第3話 潜入!エンダーオン!
「五分、遅れた。すまない」
ドアが開くと、誇らしげに風呂敷包みを抱えたスペルトンが入ってきた。
「大丈夫ですよ。話し合いも一段落ついたところですし。綺麗な布ですね、どうしたんですか?」愛住が言う。
「ベントーを作ってみた。地球の『クッキングサイト』で学んだものだ。君たちの口に合うかは不明だが、ぜひ試してほしい」
三人は顔を見合わせた。さっきまで刺々しかった空気が、ふっと和らぐ。
「これは『ランチミーティング』というものだろう? 同じエネルギーを摂取することで結束力を高める儀式だと聞いている。実に合理的な文化だ」
スペルトンは満足げに頷き、一条を見た。一条は黙ったまま目元を拭っている。スペルトンは不思議そうに首をかしげた。
「どうした一条、泣いているのか? そんなに私のベントーが嬉しかったのか?」 「話し合いに感情が入りすぎただけだ。……弁当、ありがとな」
一条は弁当箱を受け取った。
「ストーリーを終わらせるというのは、思っていた以上にタフな仕事なんだな」 スペルトンは一条の様子をしみじみと観察し、田中と愛住にも弁当を手渡した。その動作には柔らかさが滲んでいたが、直後、彼はぴたりと表情を改める。
「その前に、手を清める儀式を忘れるな。洗浄処置装置はこの部屋を出て右手にある」
***
風呂敷は見たこともない青白く光る生地でできていた。箱からはまだ温もりが伝わってくる。三人は、それぞれの母の弁当を思い出した。
「いただきます」
三人の声が重なった。
「おお、本当に言うのか。『生命エネルギーを自らに取り込むことに感謝する』。私たちの星にはない概念だが、その文化形成には敬意を感じる」
中身は、だし巻き卵、魚の照り焼き、ほうれん草のおひたし。
「この黄色いダシマキは自ら調理したが、なかなかうまくいった。君たちの嗜好に合わせるのが合理的だと判断し、地球へ転移して食材を調達してきたのだ」 「……その服のままですか?」 愛住が、まるちゃんに卵を分け与えながら聞いた。
「もちろんだ。地球には『コスプレ』という、外見と内面を切り離す高度な記号文化があると定義されている。実に柔軟で合理的だ」 宇宙服で街を歩く彼を想像し、愛住はSNSでの炎上を危惧して遠い目をした。
「うまいな」 「おいしいですね」 「久しぶりだ、手作りの弁当なんて」
スペルトンは器用に箸を使い、最後の一粒まで平らげると、ほんの少しだけ表情筋を緩めた。
「……『ごちそうさま』。これで合っているか?」
両手を合わせ、少し照れたように呟く。その挨拶には、彼なりの誠意が込められていた。
「調理した側としては、綺麗に食べてもらえるというのは……嬉しいものだな。これは楽しめる文化かもしれない」
スペルトンは誇らしげな笑みを浮かべ、異文化を通じて初めて抱く感情を咀嚼するように、空になった弁当箱を丁寧に手にした。
「箱は洗浄しておく。……『弁当箱を洗う』という経験はまだ未修得だからな」
***
スペルトンが腕時計をちらりと見た。
全員が席に着く。
「早速だが、ストーリーエンダーの使命を実行したい。覚悟はできている」 一条が静かに、だが力強く言った。
「こちらは『クロニクル・コア』を起動させるだけだが、中に入るのは君たちだ。準備はどうなっている?」 「はい、まあ……一応、その、作者と連絡がとれました」 愛住は目を逸らしながら言葉を濁す。
「作者と? 終わらせる方法を聞いたのか。それは思いつきもしなかったな」 スペルトンは三人に微笑んだ。
「ええ。まあ、そうですね……」 気まずい沈黙が流れる。田中がそれを断ち切るように口を開いた。
「ストーリーを擬似再生した世界に入ることは分かりました。でも、どんな姿や装備で潜入するんですか?」 「君たちは世界線の『外』からの潜入者になる。装備は自分の意思で生成可能だ。イメージした姿でその世界へ降り立つことができる」
詳細は慣れるしかない、とスペルトンは続けた。
「潜入ルールはありますか?」 「侵入時に負った傷は、肉体的な対価として現世にフィードバックされる。精神と肉体は不可分なのだ。……最悪の場合、死に至る可能性も否定できない」
スペルトンは三人を試すように、鋭い視線を向けた。 「……で、誰が潜る?」
「俺だ。一人で十分だ」 一条の声には、冷徹なまでの決意が宿っていた。
「何かあったらどうするんです! 俺も行きます。……俺だって、この物語を見守ってきた読者の一人なんです。最後くらい、きっちり見届けさせてください」 「……わかった」
一条が短く応える。愛住が手を挙げた。 「私は外からサポートします。まるちゃんの世話もありますし」
「では、最終確認だ」 スペルトンが装置に向き直り、落ち着いた声で告げる。 「メイン・エンダー、一条。サポート・エンダー、田中。外部支援、愛住。オペレーターは私、スペルトンだ」
その目には迷いがない。彼は三人を信じていた。 「通信にはこの専用装置を使ってくれ。決して手放さないように」
差し出されたのは、黒光りする腕輪だった。
***
「さて、諸君。準備はいいか?」
一条と田中が頷く。愛住は小さく息を吸い込み、おそるおそる手をかざした。
「エ、エンダーゲート展開!」
空間が音もなく波打ち、漆黒の楕円が現れた。表面は濡れた鏡のように揺らめいている。
「無理はするな。状況が危険と判断すれば即座に通信しろ。安全の確保が第一だ」 スペルトンは満足げに頷き、どこかで覚えた決め台詞を付け加えた。 「案ずるな。散りゆく桜は二度と枝には戻らない。……その散り際こそが、物語が終わる最後の華なのだ!」
一条と田中は顔を見合わせると、同時に吹き出した。 張り詰めていた空気が、わずかに解ける。
ゲートは近づくにつれて波紋を激しくした。 一条はゲートの前で、一度だけ深く息を吐く。
「一条、エンダーオン」
迷いはない。その背中を追うように、田中が叫んだ。
「田中、エンダーオン! ……い、行ってきます!」
田中の声がわずかに裏返り、みるみる顔が赤くなる。それでも彼は、前を行く一条の背中を懸命に追った。
二人の背中が漆黒の楕円に吸い込まれていく。それを見送っていた愛住は、小さく呟いた。
「……ちょ、なにこれ。まんまアニメの主人公登場シーンじゃん」
あまりに絵に描いたような熱い展開に、目を瞬かせる。 二人の姿が完全に消えた瞬間、胸の奥がじわっと熱くなった。
「うわ、なにこの感じ……反則でしょ……」
自分でも理由のわからない高揚感に、愛住は小さく息を呑んだ。




