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メゾン・ド・モナコ  作者: 茶野森かのこ


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10. 再会10


「まさか君達から引き止めて貰えるとはね」

「当たり前ですよ、あなたが居るから助かってるあやかしが大勢いるんですから」

「マリン達は春風さんが居るから、安心して人の世で過ごせてるんだよ?」

「それに、なずなさんも」


そのミオの言葉に、春風はもう一度、なずなへと目を向けた。


「…うん、分かってる。どうせ、僕には還る場所なんかもうないからね」


はは、と軽やかに笑って言った春風の言葉に、今度はナオとミオがきょとんとして、それから脱力して、盛大に溜め息を吐いた。


「驚かさないで下さいよ…」

「そうだよ!意地の悪い事して!」

「はは、ごめんごめん」


それから、皆に挨拶してくるという二人の背中を見送りがてら、春風は人とあやかしが仲良く笑う姿に目を留めて、メゾン・ド・モナコを見上げた。そして空に向かって目を閉じる。



本当は、少なからず心にあった。いつかは天に還らないといけない、でも、ヤヱと出会い、更にはヤヱとの約束を理由に、この世に留まり続けた。

きっと、天にも見放されているだろう。それでも腐っても神だ、いつかこの生涯を神として終わらせなければならない時がくる。


だけど、まだ自分を必要としてくれるあやかしが、人の子がいるなら。社は失ったけど、このアパートに彼女達が自分の居場所をくれるなら。


まだ、ここに居ても良いのだろうか。



「春風さん!」


なずなの呼ぶ声に目を開けると、先程までの涙はどこへやら、なずなは笑顔で春風を手招きながら、こちらへ駆けてきた。なずなの後方に目を向ければ、何やってるんだとか、さっさと手伝えとか、皆も思い思いの言葉を発している。


「何やってるんですか!まだイベントは終わってませんよ!」


そんな気合い十分の声に、春風は肩から力を抜いて笑った。


「君ねぇ、神様にまだ労働させる気?」

「そうやってまたサボる気でしょ。ほら、行きますよ!」


そう上機嫌に笑って手を引くなずなが、記憶の中のヤヱと重なって、胸がじんわりと熱を持つようだった。ふわっと桜が舞ったような気がして、春風は足を止めて桜の木を振り返ったが、そこに花が咲いている筈もない。


「…春風さん?」


そう見上げるなずなの瞳は、ヤヱではない、なずなのもので。春風はその心配そうな眼差しから顔を伏せ、帽子を被り直した。


「…やれやれ、君達は僕がいないと何にも出来ないんだから」

「はは、そうですよ。春風さんがいないと始まらないんですから」


困ったようになずなは笑い、その言葉から気持ちが伝わってくるようだと、春風は思った。

顔を上げれば、迎え入れてくれる皆の姿がある。


きっとこれが、約束を失っても、自分がこのアパートに居た意味なんだと。きっとこれが、幸せというのだと。春風は、そっと涙を呑み込んで、いつものように笑顔を浮かべた。


「はいはい、では何の仕事をしようかな」

「まずは皿洗いを手伝って下さい」

「君ねぇ…草むしりの次は皿洗いかい?」


まったく、と困り顔を装った春風の脇を、一匹の白猫が横切っていく。誰の目にも留まらず駆け抜けると、白猫の通った後には、賑やかなアパートの庭を優しい風が吹き抜けていった。



メゾン・ド ・モナコ、ここで暮らす彼らの未来を優しく導くように、その風は、爽やかな夏の空に吸い込まれていった。







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