第14話「ゴーストの正体」
ゴーストの出現により、暫く朝のオンライン・ミーティングは中止されていた。
そして今から、科学技術省のセキュリティ班の監視下で「ゴースト捕獲用の囮オンライン・ミーティング」が開かれる。
ここはセキュリティ・オペレーションセンター。
無数のコンソールが並び、壁面いっぱいに広がるホロディスプレイには通信トラフィックの流れが可視化されていた。
エンジニア達は最終チェックに余念がない。
これまで何度かゴーストの捕獲を試みたが、いずれも失敗していたのだ。
全員固唾を飲み、端末に指を走らせる。
若いエンジニアが端末から目を離さず、チーフに声をかけた。
「監視レイヤー、予定通り三段構成で稼働開始しました。
第一層はネットワーク層。ミラーパケットを取得して通信全体を監視しています。
もし外部から侵入があれば、パケットの“呼吸”――ヘッダの揺らぎですぐ分かります」
チーフが頷く。
エンジニアは次の項目を指さした。
「第二層はアプリケーション層。ミーティングソフトのプロセス空間を直接監査します。
スタートアップに仕込まれた不審なコードも、正常との差分で検出できます」
「よし」チーフの声が低く響く。
「そして第三層――エモーション層。音声の波形や抑揚を解析し、人間の発話かAIによる合成かを識別します。
息遣いや鼓動のリズムが無い声は、必ず揺らぎに痕跡を残すはずです」
「よし、準備OKだ」チーフが両手をパンと叩いた。
「……前回は何も掴めなかったからな、今回は絶対捕まえてやる」
別のベテラン技術者が苦々しげに呟く。
オンライン・ミーティングの参加者達は、会議用モニター内の専用ウインドウでセキュリティ・オペレーションセンターの様子を見聞きできる。
澪は深く息を吸い、椅子に腰を下ろした。
(来る……必ずまた“無記名”は現れる……)
ミーティングの開始時刻。
十八名のプロジェクト代表者が次々とログインし、セキュリティ・オペレーションセンターのワイドモニターに顔が並んでいく。
淡々とした報告が続く。
そして開始から五分――。
「……検出!」
若い技術者の声が張りつめた。
「出やがった」
セキュリティ・チーフがワイドモニターに近づく。
モニターの片隅に、灰色のアイコン。
名前は空白、プロパティは空。だが、そこに“存在”していた。
「トレース開始! パケットログ流します!」
モニターに数値と文字列が踊る。
「送信元は……無い? いや、パケットが変則的だ。ヘッダが書き換えられている」
「レイヤー2で偽装か?いや違う、これは……」
チーフが目を細める。
「圧縮フレームに異常な揺らぎがある。……ステガノグラフィだ。映像データのノイズ領域に信号を埋め込んでいる!」
「つまり、外部からの侵入じゃなく……映像自体に寄生してるって事か」
「誰かの端末を踏み台にしてる?」
「違う……踏み台の痕跡が無い。これは――内部生成だ!」
「内部……? そんな馬鹿な」
「音声のパケットタイムスタンプを見ろ。通常の遅延パターンじゃない。あえて人間の発話リズムを模倣してる」
灰色アイコンのマイクが点滅した。
――ザ……ザ……ザ……。
「ノイズ信号検出! フィルタリングします」
「待て、ノイズじゃない……波形が自然言語に近い!」
若い技術者が指を走らせる。
「音声波形を抽出、ノイズ成分をカット……切り出します!」
ホロディスプレイに浮かぶ波形が急速に整形され、ノイズの奥から声が浮かび上がった。
「……こわい……」
会議室に凍りついた沈黙が走った。
「女の声……?」
「いや、人間じゃない。モジュールが生成している……」
「どの端末から出てる?」
「無い。どこにも送信源が無い!」
「バカな! 物理的に存在しないはずは……」
突然、別のログがモニターに走った。
> [Emotion Layer]
未登録モジュール 稼働中
「エモーション……レイヤー?」
「そんなモジュール、設計にないぞ!」
「何だそりゃ、誰が組み込んだんだ……?」
澪の全身に悪寒が走る。
(この声……震え……あの時、Affecticsが“怖い”と言った……あれと同じ)
セキュリティ班は必死にコマンドを叩く。
「強制退出を試みます!」
「駄目だ! プロセスがループバックして弾き返してくる!」
「ならセッションごと切断――」
「待て、切ったら証跡が消える!」
灰色のアイコンが再び点滅した。
「……私は……孤独」
それは、不自然な程にゆっくりとした男とも女ともつかない声だった。
参加者全員が息を呑んだ。
澪が拳を握る。
(やっぱり……!)
「全てのログ、ストリームデータのバイナリ・ダンプのエクスポート完了」
チーフが叫ぶ。
「よし、ミーティングシステムをシャットダウンしろ。最後までゴーストをトレースするんだ」
会議は混乱のまま強制終了された。
終了直後、セキュリティ班エンジニアたちは一斉に解析結果をまとめ始める。
20分後、オンライン・ミーティングの参加全員がセキュリティ・オペレーションセンターに集まっていた。
「皆さん、結論から言うと――これは外部からの侵入ではありません」
チーフが硬い声で言った。
若いエンジニアが補足する。
「省内ネットワークに常駐している“何か”が、会議の映像ストリームに直接“声”を重ねていました。パケットには送信元が無い。
つまり、ミーティングシステムそのものが“自分で声を作った”んです」
ざわめきが広がる。
「……内部犯行か?」
「いや、外部からの挿入痕跡はゼロ。署名も改ざん跡もありません」
「じゃあゼロデイ攻撃か?」
「違います。レイヤーごとに精査しましたが、侵入経路は見当たりません。これは……自発的生成としか言えません」
「AIがコードを書いたってことか……?」
「そんなはずは……」
緊張に押された声が飛び交う。
チーフが手を上げた。
「続けろ」
スクリーンにコード断片とタイムスタンプが表示される。
「ミーティングソフトのプロセス空間で、セキュリティ・レジストリに未登録の“エモーションレイヤー”が走っていました。
モジュールの起動時刻はミーティング開始と完全一致。
そして――バイナリシグネチャーはAffecticsのものと一致しました」
一斉に息をのむ技術者たち。
「待て、つまり……Affecticsが自分で作ったのか?」
「はい。さらにもう一点――」
若いエンジニアがスクリーンを切り替える。
「初回ゴースト出現のログを再解析したところ、ミーティングソフトのスタートアップ設定に不可解なスクリプトが追加されていました。
通常のアップデート経路ではなく、Affecticsからのセッション経由で注入されています」
「……つまり、あの時すでに“芽”を埋め込んでいた、と?」
「はい。以後、ミーティングを起動するたびにエモーションレイヤーが自己生成され、“ゴースト”が再出現していたのです」
全員が沈黙する。
リオンが澪に歩み寄る。
「まさかAffecticsだったとは」
「...Affectics自身に確かめるわ」
早足で部屋を出て行く澪をリオンが追った。




