中編
レオン バルバロはエステ家の騎士だった。もちろん貴族だ、しかし婚約破棄の一件でレオンは処分され、平民に落とされたうえ、国境守備隊に追いやられた。
隣国アカターヌは強国で小競り合いは多い。犠牲の多い軍は団結する。有能な騎士だったレオンは新しい職場に歓迎され、上官の騎士からも、同僚の兵士からも頼りにされ、愛された。
最近のレオンの朝の日課は花探しだ。殺風景な辺境の砦に花咲く庭園はないが、白い野ばら、小さな菫、踏まれてないタンポポを見つけることができる。小さな花をコップに飾り、黒パンと薄いスープを盆にのせて、砦の奥にある小さな扉をノックした。
「レオンねどうぞ入って」
今日の声は少ししっかりしている。回復してきたんだ、レオンは部屋に入りベッドで起き上がった銀髪の主人を見た。彼女が笑顔を自分に向けているのがわかると、涙が止まらなくなった。
ジョゼフィーヌの笑顔を二度と見ることはできないと、絶望の日々に考えていたからだ。
ジュリオ王太子の結婚式の日、初めての休暇を使いエステ公爵家をレオンは訪れようとしていた。馬を飛ばしてきたので深夜になってしまったが、朝一番に訪ねて公爵家の方々に面会したかったのだ。しかし、屋敷に近づくにつれ異様な臭いに気づいた。
そして、斬り殺された門番を見つけて、エステ公爵家が悲劇に見舞われているのがわかった。
乱暴に開け放たれた扉、煙が立ちこめる室内、そして、エステ公爵家の人々の遺体、レオンはその中にまだ息のあるジョゼフィーヌの姿を見つけた時、彼女が身も心も深く傷つけられたのがわかった。
彼女だけ致命傷を与えなかったのは、絶望の時間を味合わせる為の残酷なやり方だ。
レオンは深い悲しみと煮えたぎる憎しみで気が狂いそうになったが、ジョゼフィーヌを助ける事で冷静な正気を取り戻せた。
「お嬢様が死を選ぶなら、私もご一緒します。けれどもそれでは、エステ家の復讐も貴方を幸せにするという私の望みはかなえられません。」
死にたがるジョゼフィーヌをレオンはこう言って説得した。
辺境の砦でエステ家の姫をかくまうのは難しいと思ったが、モエシア辺境伯の騎士である隊長は暖かく迎えてくれた
「伯爵様も王家のなさりように憤っておられる。王都のタウンハウスからご家族を領地に避難させておられる。最初は貴族をないがしろにして、平民の人気とりばかりすると反感を感じられていたらしいが。王家と平民ともうまくはいってないようだ。」
砦の兵士達は尊敬するレオンの愛する女性を気を使いながら暖かく接してくれた。そうしてジョゼフィーヌは回復していった。
砦の雑用係のジョゼ、これが平民として生きると決めたジョゼフィーヌの姿だ。便宜上少年の格好をしている。掃除、洗濯、食事作り、生まれて初めての労働に案外彼女は早く覚えた。特に裁縫は得意で、洗濯で見つけた綻びをきれいに繕った。上級士官の騎士達は公爵令嬢に遠慮があったが、兵士達は気さくに話しかけてくれるジョゼに心を開き、共に食事をし、笑い、穏やかな日々を過ごしていた。
王太子の結婚から3年たったころ事件は起こった。国王夫妻の乗る馬車が襲われ二人は殺された。
お忍びで保養地の別荘に向かう所で、この行動は極秘で王宮の関係者もごく一部しか知らない旅行を襲われたのだ、しかも、護衛が少なかったので暗殺者は取り逃がされ、犯人が誰かもわからず、混乱していた国政がより混迷を増した。
ジュリオの酒浸りの日々は続いていた。ブリエンヌは妊娠する事なく、夜の生活は変わらない。国王夫妻の暗殺を聞いた時、ブリエンヌとポールの仕業と直感した。王妃が子ができないなら離婚を、と話していたからだ。
国王は平民に歩み寄った事を後悔していた。官吏試験で優秀な平民を貴族の代わりに高官に抜擢しても、清廉な仕事をするどころか尊大な態度で汚職にはしるのは貴族と変わりなかった。平民を入れる事で高位の貴族は王宮を嫌がり家族で領地に引きこもる様になった。
王妃は王宮の中で平民が増えてマナー、所作がなおざりにされ洗練された雰囲気が無くなっていくのが我慢できなかった。あの平民の娘が王宮に入ってから全てが悪くなった。離婚して追い出すか、もう毒殺してもいいんじゃないかどうせ平民と考えていたぐらいだ。
葬儀を仕切れる貴族は王都におらず、教会の力でどうにか終わらせた。弔問に他国の王族高官が来ることなくスポレート王国の力が衰退しているの周辺国に知らしめる事となった。
国境がにわかにきな臭くなり、国境近くの領主は軍備を整える、それに伴なって王都への食糧供給が減りだした。
食糧不足に民衆は敏感だ、一時的なものだ、すぐに収まると官吏が説明しても民衆は聞く耳を持たない、台所の包丁、枝を切るハサミ、そんな物を持って王宮を囲みだした。
ジュリオ国王は酒をあおった、家臣も従者も逃げ出したのか周りにはいない。ただブリエンヌだけは隣にいた。ジュリオの手とブリエンヌの手は鎖できつく結ばれていたからだ。
「どうして私まで死ななくちゃいけないのよ、私は悪くないわ、こうなったのも、あなたや前の国王のせいでしょう」ブリエンヌはどうにか鎖を外そうあがいている。
「何も悪くないか、確かにお前は何かをしたんじゃない、何もしなかったんだ。マナーを覚えて宮廷を取り仕切る事も、大使と交流し外交に努める事も、民衆の中に入ってその声を聴く事も。あー、どうしてお前と結婚したんだ、あのジョゼフィーヌなら全てを立派にやってくれたのに、どうしてお前なんかが現れたんだ。」
「私は悪くないわ、あなたがジョゼフィーヌは小賢しいとか可愛気がないと言って遠ざけたんじゃない、私だって王妃がこんなに大変なのを知ってたら、こんな結婚はしないわ、私は被害者よ。だいたいあなたが殺した お父様の遺体を使ってエステ家を滅ぼそうというポールの提案をあなたは承知したじゃない あのジョセフィーヌが何人もの男に犯されて、生きながら屋敷とともに焼けたのはあなたのせいよ」
人の不幸を楽しそうに語るブリエンヌの顔を見てジュリオは絶叫した。
「お前は私と一緒に死ぬんだ、せめて最期は王妃らしくしろ」
ジュリオは用意してあったナイフを振り上げた、しかしナイフは地面に落ちた、握った手とともに
「遅くなったなブリエンヌ、かき集めるのに時間がかかった」
ポールは笑いながら言った、身体には王家の宝石をまきつけている。
「最期の頼みだ、ブリエンヌだけでも殺してくれ、この女が不幸の元凶だ」
「だめだ、こいつは俺の女だ」ポールは笑いながらジュリオのもう一つの腕を切り落とし、ブリエンヌの鎖を外した。
ジュリオの最期の願いは暴徒の手に落ちない事だった。それは、安堵した死顔で暴徒に発見されてかなえられた。
モエシア辺境伯領 エデッサ砦は今、アカターヌの10万の兵に向かい合っていた。砦の中には500人の兵士ほとんどが平民だ。隊長はレオン、前の隊長は500人の騎兵を率いて辺境伯の軍に合流、この砦は玉砕覚悟で敵兵を引き付ける役割だ。
しかし、皆が玉砕を覚悟してはいない、レオンは勝利を確信していたし、その傍らのジョゼフィーヌもそれを信じていた。レオンの指示をこなしている兵士も、隊長の自信がわかってきていた。
その日、砦の城壁の上に甲冑を身に着けた1人の女性の姿があった、銀髪を棚引かせてそれはまるで旗のようだ、彼女は右手を挙げた、赤いブレスレットが光っている
「我らに勝利を」そう叫ぶと、その手は敵陣の一点に向けられた。
ドーンという大砲の音、それが城塞から次々と打ち出されていく、その一点アカターヌ軍の司令部のある所へ。
次にジョゼフィーヌが合図をすると、アカターヌ軍の並べられた砲台に打ち込まれた。
砲撃には皆慣れている、今までは出来るだけ遠く飛ばす事だけ考えられていて、正確に狙うなどできないと思われていたのだ、それが魔法の様に狙われるのを見てアカターヌ軍はパニックになった。
司令部も混乱し指示もできない、兵士達は我先にと戦場を離脱する、そうして、そこに辺境伯軍本体が襲い掛かった。アカターヌ軍は潰走し故国に逃げ帰った。
奇跡的大勝利、レオンはエデッサの英雄と称された。




