9. 寄り添う星5
「も、もしもし、久しぶり。ごめんね急に…今、大丈夫?」
『うん、大丈夫だけど…』
久しぶりの会話に、どんな風に話し掛けて良いのか分からず、戸惑ってしまう。えっと、と言葉に詰まるなずなに、フウカは握る手に少しだけ力を込めた。なずなが顔を上げると、フウカが穏やかな表情で頷くので、それにまた勇気を貰い、なずなも頷いた。
「えっと…今度イベントやる事になってね」
『…イベント?』
「うん、で、私も何かやらないとって思って…バンドで歌ってた曲、他の人とやってもいいかなって」
『…あれは、なずなの曲だよ』
瑠依の声は、まだ少し戸惑っているように感じられる。突き放す訳ではないのが、なずなの気持ちを少しだけ落ち着かせてくれた。
「でも、皆で積み上げてきた曲だから…」
『私は、その曲を捨てた身だよ、私にとやかく言う権利はないし…』
「…そんな風に言わないでよ、正直悔しさはあるけど、瑠衣のお陰で活動出来たと思うし、瑠依はプロになって当たり前だよ、私には力が無かったから」
『…そんなの、そもそも曲がなければ歌えなかったんだし、なずなの曲があったから、』
そこまで言うと、瑠依は言葉を詰まらせた。無言の中に、不思議と瑠依の気持ちが伝わってくるようだった。
「…そう言ってくれただけで、嬉しい」
『…なんで、そんな風に言えるの、私はバンドを捨てたのに』
「瑠依は選んだんだよ。そりゃ、話せないよね、だって…」
だって。
その先は、泣いてしまいそうで続けられなかった。心は厄介だ、納得したと思っても、そう簡単には笑い話に出来ないみたいだ。
『…ごめん、なずな、ごめん…』
なずなの思いが伝わったのか、電話の向こうで瑠依は、声を震わせながら言う。その声を聞いて、なずなは過去の自分の痛みより、今の瑠依の痛みを聞く方が苦しかった。
なずなは小さく鼻をすすり、俯いていた顔を上げた。そっと握り直されたフウカの手が、なずなの心に寄り添ってくれるようで、なずなは笑う事が出来た。
「なんで謝るの、私は、私達はこれで良かったんだよ。瑠依の事、応援してるから。きっと、明里も同じだと思う」
『…ごめん、』
頷き謝罪を繰り返す瑠依に、瑠依がどんな思いでバンドから離れたのか、今なら分かるような気がする。瑠依だって、ずっと一緒に戦ってきた仲間なのだ。簡単に出来た決意じゃなかったのだと、仲間を思って言えなかったのだと、今なら瑠依の思いを想像出来る。
「…泣かないで」
『ごめん…ごめん、』
「もう泣かれたら、こっちが辛いじゃん。デビューシングル百枚くらい買っちゃおうか?」
『…ちょっと、ふふ、もう、急に何、笑えない』
「はは、笑ってよ」
『……』
「笑って良いんだよ、瑠依。良いんだよ、これで」
お互いに言い聞かせるみたいに、なずなは言った。瑠依の笑って泣いて、鼻をすする声に、なずなは瑠依に聞こえないように深呼吸した。涙を呑み込むなずなを、フウカが優しく見つめる。そして、また手を握り直してくれた。励ますように、支えるように、大丈夫だと認めるように。
グローブ越しのフウカの手は、こんなにも心強い。フウカが居てくれたから、今なずなは泣かないでいられる。泣いたら、瑠依をまた傷つけるような気がした。
『…イベントっていつ?』
「来週の日曜」
『…行ってもいい?』
「来てくれるの?」
『…他の友達にも連絡しとく、人は多い方が良いでしょ?』
「あ、ありがとう…!場所は後で送るね!」
『…うん、待ってる。あの曲が聞けるの、楽しみにしてる』
その言葉は、過去の夢の終わりのようでいて、互いに向けた未来のエールのようだった。これでちゃんと前を向ける、きっと、瑠依もそうなのだろう。
「…ありがとう」
そう通話を終えると、なずなは勢いよくフウカを見上げた。
「フウカさん!」
「はい」
優しくこちらを見つめているフウカを見て、震えた心が熱くなり、泣きそうになる。今まで堪えていた分、必死に涙を堪えても耐えきれず、言葉が出なくなってしまったなずなに、フウカは優しく頬を緩めたまま、そっとなずなの頭を撫でた。
「泣いていいんですよ、泣くのは悪い事じゃないですから」
「…はい」
「あなたは、強い人ですよ。なずなさんは、頑張ってますよ、大丈夫」
「…はい」
ぽろぽろ涙を零すなずなを、フウカは呆れもせず、嫌がりもせず、優しく頭を撫でてくれる。
「僕はずっと、あなたの味方ですから」
その言葉が、何よりもなずなの支えになる。
踏み出したのは、とても小さな一歩かもしれないが、勇気を出せた実績は積み重なり、自信へと繋がっていく。
小さな自信だけど、それを頼りに顔を上げれば、応援してくれる人がいる、見守ってくれる人がいる。
こんなに幸せな事はない、それを思えばまた涙が溢れてきて、フウカはなずなの気持ちが落ち着くまで、ずっと隣にいてくれた。




