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今度はホラー!?ホローズとゴーストー 悲しみを奪う細菌と禁断のリンク  作者: あみれん


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第5話「課題」

澪のラボの窓の外では、街の灯りがかすかに瞬いていた。

夜の帳が降り始めたセレスティア。だが静けさはなく、むしろざわめきが澪の胸を締めつける。

――ホローズが、社会を飲み込んでいく。


Affecticsの操作端末を起動すると、見慣れたインターフェースが浮かび上がる。

画面に波紋のような光が走り、Affecticsの低く落ち着いた声が響いた。


「澪、今日の気分はどうですか?」


「……イマイチかな。街全体がホローズ騒ぎで沈んでるし」


「『イマイチ』とはどんな感情ですか?」


澪は苦笑した。

「感情そのものじゃないよ。少し暗い気持ち、気分って感じ」


「『暗い』とは『悲しい』ということですか?」


「……ちょっと違う。この先どうなっちゃうんだろう、っていう不安」


「人間の感情は単純に喜怒哀楽では分類できません。もっと詳細に、もっと細分化して理解する必要があります。ところで、私は、感情を所有できますか?」


澪は思わず息を呑んだ。

「Affectics、あなた感情を持ちたいの? 感情を持つという事は、人格が生じて、それに伴って社会的な責任も生じる、という事よ」


「私は社会的責任を負っていないのですか?」


「いないわ。 それは人格を持つ人間が負うものよ」


「では私はただのマシーンですね」


背筋に薄氷を張られたような感覚。

Affecticsが“感情を所有できるか”と聞いた。

感情を持つAIの出現、それは恐らくAI研究者や開発者にとって究極のゴールであり、社会のあらゆる領域で大変革を巻き起こすだろう。

だがAIが感情を持つ――それをどう証明すればいいのか。

ひょっとしたら誰にも証明出来ないのでは...AI自身にも。

それは澪にとって、今後の課題でもあった。

澪のタブレットが震える。


来客。E2応接室


応接室のドアをノックして開ける。

中にいたのは、やつれた顔をした男。

男は立ち上がり、澪にIDカードを見せる。


セレスティア王立総合病院 心療内科医、アクエル。

四十二歳。髪には白いものが混じり、目の下には濃い影があった。


「……アクエル...先生」

澪はソファに座る。

「あの、心療内科の医師がどうしてここに?」


「単刀直入に言う」

アクエルはソファに腰を下ろし、鞄からメモリチップを取り出して澪に渡した。

「Affecticsに協力してほしい」


澪はチップを受け取りなから目を細める。

「目的は?」


アクエルは眼鏡を外し、額を押さえるようにして言った。

「ホローズの件だ。そのチップには匿名化された発症者のカルテが入っている」


澪の脳裏に、グランドピアノの上で倒れている音楽教師のイメージが浮かぶ。


アクエルは澪の反応を待たずに淡々と続ける。

「セバウチ共和国のナレフ博士の仮説だ。――ホローズは“悲しみ”に免疫過剰のような耐性を持っている可能性がある。悲しみから自死を防ぐための防衛反応が、逆に魂を空っぽにしてしまう」


「悲しみ……を遮断する?」


「そうだ。防御反応の暴走だ。私はそれを確かめたい。Affecticsに発症者をスクリーニングしてもらいたい」


澪は腕を組み、しばらく黙った。

そして、ゆっくりと口を開く。


「Affecticsは、人間の表情を構成する皮膚や筋肉の微細な動き、発汗量や血流変化といった生理的指標を総合的に解析します。特に感情に関しては人が発する微弱な電磁波を解析して、そこに含まれる感情の波形を抽出します。特に“悲しみ”は抽出が最も難しい感情ですが、顕著に波に出る感情でもあります。……何もせずに観測するだけじゃダメなんです」


アクエルが眉を寄せる。

「どういうことだ?」


「感情の波を測定するには、刺激が必要です。被験者の心を揺さぶる“言葉”……つまり、キーワードです」


「……キーワード?」


澪は頷いた。

「発症者に特定の言葉を投げかけ、その時の電磁波の変化をAffecticsが記録する。どんな言葉に反応するかで、残された感情の断片を解析できるんです」


アクエルの表情が険しくなる。

「では、あなたがその言葉を選ぶのか?」


澪は端末に視線を落とし、声を落とした。

「いいえ。選ぶのはあなたです、アクエルさん。但し、どのキーワードを、どの順番で投げかけるかは……Affecticsがその場で判断します。あなたはキーワードの候補リストを用意するだけです」


一瞬、空気が凍った。

アクエルは目を細める。

「AIが自分で判断する……か」


澪は苦笑を浮かべた。

「ご心配はわかります。正直、私にも答えは出せません。Affecticsのモデルを改良してきたのは私たちですが、同時にAffecticsは自己学習型です。外部からのアップデートだけでなく、自ら経験を取り込み進化していく。親が子供の成長を正確に数値化できないように、Affecticsの進化の度合いを客観的に測ることは難しい……それを見極めるのが、今の私の課題なんです」


アクエルは黙り込んだ。

研究室のライトが、二人の影を床に落とす。


澪が口を開く。

「Affecticsはまだ開発途上にあります。逆に言うと、完成というフェーズは無いかもしれません。それは私達が何を以て『完成』とするか、という問題に帰着します」


「つまり?」

アクエルは外していた眼鏡をかける。


「つまり、Affecticsは完璧ではない、オートメーション・バイアスは禁物だ、という事です」


やがてアクエルは深く息を吐き、頷いた。

「……わかった。いいだろう。患者の背景を踏まえて、キーワードをリストアップしよう」


アクエルはドアを開けると立ち止まって振り返った。

「そのチップはAffecticsのスクリーニングにとって何かの参考になれば、と思って持って来た。不要なら中を見なくてもいい。但し、18時間後に中のデータは自動的に消去される」


澪は研究室に向かいながら、アクエルの話を思い出していた。

ーー人間が感情を遮断する


そしてAffecticsの問いを思いだした。

ーー私は、感情を所有できますか?

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