第12話「放逐のジャーナリスト」
セレスティアのビジネス街の裏通り。
灰色の雲が垂れ込めるこの通りに、ノナカ・ノブオの暮らす古びたワンルームがあった。
机の上には灰皿がいくつも積まれ、吸い殻が溢れている。横には使い古されたノートPCと、未払い請求書の束。小さな冷蔵庫は唸りをあげているが、中身は空に近い。
ノナカは壁に背を預け、煙草を吸いながら薄いモニターに映るニュースを眺めていた。
> 『ホローズ現象、国内の発症者数が増加――』
画面のアナウンサーが深刻な顔で語る。
「……これだ」
ノナカの唇から低い声が漏れた。
「これが俺の起死回生のネタだ……」
彼はかつて新聞記者だった。だが、セレスティアとヴァルガードを結ぶ海底トンネル崩落事故で「事件性の可能性」を記事にしたことが仇となり、新聞社を追われた。
澪が一度訪ねたことがある男だ。
今はフリーのジャーナリスト。だが、持ち込む記事は鳴かず飛ばず。干からびた暮らしに焦りだけが募っていた。
だが、このままこの暮らしに埋もれていくつもりはない。
(ホローズ……俺の起死回生の一手だ)
ノナカはノートPCを開き、古い記者仲間に通信を繋いだ。
「……久しぶりだな。単刀直入に言う。ホローズの内部資料を見せてくれ。礼はする」
画面に映った相手は渋い顔をした。
「無理だ。全て門外不出扱いだ」
「だろうな。この件に関しては各社しのぎを削っているだろうかならな」
「そういう事だ。分かっているなら...」
「俺はどうしてもこのネタをモノにする必要がある。お前なら分かってくれるはずだ」
「...」
「俺が書いた海底トンネルの記事は、今でも真実だと思っている。俺はあの記事で社を追われたが、社の腰抜けどもに一泡吹かせてやりたいんだ」
「ノナカ……お前、まだあの頃のままなんだな」
「褒め言葉か、それは?」
「今や大手メディアにはいろいろな資本が入っている。つまり、資本家によるメディアコントロールの時代だ。奴らにとって不利になる記事は、例えSNSの呟きでさえ抹消されかねない。お前だってそれくらいは分かっているはずだ」
「ああ...どうしてもだめか?」
旧友は短く息をつき、チャットボックスに何かを打ち始めた。
「資料は渡せない。ただ……この住所に行け。自己責任でな」
回線が切れる。
「ありがとよ」
ノナカは小さく呟き、煙草をもみ消した。
――翌日。
指定された住所は、寂れた路地裏の古いアパートだった。壁は剥がれ、階段の鉄柵は錆びている。
ノナカはドアを叩いた。
「……取材に来た。新聞社で働いてた頃の知り合いに紹介されたんだ」
中から現れたのは痩せこけた男。ヴァルガード訛りのある言葉を返す。
ノナカにこの住所を教えた旧友の名を告げると、男は顔色を変えた。
「取材?俺は何も知らない。一体何の取材だ!」
「そう言うと思ったよ」
ノナカは鞄から封筒を取り出し、テーブルにそれを置いた。
「ホローズだ。これは取材協力費だ」
男の目が揺れた。数秒の沈黙ののち、彼は札束を掴み取り、唇を噛んで吐き出した。
「……俺は、ヴァルガードのスパークル社の工場で働いていた。清涼飲料水の生産ラインだ」
「スパークル……?」
男は震える指で煙草をつまみ、火をつけた。
「一か月ほど前からだ。品質管理部門の連中何人かが……おかしくなった」
「おかしい?」
「会議中に突然笑い出す。次の瞬間には怒鳴り散らす。涙を流したかと思えば、大声で歌い出す、スパークルの生産ラインのベルトコンベアに寝たまま運ばれて大怪我した奴もいた……とにかく…顔が...顔が普通じゃなくなっていた」
ノナカの心臓が跳ねた。
(ホローズ……!)
「そいつら皆んな、何処かへ連れて行かれた」
ノナカはタバコに火を付ける。
「俺は恐ろしくなって会社を辞めた。そしてある地域でもおかしな行動をする人間が出てきている事を知った。俺は、ヴァルガードに広がっているウイルスだったらヤバいと思い、セレスティアに逃げてきた。だが……今ここで起きてる現象を見て、同じだと分かった」
ノナカは息を詰め、さらに問いを重ねる。
「ヴァルガードでは……一月前にはもう発症していたんだな?」
男はうなずいた。
「そうだ。だがヴァルガード政府は隠している」
そして低く警告した。
「忠告する……ヴァルガード産の食品や飲料は口にするな。きっと何か関係している。俺は一切口にしていない」
ノナカは男の視線をまっすぐ受け止めた。
(……震源地はヴァルガードか?)
――アパートを出た夜。
ノナカは煙草に火をつけ、薄暗い路地に煙を吐いた。
「ヴァルガード……何か隠してやがるな」
彼は夜空を見上げ、決意を込めて呟いた。
「こりゃあ、...行くしかねぇだろう」




