精霊に呪われし者 4話
幾人かに手配書を見せて見たが目撃情報は少ない。
アニタがどういうルートで手配書を手に入れたかは知らないが、すぐに冒険者達も動き出すことだろう。
そうなると厄介だ。ちょっとした小競り合いがおこるかもしれない。
こちらはただでさえ冒険者の免状を持ってない上にガキが二人だ。
早い者勝ちという原則を無視して戦闘になるということは十分に考えられる。
状況は逼迫している。おまけに西方部ならともかく南方部に入られると逃げ切られるかもしれない。
あちらの街の造りはかなり複雑なものだ。全体として細い道が入り組んでる上に、建築に建築を重ねられた景観がレンガ作りの遺跡のような印象を与える。
乾ききった唇を舐めた。時間はたぶん思っているよりも限られている。
「逃げ出すだけあって身を隠すのがうまいな」
「しょうがない、急ぐぞアルス」
アニタはある程度の辺りを付けると人混みを避けて、一際細い裏道をいくつも走り抜けていった。
それについていく傍らで身体の調子を確かめる。
思っていた以上に息は続く。筋肉は少ないが、体が軽い。成長期なだけはあるのか疲労を感じにくい。
魔術も使えないことはないだろう。魔力総量が極端に少ないせいで外気のマナ頼り、無理をしてだいたい3回が限度だろうか。
それも仕方がない。そもそも魔術師というものは基本的に男より女の方が大成する。様々な理由があるが一番大きな要因は女の方が体内の魔力総量が大きいからだ。
魔術に必要なのは魔力やマナ、そして知識と制御力だ。
所謂、後者――――知識や魔力制御の巧拙は経験則である程度はカバーできるものの、魔力総量を増やすにはよっぽど特殊なことをしなければならない。
それこそ呪いの道具に頼るとか人外の存在と契約を交わすという話になる。
腐れ精霊、と走りながら小さく口だけを動かして言葉をかける。
「聞イテルゼ、相棒」
右腕の辺りで空気が熱に炙られたかのように揺らめいた。
精霊はここにいる。代価が戻ってきている、ということは過去に戻ってきた時点であらゆる契約がリセットしされたということなのだろう。
今回みたいな小さな荒事ならともかく、本格的に戦地で戦おうというのならまた契約しなおさなければならない。
凌いでしまった。どこを行っても終わりしか待っていない決死の戦場を生き残った。
あの戦場で確かに一度死ぬことに覚悟を決めていたというのに、まだ生にしがみついているのかと自嘲する。
「お前が宿っているナイフ、この時代だと何処にあるんだ」
「タブンイシュタール城ノ宝物庫ダッタンジャネーカナ」
「……城だと?」
予想外の答えに思わず足が止まった。
「なんだってそんな所にあるんだ」
「相棒ト契約スルマデ眠ッテタカラ不確カダケドナ。魔王軍ニ回収サレルマデハ保管サレテタ覚エガアルゼ」
精霊がいるはずの空間をまじまじと見つめた。
今は目視出来ないがそこにはヘラヘラとしている精霊がいる筈だ。それが逆にこいつが冗談を言っているわけではないということを物語っている。
溜息を吐いた。精霊は嘘をつかない。
どこかの遺跡にあるならともかく、よりによってここの宝物庫とは。
だとすれば嘗ての力を取り戻すのは相当難しいことになる。
「おい、アルス。なにブツブツ呟いてるんだ?」
急に足を止めた俺に対してアニタが怪訝そうに振り向いた。
その手には尚も手配書が握られている。
「――――あ、いや、さ。俺さ、実をいうと魔術を覚えたんだよ」
そう告げながら苦笑いを返す。
アニタは呆気にとられたようにぽかんという顔でこちらを見つめていた。
それもそうだ。魔術なんてものは基本的に一子相伝、魔術師ギルドに入らなければ覚えられるはずがない。
そして魔術師ギルドに入るには膨大な金貨と家柄、抜きん出た才能が必要だ。
一応、裏道が幾つかあるにはあるもののそれが語られることは滅多にない。
独学で魔導書などを読み解くにしろそれにしたってひたすら金と才能と時間――――なによりも運がいる。
市場に流れている魔導書の8割は偽物。残りの2割には呪いがかけられていてレジストに失敗すると即廃人。
スタートラインに立つことですらそれだ。魔術というのはそういう学問だ。
冒険者の中で魔術師が優遇されるのには理由がある。
孤児院出身の子供にとっては関係性を探すことすら難しい。
「あー……悪いことは言わない。それ騙されてるぞ」
まるで気の毒そうに肩を叩いてくる彼女に対し、いいから見てろ、とだけ返して意識を集中させる。
一瞬で、瞑想状態に入る。
それは戦場で気の遠くなるほど繰り返した作業だった。
魔王の実験動物として幾度となく戦いに赴き、生き残るために死に物狂いで身につけた力。
過去に戻ったとしても変わることがない確かな経験。魂に刻み込まれた魔術の軌跡だった。
体内の魔力を喚起させ、外界のマナを呼応させる。
魔術というのは理に干渉する術だ――――それは魔王が言った言葉でもあった。
「星の巡りをここに。転ずると共に運命は循環す、探し人を示せ」
確かな手応えを感じた。
足下の影がびくりと伸びる。空に浮かぶ太陽は動きもしてないのに不自然に影だけは西へ西へと伸びていく。
”星の導き”という割とメジャーな神聖魔術だ。
どちらかというと占星術に近い。効果はそれほど確かなものではないので保証は出来ないがその先に目標がいるのだろう。
それを見たアニタが思わずと言った感じで言葉を零した。
「…………すげぇ、マジかよ」
魔術を使えると言ってしまうことに恐怖はあった。
魔術は文字通り”魔”に属する力だ。過ぎた力は簡単に身を滅ぼす。
普通なら軽々しく口外してはいけない類のものだ。
このことが知れてしまうと孤児院には俺を引き取りたいという輩ふが挙って現れるだろう。よくてどことも知れぬ家に養子として入るか、悪くて一勝を魔術師の実験道具として過ごすか。
そんなのはどちらにしてもゴメンだった。
「どうやって…………いや、それより。なんで私に教えたんだっ!」
情報は金になる。アニタは貧民街の中ではちょいと名の知れた浮浪児の一人だ。
彼女ならそれを金に変えることも出来るだろう。
「情報を売るって?」
「そうだ、お前はわかってないかもしれないけど魔術を使えるってことは――――」
動揺したアニタは強く言い含めるように言葉を繋げた。
だが、それを最後まで言わせたくはなかった。
「アニタ」
一呼吸置いて、伏せていた彼女の肩を軽く叩いて名前を呼ぶ。
「だけどお前はそんなことはしないだろう?」
裏道の闇がぽっかりと口を開け、風が微かな唸りを上げて通り過ぎていく。
仄暗の中、彼女の頬が怒り以外の色で赤く染まったように思えた。それは錯覚だったのかもしれない。
互いの瞳がまっすぐに交差する。映し出された感情はいかなるものだったのか。
他人の心情心情を思いやれるほど器用な達でもない。
それでもアニタは決して俺に悪いようにはしない、その確信があった。
ならば話して隠し事を共有した方が物事はうまくいく。
魔術を使える、というアドバンテージを最大限に生かすには後ろ暗い仕事をこなすのが一番だ。
そしてこれが一番大きな理由だが――――俺は彼女に借りを返さなければならない。
眼前に突き出されたのは目を覆わんばかりの光景。
噎せ返るような血臭が地表を凪ぎ払い、死骸の山の色をぼやかしていく。
あの日。王都イシュタール陥落の瞬間、死地で俺が生き残れたのは間違いなく彼女のおかげだった。
「そりゃあそうだけど……」
だからこそ一歩踏み込む。
これは彼女の望む関係ではないのかもしれない。だけどその関係はひどく魅力的に思えた。
「そこは信頼してるぜ」
「オイ……そこはってなんだよ、そこはって!そこだけなのかよ!」
馬鹿な軽口を叩き合う。
その度に意識の奥底に沈殿していた苦しさが溶けていった。
――――過去にもどってきた。
わかりきっている事実を心中で一度呟くと心が落ち着いた。
荒唐無稽な話だが今となってそれは自分の中で確固たる現実となっていた。
周りには自分達以外に人の気配がない。
一際強い風が吹きつける。風の中には土の匂いが混じっているように思えた。
日差しはゆっくりと昇っていき、天頂に太陽が落ち着こうかという頃。
澄んだ空に千々に乱れたひつじ雲が飛んでいく。
未来は変えられる筈だ。
アニタと笑い合いながらそんなことをぼんやりと考えた。




