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10. 再会5


***



ライブの時間は二十分程、曲は三曲。

アパート内の二階への階段で、ふぅ、となずなは深呼吸する。なずなは衣装を着るでもなくラフな姿だ。マイクはラジカセに繋いだ、ギター一本のアコースティックライブ。久しぶりに人前に出るので、ここ一週間、ナツメのスパルタレッスンによって感覚を取り戻し始めていたが、緊張やら不安やらで落ち着かない。

せめて、ナツメがいてくれたのが幸いだが、その頼りのナツメが、なかなか姿を現してくれないので、なずなの不安は募る一方だ。


「…ナツメ君まだかな」


不安から表に出て庭の様子を覗けば、入口のアーチの所で瑠依の姿が見えた。キョロキョロと辺りを窺い、戸惑っているように見える。

なずなは、来てくれた事にほっとして、瑠衣(るい)に駆け寄った。


「瑠衣!」

「なずな、」

「来てくれてありがとう」


ぎゅっと手を握れば、瑠衣はどこか戸惑いつつも、ほっと肩を下ろした。


「え、なんだ、友達のライブってなずな?」

「うわー久しぶりー!元気してた?」


瑠依の後ろから、女子が二人顔を覗かせる。きっと、瑠依が連れてきてくれた友人だ、彼女達はなずなの友人でもある。暫く関係が途切れていたが、顔を見合せれば昔の感覚が甦り、なずなは彼女達とも久しぶりの再会を分かち合い、感謝を表した。


「じゃ、ライブって、瑠衣となずなでやるの?」

「嘘!バンド復活!?」


なずなと瑠衣が否定しようとするが、キラキラと目を輝かせた二人が迫る。


明里(あかり)は?どこどこ?てか、もう予定時間でしょ?」

「楽しみ!早く早く!」

「いや、ちょ、」


二人に押され、気づけばギターやマイクを設置した前に、二人で立っていた。それを見たナツメは、「ニャ!!」と、猫の姿のままショックな声を出して呆然としている。

なずなと瑠衣は思わず顔を見合わせた。そして、擽ったくて笑ってしまう。


「…最後に、付き合ってくれる?」

「勿論」

「音響とか最悪だよ」


「大丈夫、大丈夫!いつだって私達の音楽は最高でしょ?」


そう言って、明里が後ろから二人の肩に手をかけた。

仲間が揃って、笑顔が自然と零れ落ちる。共に夢を見て、ただ明日を追いかけていた頃、あの頃に一瞬で戻ってしまったみたいだ。


「それ、いつも言ってたね」

「なずはいつも弱気だから。でも、土壇場ではいつも引っ張ってくれた。だから、私は歌えたんだ」


瑠衣がふと表情を曇らせたので、なずなは慌ててマイクを手渡す。


「謝るのなし!私の力不足も理由の一つだし、それに今はステージの上」

「……うん、そうだね」


笑って頷いて、明里はナツメが使う予定だったタンバリンを手に取り、なずなはギターを肩にかける。

テストはいらない、いつもの呼吸がまだここにある。目を合わせてギターを鳴らせば、いつだってそこはあの日のステージだ。

そして、瑠依がマイクを握る。


「こんにちは!少しだけお時間下さい!」


瑠衣の言葉の終わりにイントロが始まる。歌い出せば、夢の続きが待っていた。

いつも皆で練習して、試行錯誤して、ライブして、ステージの上では常に最強だと胸を張って、それが虚勢でしかなくても。


あぁ、なんて楽しいんだろう、瑠衣の声が、輝く世界に連れていってくれる。


こんな景色が見られたんだ、無駄な事なんてきっと何一つない、不必要とされた音楽だって、無駄な訳じゃなかった。なずなにとっては結果に残らなかった日々だって、こんなに楽しい時間だと思えただけで、最高なんだ。


アイコンタクトで互いの気持ちが手に取るように分かる。手拍子がその内に膨らんで、やっぱり瑠衣の声は最高だと知る。


なずなが初めてこのアパートに来た時には、思いもしなかった。あんなに静かだったメゾン・ド・モナコの空が、こんなに楽しげな音に包まれて、空はどこまでも広がっていく。


泣きそうで、でも笑って、ステージを駄目にしないように、次の音を紡いでいく。

これが、三人にとって新たな一歩。別々の道を歩む事になったけど、きっとこれが正解だと、今は胸を張れる。虚勢ではない、自信を持って顔を上げられる。


全てを背負って、歩いていける。




***



手紙から顔を上げた春風(はるかぜ)は、ベンチに腰掛けたまま、なずなの姿を微笑みながら見つめていた。

ふと視線を逸らせば、アーチの所にフウカがいた。その顔を見て、春風は安心したように微笑み、再び喝采を浴びる三人の音に目を向けた。





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