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今度はホラー!?ホローズとゴーストー 悲しみを奪う細菌と禁断のリンク  作者: あみれん


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第1話「笑う失望者」

セバウチ共和国。


セレスティアの遥か一万四千キロ東に位置する山岳民族の集合国家。

急峻な山岳と深い森に囲まれ、外界から隔絶された村々が点在している。

幾つもの部族が寄り集まり、互いに言語や習俗を異にしながらも、一つの旗の下で暮らしてきた。


その名の由来については、古来よりいくつかの言い伝えが残されている。

ある部族は「セバ」を“精霊”の名とし、「ウチ」を“集落”と解釈した。

また別の部族は「セバ」を“祖霊”と呼び、「ウチ」を“根”と説いた。


いずれにせよ、この国名は“見えざるものと共に生きる”という意味を帯び、人々の心に刻まれてきた。

しかし、その真の意味を知る者はもういない。


この国の人々は古来よりアニミズムの信仰を守り続けている。

山には霊が棲み、川は命を運び、祖先の魂は夜風に混じって村を見守る。

理解できない出来事は「精霊の意思」として受け入れる。

それは恐怖であると同時に、畏れ敬うべきものだった。


そんな土壌の中で、今、一つの奇妙な現象が起こっていた。


男は山間を流れる川沿いの道で倒れているのを発見され、この診療所に運び込まれていた。

最初に見つけた子供が「川で誰かが泣いている」と言い出したのだ。

駆け付けた村人たちが見たのは、泥にまみれた顔で空を仰ぎ、声を殺すように身体を震わせる男の姿だった。

誰かが背筋を凍らせて叫んだ。「……あれは泣いてるんじゃない、笑ってるんだ!」


ここは山間の村にある古びた診療所。

午後の光は山の稜線に隠れ、集落はすでに夕暮れの色に沈んでいた。

診療所は木造の平屋建て。外壁の白い漆喰は剥がれ落ち、窓枠は湿気で黒ずんでいる。

玄関先には村人たちが群れを成し、戸口の隙間から漏れる笑い声に耳を澄ましていた。


「……おい、アイツ笑ってるぞ」

戸口にへばり付いて中を覗く若者が青ざめてつぶやく。

「昨日、葬儀で泣き崩れてたのを俺は確かに見たんだ」

「間違いねぇ、棺にすがって泣き叫んでたじゃねぇか」

「なのに……どうして笑えるんだ」


外のベンチに座った男たちが、小声で囁きあう。

老婆が震える指で胸の数珠を握りしめた。

「祟りだ……。山の祖霊が魂を攫ったんだよ」


「馬鹿言うな。ただの病気だろ」

「じゃあ説明してみろ! 女房の葬儀からたった一日だぞ!」

「狂ったんだ……もう人じゃなくなっちまったんだ」


子供が泣き出し、母親の脚にしがみつく。

母親は必死に抱き寄せながらも、瞳は恐怖に曇っていた。


診療所の中。

小さな診察室には安っぽいライトが明滅し、壁には山草の乾いた匂いと消毒液の刺すような香りが染みついている。

ベッドに座るのは三十代半ばの男。昨日まで妻の死で泣き崩れていたはずの人物だ。


「……昨日、君は葬儀で奥さんを見送ったはずだ」

医師がカルテを握りしめ、目の前の男に問いかける。


「……え? カミさんを?」

男は不思議そうに瞬きをし、それから、にたりと口角を吊り上げた。

「ははっ、何を言ってるんです先生。カミさんなら元気ですよ。きっと仕事に行ってるはずだ」


笑い声は明るい。しかし瞳は不自然に乾いていた。昨日まで赤く腫れていた目には、涙の痕跡すらない。


「なに……これ……」

看護師が息をのむ。

「昨日は棺から離れようとしなかったのに……」

彼女の声は震え、医師の袖を掴んだ。


診療所の外では、人々のざわめきが大きくなっていた。

煤けた窓ガラスを覗き込む村人たちが、押し殺した声で呟く。


「見ろ……涙の跡が消えてる」

「目が乾いてやがる……」

「笑ってる……あれは笑顔じゃない。仮面だ」

「精霊が悲しみを持っていったんだ」


そのとき。

男が笑顔を崩さぬまま、ゆっくりと顔を窓の方へ向けた。


「うわぁっ!」

覗いていた男たちが悲鳴を上げ、慌てて後退る。一人は尻もちをつき、手足を震わせて後ずさった。

「こっちを……見た……!」

「笑ってた……俺たちに向かって……!」


男は笑顔のまま医師へ視線を戻した。

医師は生つばをゴクリと飲み込み、手の中のカルテが小刻みに震えている。


「はははっ……嫌だなぁ先生、そんな顔をするなよ」

男は朗らかに言った。

「俺はどこも悪くない。……いつも通り元気で、楽しいだけだ」


看護師が、今にも泣きそうな顔で声を絞り出す。

「……元気で楽しい? 奥さんを失ったばかりなのに?」


男は首を傾げ、空洞の瞳でにこりと笑った。

「失った……? まぁだ馬鹿なこと言ってやがる」



外の老婆が低くつぶやいた。

「……やっぱりこれは災いだ。祖霊が怒っている」

「しっ! 聞かれるぞ!」

止める声も震えていた。


「祟りだ……。この村に、何かが来ている……」


その言葉が伝染するようにざわめきが広がり、誰も否定できなくなった。



診療所の中。

医師は押し殺した息を吐き、カルテを閉じた。

「……街の病院に搬送だ。フライング・ドクターを手配してくれ」


だがその目には、医学では説明できない恐怖が浮かんでいた。


これがやがて、世界を巻き込む地獄絵図の始まりになるとは──誰一人、予想すらしていなかった。


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