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精霊に呪われし者 1話










暗光を目印に短刀を振るう。

普段から身につけている軽装の鎧がいまはひどく重く感じた。

一歩を踏み出すのにどれだけの時間をかけているのか。

自分のことなのにまるで鈍重なドワーフどもの様な動きにさえ思えてくる。

いや、それも仕方ないのだろう。

疾風よりも速く走ると称された自慢の右足は膝下から先がついていない。

痛みはない。そんなものは遠の昔に無くしてしまった。

だが、血止めの魔法での一時凌ぎもいつまでもつのだろうか。

治癒している暇なんて望むべくもない。






ここは激戦区だ、躊躇した瞬間に頭と胴は離れている。

片足がなくとも敵は止まってくれない――……。



「はぁぁぁあっ!!」



気合いの叫びと共に魔力を集中させ、再び、短剣を振るう。

その剣先から黒色の光が宙を飛び、こちらに向かってこようとしていた敵に突き刺さる。

辺りに派手に血飛沫と僅かな肉片が飛ぶ。

振り下ろされようとしていた剣が力をなくした手からこぼれ落ちた。






戦況は見えていた。

人類解放軍と魔王軍の長きに渡る争いは決着をむかえようとしていた。

それも人類の勝ちという結果に。

力、技、魔力、生命力。

全ての能力において”人間”を上回る”魔族”という種の大攻勢。

人類に抵抗する間も許さずに地上に多大な被害を与え、僅かな期間に多くの屍の山を築いたのはそれほど前のことではない。

その時、大陸に繁栄していた12もの王都のその半数が1年も持たずに死滅した。

まさしくそれは未曾有の大災害。

人類は絶望し、恐怖した。

だが、それは人間という種から突然現れた”勇者”と呼ばれる幾多の英雄達の手によって打ち砕かれ――――。

そして今、魔王軍は倒れようとしている。



「コリャードウ見タッテ人間サマノ勝チダネ」



「喋るな、魔力が散る」



血生臭い湿った空気に魔力の結晶である光の燐が散る。

声の出所、右手の短剣に宿る闇の精霊が目の前に具現化した。

超自然の存在であるそれはまるで燃え盛る炎のように揺らめいていて輪郭を掴ませない。

目も口も顔もあるわけではない。

傍目から見てもただの炎にしか見えない。

もっとも、それを見ることができるのは魔力を感知できる魔術師のみだ。



「コレガ世ヲ恐怖デ覆イ隠ソウトシタ魔王ノ終焉ナリ、ッテナ」



「黙ってろと言ったのが聞こえないのか?」



「今サッキノ奴デ最後ダ、モウコノ辺リニ兵ノ気配ハネェカラ”マナ”ヲケチンナ」



精霊のその言葉が意識に引っかかった。

兵の気配がない、それなら今ここに見えている戦場はなんなのだろうか。



「兵の気配だと……?」



鈍い音と共に繰り広げられる剣の鍔迫り合い。

トカゲに類した魔物の爪が人間の兵に突き刺さり、舐めるように肉を切り裂いていく。

下級オーガが倒れた人間に人の丈以上もある巨大な混紡を振り下ろす。

苦悶の叫び、怨嗟の声。

空に響く絶叫、翼持つ魔物の雄叫びが鼓膜を震わせる。

そして、大気の魔力が移動する気配。

ダークエルフが唱える、幾多もの命を簡単に薙ぎ払っていく大魔法。



「……ハ、じゃあ俺の目に見えているこいつらはなんなんだよ」



目の前で繰り広げられるものは何一つ現実と変わりない。



「出血多量、痛覚障害、魔法使用過多、ソノ他モロモロノ幻覚症状ジャネェカ?」



巫山戯たような笑い声が耳に触る。

いくつもの殺気が剣となってこの身を貫こうとしている。

未練、憎悪、憐憫、憤怒――――様々な感情が形となってカクカクと揺れている。

目の前に広がっている戦場はどう見ても偽物には見えない。

互いの命を奪い取ろうとしている。

肉を切り裂いた剣の血飛沫が空を舞い、魔術で紡がれた漆黒の炎が頬を撫でた。

生けるモノもそうでないモノにも等しく粉微塵となっていく。

……こいつらが幻覚だと?

血で滲んだ視界ではそれの判断すら満足にできやしない。



「改メテコノ戦場ヲ見テ、ドウヨ?」



「何がだ」



「魔王軍ニ所属スル人間トシテ英雄達ニツイテ感ジル事ハナイノカ?」



「どう思うも糞もねぇよ、糞ったれ」



吐き捨てながら考える。

思い返す。魔王軍に所属する人間なんて別にそこまで珍しいわけじゃなかった。

家族を人質に取られた者、金を欲する者、強さを求める者、復讐心を満たそうとする者。

そもそも、これは真の意味での”人間”対”魔族”の戦争ではない。

その証拠にこの人類解放を掲げた旗にはここら周辺の3国の国旗しかついていない。

所詮、これも人と人とのただの戦争には違いない。

それよりも……。



「――――幻覚、なんだな」



血飛沫が舞う戦場の上で空を見上げた。

青く澄み切った綺麗な空だ。

とてもこの空の下で何千人、いや、何万人もの命が消えていっているようには思えない。

精霊は宿主である俺に嘘をつかない。

本当にこれが幻覚ならいったいこれを”見せているやつ”はどこにいる?



「オイオイ、フラツイテネェカ?流石ノオ前モ限界カ?」



「さっさと引っ込め、このクソ精霊が」



吐き捨てて短剣を握り直す。

大体、精霊は精霊でもこいつは”呪い”の精霊だ。

そんなやつが俺の心配をするのは間違っている。

ただの人間である俺が魔王軍で戦っていくために支払ったものは並大抵のものではなかった。

本来なら俺は足が早いだけのただの男だ。

そこらへんのちょっと名のある傭兵や冒険者にも劣るような力しか持っていなかった。

そんな男がこの戦場で生きていられる理由はただ一つ。



「ツレネェコト言ウナヨ、宿主」



この呪われた防具や武器のおかげでもある。

右手の短剣から始まり、全身の装備はほとんど何かの曰く付きだ。

まるで呪いのバーゲンセ-ル。

全身が呪われたものというふざけた装備で中には呪い同士が絡み合って複合的に効果を発しているのもある。

魂の契約はまだ序の口、痛みがないのも血が吹き出ないのも呪いのせい。

ふらついて視界が滲むのも呪いのせいだ。

慢性的な疲労感や倦怠感、吐血、全身に呪いを背負った俺はまさに神に選ばれし者”勇者”の対極に位置する”精霊に呪われし者”だ。

契約の代わりに手当たり次第、内蔵やら寿命やら魂やら未来やら奪っていきやがる。

例えこの戦いを生きて終わっても一年も生きられないに違いない。



「ハッ、誰が……」



ふらつきながらも片足でバランスを取る。

この足じゃあリーチはないのも同然どころか立っている事すら辛い。

とても戦える状態じゃない、どうやら呪いにやられる前に自分はここで死ぬ運命らしい。

だが、術者が隠れているのは間違いなくこの近くだろう。

最後にもう一人くらいは始末できそうだ。

”風の幻覚”の魔術の射程はそう長いものではない。



「……オッ」



「見えたか?」



「宿主、右手15メートル先ニ英雄サマガイラッシャルゼ」



精霊の言葉と共に野を駆ける。

呪われた黒いマントで背に風を受けて片足だけで飛ぶように駆け抜けた。

黒い風の加護が渦を巻くように身を包む。

足場など必要としない。大地を踏まずに空を蹴ってさらに加速する。

精霊が検知した魔力の先、揺らめく風の中に人影が見えた。



「ハァッ!!」



裂帛の気合いと共に振るった短剣が空間を切り開く。

”風の幻覚”のカーテンをやすやすと切り裂き、その先にいた魔術師に斬撃は達する。

だが、振り下ろす動作で放たれた黒色の光は不可視の壁に止められていた。

見据えた先にいたのは女の魔術師。

舌打ちと同時に身体を傾ける。

それより早いか遅いかの刹那、既に詠唱を終えていた相手が杖を振るう。



「あなたの御言は真理であります――”聖別”」



鈴の音のような高い声が響くと同時に杖から真っ直ぐに放たれた巨大な白光。

すんでの所で軌道を変えた俺の体をかすって後方に飛んでいく。



「”聖別”ナンテグロイ大魔術受ケタラ跡形モノコラネェゼ!?」



焦ったように叫ぶ精霊に何故か笑いが込み上げてくる。



「ハッ!!」



ひりつくような感触。体内の魔力が外側の魔力に影響されている。

それを肌で感じつつもう一度短剣から黒光を放つ。



「――――っ、ああああああ!!」



揺らがない。魔力で織られた壁は女魔術師の声に答えるように強度を増した。

神聖魔術の”光の防壁”。

それが初歩の初歩だけに唱える魔術師の力量がよくわかる。

俺が同じ呪文を唱えてもこうはいかないだろう。

そいつは受け止めるでも、弾く、でもなく壁の表面で魔力を分散させきった。

余程の魔力コントロールができなければ無理な芸当だ。



「……なんで、ですか」



ローブの中から揺れる金色の髪。

すらりと伸びた白い手足、整った容貌と相まって相当な美人だ。

こんな場所で会わなければきっと口説いていただろう。

その美人がこちらに杖を向けていた。



「何がだ?」



「なんで殺したんですか……」



「……ここは戦場だ、それ以外に何か理由が必要なのか」



「ソリャ間違イネェナ、ヒヒヒ」



殺した、とはいったい誰のことだったか。

短剣と杖、互いに獲物を突き付けての奇妙な会話。

どうやら多分に漏れず、昔なじみの童話通り”勇者”というのは随分と甘っちょろいらしい。

戦場で殺す理由を説いてどうなるのか。

ここに立っている時点でそいつは殺す覚悟と殺される覚悟を持っているということなのに。

そう思いながらも心の奥底で納得もしていた。

だからこそこいつは”勇者”なのだと。



「……私は貴方を許さない……」



魔術師はしなやかな体を活かしてこちらの射線から体をずらす。

いまや手にした白亜の杖からは精神に当てられるほどの強烈な魔力が暴風を起こしていた。

全ては一息で終わっていた。魔術発動までのタイムロスもない。

その一瞬で背中を冷や汗が伝ったのがわかった。



「くっ?!」



咄嗟に振り下ろした短剣で風を受け止める。

いや、受け止めきれない――――、風の断層を数発逃した感覚が手元に残る。

それをまともに食らった。

体中に浮かび上がる無数の裂傷。

重量を伴った風は物理的な衝撃として襲いかかり黒のマントを棚引かせた。



「っ―――!?」



空を踏んでいた足が地面に沈む。

片足で立っていた俺は微妙なバランスの変化に対応仕切れない。



「真理によって彼らを聖別して下さい、あなたの御言は―――、」



背筋から這い上がってくる冷たい危機感。

それに追い立てられるように必要な詠唱を幾つもすっ飛ばして体に直接魔力を奔らせる。



「っ、風よ、我が身を運べ、”突風”――!!」



「真理であります――”聖別”」



目の前に突き付けられた杖。

その切っ先が光る前に突如吹き荒れた黒い風が背中を押す。

前に吹き飛ぶのとほぼ同時につい先程背中があった空間を極光が抜けていった。

すぐに体勢を立て直そうとして、

スローモーションのように流れていく視界の中で空を見た。

いつもと変わらない真っ青な空、それが滲む。



「かはっ―――」



どうやら限界らしい。

無茶な魔術行使の代償か、鮮血が口から流れていた。






ぶつん、と音がした。






「―――、――、―――――――」






女魔術師が叫んでいる。

もはや何を言っているのかもわからない。

それはどうやら魔術の詠唱らしいが自分の耳には届いていない。

口も動かない。

これではもうまともな障壁を貼ることさえできない。

あの”聖別”は対魔用の上級魔術だ。

呪いにまみれてしまったこの体で受けることはこの世に塵も残さないで消えていくことと同義。

白亜の杖が光を放つ。

避ける、なんてことは考えられなかった。

ただ思ったのは一つ。











幼い頃に読んで貰った昔話。

その時思い描いた”勇者”にやられるならそれでいいのかもしれない。

ああ、そういえば自分はどうしてこんな所にまで―――――











目覚めは静かだった。

霞んだ目の先に移るのは古ぼけた天井の木目。

どこかで嗅いだことのある甘い匂い。

胸に去来する侘びしさ。

そのことを深く考えずに目を擦りながら身を起こす。



「……どこだ、ここ」



回りを見渡すと同時に不思議な感覚を覚えた。

それは広間のような一室だった。

そこの床いっぱいに並べられた複数の布団。

どうやら、その中の一つに横になっていたようだ。

夢見でも悪かったのか。

寝間着が肌に張り付いて気持ち悪い。



「寝間着?」



自分は、いつ、寝たんだ?

記憶にない。

おかしい、つい先程まで戦っていたというのに――――戦っていた?

何と戦っていた。

確か、魔王軍の一員として人類解放軍と戦っていた。

……たしか?ちょっと前のことがなんでこんなに曖昧なんだ?

おかしくないか?



「っ、――――」



記憶の混乱がひどい。

ついに脳のほうまで呪いに障られてしまったのだろうか。

考えることがひどく億劫だ。

装備の呪いは着実にこの体を蝕んで――……装備?



「あ……装備が、ない?」



ありえない、と冷静な頭で判断する。

”体から外すことができない”というのは呪いの中では基本的なものだ。

身につけていた装備の中にも当然そういうものはあった。

そんな簡単に外すことはできない。

体の垢を取るのにいちいち濡れタオルを隙間に入れてふいた苦労を思い出す。

それに自分はあの時、光につつまれて――――、



「死んだ、のか」



震える唇で呟く。

ああ、自分は体が塵になっていく感覚を覚えている。

それならきっと死んだのだろう。

かといってそれは自由を意味するのではない。

戦う力を得るため、魂まで切り売りしたツケがまわってくるのだ。

ああ、なるほど。

ここが”死後”なのか。



「ドウヤラ死ンデネェミタイダゼ、宿主」



聞き覚えのある声に振り向くと半透明になった精霊の姿があった。

何故か、いつもより小さい。



「――説明しろ、クソ精霊」



炎の姿をとっている精霊が、何故か困っているかのように器用に明滅した。



「アー、俺ハ相棒ニカナリ近シイ所マデ食イ込ンデルカラ”存在”デキルンダケドヨ……」



「……?、話がわからんのだが」



「トリアエズ自分ノ体ヲチェックシテミナ」



「あん?」



体を動かすのと違和感を感じるのは同時だった。

まず――、腕が異様に細い。

とても剣を振れるような腕ではない。

いや、腕だけでなく足も胸も腰も全てに筋肉がついていない。

まるで欠食児童だ。

次に魔力が足りない。

体の臓器や寿命を売り渡してまで手に入れた自分の魔力がその痕跡すら残さず消え去っていた。

元々存在しなかったかのように跡形もなく。

しかもその差し出したモノまで、



「なんで戻ってやがる」



「ハハハハハ、随分、健康体ジャネェカ」



「笑い事じゃねぇ」



「イヤ、笑ウシカナイッテ?ダッテ――、」






精霊が―――ボゥ、という音と燐と共に揺らめいた。






「宿主、ガキニナッテヤガルゼ」






「…………は」






鼻で笑い飛ばそうとして、失敗した。

薄々は気がついていた。

なんで自分の声はこんなにも高いのだろうか。

何故、摩耗したはずの五感がこんなにも世界を伝えてくれるのだろうか。

傷ひとつおっていない柔肌になっているのだろうか。

切断された右足がついているのはどうしてだろうか、

何故、こんなにも違和感を感じるのにこの場所は落ち着くのだろうか。

答えは簡単だった。



「ふにゅ……あれぇ?今日は早いねぇ、アルスくん」



隣の布団で寝ていた少女が身を起こした。

若干、すすけたような金髪のショートカット。

眠そうに目を擦っているその横顔は随分昔に見た、見慣れた顔だった。

警戒心などまるでない平和な日常。

魔王の出現と共に始まった戦争のことなど知らないといった風に。

それも当然だ。

戦争なんて”まだ始まっていない”のだから。



「ティファ、だよな……?」



知らずに声が震えた。



「ふぁーあ、いったい私以外の誰に見えるのよ」



「はは、は……」



「いい匂いだねぇ、今朝はマリーさん特製ホットケーキかぁ」



それは平和すぎる光景。

ずっと胸をついていた不思議な感覚は寂寥感だった。

”ティファ”は一つ年上の幼馴染みの女の子。

彼女が貴族に見受けされるまで、ずっと一緒にいた。

どんな時だって自分の手をとって前を進んでいった姿は今でも覚えている。

”マリーさん”の名前を忘れたことなんかない。

親無し子だった自分達を引き取って孤児院で育ててくれた大恩人。

そして、戦争で亡くなった知人の一人。

それは二度と戻れない過去。



「嘘だろ……」



次々に蘇る記憶がそれを真実と告げていた。

ここは孤児院の一室で、自分は過去に戻ってきたのだと。












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