10. 再会8
「…私、まだここにいて良いんですか?」
「不味い飯でも、掃除する奴いないと困るしな」
「お前が居ないと、人との交流なんて出来ねぇし」
「僕はもっとなずなといたいよ!一緒にお花見しよう?」
ぎゅ、と抱きつくハクに、思わず涙が込み上げて、なずなはその頭を撫でながら、ぽた、と涙を零した。
「なずな?どこか痛いの?」
「ううん、違うよ、皆が優しくて…」
「あら、いつでも優しいでしょ?」
マリンに頭を撫でられ、なずなは、うんうんと頷いた。
「私、ここに居ます!もっと皆さんと一緒にいたいです!居させて下さい!」
「…居てくれないと困りますよ」
フウカの優しい微笑みに、更に涙が溢れ出して、なずなは温かな笑い声に包まれて、また涙が止まらなかった。
*
春風はその様子にそっと踵を返し、一人階下へ降りていく。
手すりに触れて、壁を伝い、人やあやかしが集う賑やかなレストランの様子を見れば、ここが本当のレストランだった頃の姿が甦るようで、春風は、懐かしいような、嬉しいような、寂しいような、言葉に出来ない思いが胸を叩いていくのを感じ、そっと帽子を被り直した。
そのまま、レストランから中庭へ出れば、不意に、ヤヱとの別れ際の会話を思い出した。
「私の代になったら、もっと繁盛させるんだ、この店。毎日、常連さんが入り浸って、新しいお客さんもなんだなんだってやって来て」
「町の憩いの場みたく?」
「そう!美味しい料理が評判だけど、お茶だけでも気兼ねなく入れちゃう店。一度この店は終わるけど、また必ず出来る。その時は、あなたも手伝ってくれる?」
「勿論」
「せっかくなら、店の名前変えちゃう?モナコはどう?」
「猫の名前?」
なん、と鳴く白猫が彼女の足元にすり寄っていく。
春風が行く宛てもなく彷徨っていた時、この猫のモナコが近寄って来たので、春風は何となしに頭を撫でてやった。そこで、モナコを探しにやって来たヤヱと出会った。
春一番の風が吹いて、空に舞う桜の花びらの中、若葉色の着物を着たヤヱが顔を上げる。
「あら、モナコのお友達?」
ヤヱは春風におどけて、そう笑いかけた。着物に桜の花びらが散り、まるで、彼女が春を連れてやって来たみたいだと思った。
春は始まりの季節。春風は、その時感じた通り、彼女から新たな人生を貰った。
春風は、ヤヱと出会った頃を思い返しながら、ヤヱに目を向ける。どんな状況下にあっても、ヤヱの朗らかな笑顔は変わらない。
「そんな名前でいいの?」
「いいの、看板猫のモナコがいるお店。春風に会わせてくれたのもモナコだし、私と春風がいれば、それだけでここは素敵な場所になるでしょ」
偽りのない言葉が、ヤヱの笑顔に乗って、きらきらと春風に降り注ぐ。その時のヤヱの言葉を、その姿を、春風は失ってしまわないようにと、大事に胸に閉じ込めた。
それは、今も変わらない。春風にとっては大事な思い出で、どんな宝石よりも価値のある宝物で、いつだって、優しく背中を押してくれる希望だった。