買っていく」


「土産……ですか?」


田中が首を傾げるのをよそに、

一条は慣れた手つきで店主に告げた。


持ち帰り用の特上生肉のセットを一条が持ち、

田中が豪華甘味セットを持った。


「田中これを『中腰』で持て。これは儀式の作法だ。頼む」


「……中腰? 重心はこのくらいですか?」


「ああ、完璧だ。そのままキープしろ」


深く腰を落としたまま、二人は街を進む。周囲の視線が突き刺さるが、一条の顔は真剣だった。

「田中。土産を掲げたまま、あの門番に早足で接近してくれ。タイミングは俺に合わせろ」


田中はためらいを殺し、自身にこれは営業なんだと言い聞かせた。 門番が二人に気付き、鋭い警告を発する。だが、二人は止まらない。二人は門番へ接近した――その瞬間――何もない空間が激しく明滅した。


この世界の設定にある強引なショートカット。出現した光の球が、二人を飲み込み、この世界の点と点を繋いだ。


次の瞬間、眼前に広がったのは――

一条が、言葉を与える必要はないと信じていたはずの、

雲の上の荘厳な神殿だった。

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