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第7話 海妖ヒュドラ・サラサ襲来です! その3

「ッ……退避! します!」


 やった、とか喜んでいる暇は微塵もありません!

 把手(ハンドル)を握り直し、一時的に止めていた魔封石(リートス)式小型船舶を再起動させます。


 そこそこ至近距離にてとんでもない質量が海面を叩いたせいで大波に襲われましたが、アクイラさんが上から覆い被さるように私を船体に押さえ付けてくださったので振り落とされずに済みました。

 数秒間耐えて波のエネルギーをある程度逃がしてから、旋回して急発進。


「アクイラさん! ヒュドラ・サラサは追いかけてきてますか⁈」

「いや。その様子はない」


 操縦に必死なため確認できない私に代わって、首だけ後ろに向けている様子のアクイラさんが短くお返事してくださいました。


「と、いうことは……」

「お前が話していたとおりだ。撃ち抜いた中心の頭は既に再生し始めているが——同時に、()()()()()()()()()()()

「よしっ!」


 これで少し安心できました!

 反射的に右手の拳を握り締め天高く突き上げてしまいました。ある程度は距離も取れたことですし、速度を緩めてヒュドラ・サラサと並行になるよう船体の向きを変えます。

 太陽が沈み切る直前の残光に照らされて、私たちを追いかけていたヒュドラ・サラサの身体が変化していくのが確認できました。


 ……あの時、船室にてアクイラさんたちにした説明を脳内に反芻します。




 ◆ ◆ ◆




「ヒュドラ・サラサ対策に関してのお話なのですが……件の生け取り個体を調査したことで、新たに発覚したことがあります」

「というと?」


 首を少し傾けたアクイラさんに続きを促され、シュエットさんから紅茶の入ったカップを受け取りながら私は続けました。


「ヒュドラ・サラサは九つの頭を持つ蛇のような海妖……と思われてきましたが、実は()()()()()()()()()だったんです」

「えっ⁈ ウソ⁈」

「シュエットさんの反応もごもっとも! 捕らえた個体を実際に間近で見ていた私たちもなかなか気付けなかったほど他の八つの頭は精巧で、本物の頭と見分けがつきませんでした。しかし厳重な管理のもと飼育と観察を続けたところ、捕食や発声を行っている頭が一つしかないことが分かったんです」


 もしかしたらこの個体だけがそうなのかもという可能性もあったので、疑惑が出た段階で先輩たちはもう一度ハンター同行のうえヒュドラ・サラサを捕まえに出られました。

 奮闘のすえ、合計して四匹のヒュドラ・サラサを捕獲。比較的小さな個体が限界だったものの、上々な結果です。


 そしてその四匹とも同様に、生物の頭としての活動を行うのは九つの中で一つだけ。

 その頭の位置こそ個体ごとに異なったものの、四匹とも他の八つは鳴きもしないし餌を食べもしません。ただ複雑に蠢いていて、危険を感じたときは本物の頭を庇う動きをすることも分かりました。


「まだ仮説の段階ですが、おそらく他の八つは外鰓(がいさい)が変化して防御擬態のため頭に似た形になったものかと思われます。ヒュドラ・サラサは再生力に優れているため、偽の頭をいくら傷つけられようが致命傷にはなりません。……本物の頭だけは、例外でしたが」

「……その言い分だと、対策の肝はそこか?」

「ご名答!」


 アクイラさんに頷いて見せてから、少し喉が渇いたので紅茶を一口。

 茶葉の良し悪しや違いなど正直分からない私ではありますが、これは美味しいお茶なのは分かります。口の中に残る、先んじて食べてしまった蜂蜜ビスケットの味との相性抜群!


 シュエットさん、お菓子がお好きというだけあって飲み物とのマリアージュもよく考えていらっしゃる……。

 あ、いやほっこりしている場合ではありません。肝心なことをお話しせねば。


「さて、ええと……まずお二人。幼形成熟(ネオテニー)という言葉をご存知ですか?」

「あ、俺わかるよエンテ先生!」


 はいはい、と元気に手を挙げられるシュエットさん。

 なんと……先生と呼ばれてしまうとは。なんだか学校の授業みたいで、ちょっと楽しくなってしまいますね……!

 シュエットさんと同時にチラッとアクイラさんに視線を送りますと、どうぞと言わんばかりに首を竦めて手のひらをくるりと回されました。


 なんですかそのキザな仕草は。ええい絵になりすぎていちいち小憎らしい。

 まあとにかくその反応を受けて、シュエットさんが顎に手を添えて斜め上に目を投げつつ答えてくださいます。


「身体的に大人にならない……つまり成長期の子どもの特徴を残したまま性的成熟する、そういう現象のことだよね? 両生類とかにいるよね。……ここで幼形成熟(ネオテニー)の話が出てくるってことは、つまり……?」

「シュエットさん、鋭い! そうです。どうやらヒュドラ・サラサは幼形成熟(ネオテニー)の性質を持つ海妖であることが分かってきたのです!」

「それと本物の頭云々がどう関係する?」

「そこなんですよ」


 アクイラさんが鋭いツッコミを入れてきてくださるもので、ついつい人差し指を突きつけるなんてお行儀の悪いことをしてしまいます。幸いそのことには特に触れられませんでした。

 気が変わって怒られないうちに、続きを話させていただきましょう。


「えげつない再生力を誇るヒュドラ・サラサですが、本物の頭だけは頑なに守ろうとする動きが気になりました。そこで実験です。どうにかこうにか動きを止めて本物の頭を攻撃したところ——」

「ど、どうなった……?」


 ごくり、と唾を飲むシュエットさん。反応が良すぎて、つい良いところで切るなんて芝居がかった演出してしまったじゃないですか。


「その頭も、すぐに再生こそはしました。しかしそれと同時に他の八つの擬似頭部が壊死して崩れ落ち、唯一残った()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その瞬間、いろんな意味でのみんなの叫びで研究所がビリビリ震えたのを覚えています。私だって叫びましたもの、無理もない!

 だって擬似頭部が落ちて頭が一つになり、その一つも再生前と形を変えてしまったヒュドラ・サラサだったものは、私がよく知る別の海妖になってしまったのですから。


「再生後、そこにいたのは海妖ケートス・エピメリス。トカゲのような頭と大蛇の下半身を持つ、大食いながら比較的大人しいとされる海妖でした」

「え……ええー……⁈」

「引き攣ってしまわれる気持ち、よく分かります! 私も研究所で見たとき、驚きすぎて何故か逆に座り込んで爆笑してしまいました!」

「……それは、実に見てみたかった光景だな……」

「すいませんアクイラさん、それどっちを見てみたかったんですか? 変化したヒュドラ・サラサですか? それとも私の笑い崩れる姿ですか?」

「いや後者に決まっているだろう」

「はいはいデスヨネあなたはそういうお方!」


 くわっ!とアヒル顔負けに吐き捨ててから、さて。話を元に戻させていただきましょう。

 ……あれっ私いま自分でアヒルとか言いました?

 いやダメですね深く考えたら負けですね、ハイ。


「えー、と。それでですね、つまり別の海妖だと思われていたヒュドラ・サラサとケートス・エピメリスが実は同じ海妖……幼体と成体であることが分かったんです。幼形成熟(ネオテニー)の性質を持つ生き物は何かしらの特定条件が揃うことで成体になることがありますが、ヒュドラ・サラサの場合はそれが本物の頭を激しく傷つけられることだったんですね」

「はあー……。世の中、未知なのは土地や文明だけじゃないなあ……!」

「まったくだ。何度旅に出ようが、まだまだ知らないことが多すぎる」


 私の話を聞いてなんだか楽しそうなシュエットさんとアクイラさんのお言葉に、ちょっと嬉しくなってしまいました。

 私たち海妖対策士は海妖の研究者でもあります。ゆえに、まだまだ分かっていないことが多い海妖の生態を調査して解明していくという点では冒険者の皆さんと通じるところがあるのではと……勝手に思っていたりしたものですから。


「しかしヒュドラ・サラサからケートス・エピメリスに成長するのは分かったが、何故また大人になったからといって凶暴さが鳴りを潜めるんだろうな」


 お、アクイラさんも授業に参加する生徒みたいになってきましたね?

 微笑ましくなってしまいつつ、「簡単なことなんですよ」とか解説します。


「ケートス・エピメリスはヒュドラ・サラサ時代に有していた強力な毒や再生能力を持っていないからです。大人になると幼虫時代の毒を手放す毛虫のように、攻撃と防御の手段を失ってしまうんですよ」


 そもそも別の存在だと思われていた頃から、ケートス・エピメリスは図体が大きく魚を大量に食べてしまう以外には特に害のない海妖として知られていました。

 それでも漁師の間では嫌われていましたし下手に近付きすぎれば船に体当たりしてくることもあったため安全な海妖とは言えませんが、獰猛で毒と再生力任せに積極的に襲いかかってくるヒュドラ・サラサとは危険度が比べものになりません。


 元は普通に成長する海妖だったケートス・エピメリスが生息域を広げるにつれどんな環境の変化にも適応できるよう、幼形成熟(ネオテニー)の性質を手に入れたすえにこうなっていったのではないかと先輩たちはあれこれ議論を交わしていましたが……その辺りはまたこれから明かされていくことでしょう。


「つまりもしヒュドラ・サラサに遭遇し襲われたとしても、だ」


 残りの紅茶を一息に飲み干したアクイラさんが、そう言って私を見据えます。


「本物の頭を見分けて破壊してしまえば対策できると?」

「そういうことです」


 ニヤリと笑い合う私たちは、おそらく同じ顔をしていたのでしょう。

 私たちを交互に見たシュエットさんがなんとも呆れたように苦笑していらっしゃいましたので。


「ただ、先にお伝えしましたとおり本物の頭の位置は個体によって違う模様です。弱点を庇うように擬似頭部を動かすのでおおよその目星はつけられそうですが……確実に見分け、且つ防御されないように()()を攻撃するには手は一つ」


 九つのうち、本物の頭は一つだけ。

 目と口と舌があり、食道があるのは一つだけ。


「こちらを捉え、捕食しようとする瞬間を狙うことです」




 ◆ ◆ ◆

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